腹違いの兄との息子に18年後さらに襲われる女オメガの話

知見夜空

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運命の人

不穏な再会

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 もう私に命じる者は居なかったが、自分の意思で男ベータのフリを続けた。

 誰のものでもない生活は不安だった。誰のものでもない状態は、また他の雄に捕まって無理やりものにされる可能性を秘めているから。

 1人で暮らすようになり心細さを覚えてはじめて、私はなんだかんだ兄に護られていたのだと気づいた。

 しかしそれが分かっても、兄のもとに戻ろうとは思わなかった。私が逃げたのは兄ではなく、実の息子からなのだから。


 私は兄の助言に従い、二度と玖藍家には関わらないつもりだった。

 けれど、玖藍家と絶縁して6年。ニュースで兄の訃報ふほうを知った。兄は35の私よりも6つ年上なだけなのに。

『人がみな天寿を全うするとは限らない』

 兄の言葉が蘇る。

 あの場では「確かに」と納得したものの、私は兄がこんなに早く亡くなるとは思わなかった。

 兄は私が知る中で、最も強く絶対的な存在だったから。


 私は兄の死に意外なほど動揺した。女として、あの人を恋い慕っていたわけではない。

 ただ私は1人で暮らすようになって、なんだかんだ兄に護られていたことを痛感した。兄の子まで産まされながらおかしいが、あの人は私にとってやはり保護者だった。

 葬儀があると知りながら、無視することはできない程度には恩と愛着があった。

 私は先代の妾の子どもで、周りには利用価値の無い男のベータだと思われている。

 名乗れば葬儀に加えてもらえるだろうが、いい顔はされないだろうに、最後に兄さんに会いたいと思ってしまった。


 葬儀には参加せず、焼香だけ済ませたら帰るつもりだった。

 しかし親の葬儀に子どもが出ないはずがない。

「久しぶりだね、叔父さん」

 私を『叔父さん』と呼ぶのはこの世で1人だけだ。ビクッとしながら振り返ると

「に、兄さん……?」

 はじめて兄を見たのは母の葬儀だった。喪服姿がなおさら当時18歳だった兄を連想させた。

 けれど今、私の前に居るのは

「……俺は征宗まさむねだよ。誰の葬式だと思っているの?」

 もっともな指摘に、私は狼狽えながら

「ご、ゴメン。若い頃の兄さんと、あんまり似ていたから」

 動揺のあまり父親嫌いの征宗には、絶対に言ってはいけないことを口走ってしまった。

 しかし私の失言に、征宗はニッコリして

「ブラコンの叔父さんに、そう言ってもらえるなら光栄だな」
「ブラコンって……兄さんが特別好きなわけじゃ」
「特別な好意が無ければ、今ここに居ないんじゃない? 突然行方不明になって、玖藍家とは絶縁状態だったアンタがさ」

 顏は微笑んでいるが、明らかに皮肉だった。子どもが保護者に背を向けられて、恨まないはずがない。特に私は、この子の母親なのに。

「……勝手に家を出ておいて、今さら親族ヅラで戻ってゴメン。だけど兄さんには世話になったから、どうしてもお別れを言いたくて」

 神妙に謝ると、征宗は態度を和らげて

「責めているように聞こえたならゴメン。俺は久しぶりに、叔父さんに会えて嬉しいよ」

 私の手を取ると、やや声を低めて

「大きな声じゃ言えないけど、まだ当主になる心構えができていないのに、急にこんなことになってすごく不安だから」
「君が次の当主になるの? 本家の子たちは?」

 征宗は確かに当主の子だが、母は不明だ。どこの馬の骨かも分からない子どもに、本当に跡を継がせるのかと驚いたが

「心配しなくても、みんな納得ずくだよ。親父は死ぬ前に、俺を次の当主に指名すると遺言を残してくれたからね」

 笑って見せたのも束の間、征宗はふと顔を曇らせて

「ただそれでも二十歳はたちにもならない若造が、次の当主なんて若すぎるってヤツも居る。他のヤツラに弱みを見せるわけにはいかないんだ」

 寄りかかるように私に身を寄せると

「だから今日だけ。昔みたいに、叔父さんに傍に居て欲しい」

 子どもの頃は想像もしなかった気弱な態度。しかしアルファとは言え、この子も人の子だ。

 都合がいいけど、私は久しぶりに再会した征宗の年相応の青年らしい未熟さにホッとした。

 気が抜けると母としての想いが顔を出し、私はこの子の何を恐れていたのだろう? と過去の自分の判断を疑った。

 近親相姦の末の子だと征宗に悟らせないためにも、今さら母親面はできない。

 しかし今日だけ、この子が傍に居て欲しいと言うならと、離れに泊まることになった。


 私が12歳から16歳まで過ごした離れは、今は征宗の部屋になっているそうだ。

「見られたくないもの、ちょっと片づけて来る。叔父さんはここで待っていて」

 征宗は冗談っぽく言うと、私を表に待たせて自分だけ離れに入った。

 征宗は兄と違ってよく笑う。姿と声は出会った頃の兄そのものなのに、中身が違うだけでだいぶ印象が変わる。

 氷のように冷たく厳しい兄に対して、征宗は灼熱の太陽のようだ。

 明るく楽しい雰囲気とか、熱血というわけではない。ただジッと見つめるだけで身を焦がし、言葉1つで脳を焼く火のような存在感がある。

 兄とは別のカリスマ性。きっと赤の他人として出会ったなら、男でも女でもこの子に焦がれずにはいられないだろう。

 私がハッキリ身代わりだと告げられながら、兄を憎めなかったように。人に残酷ささえ許容させる圧倒的な魅力が、この子にもあった。


 5分ほどで征宗に呼ばれて、離れに上がった。

 「見られたくないものを片付ける」とのことだったが、和風の室内はもともと片付いているようで、生活必需品以外はあまり置いていなかった。

 6年ぶりの再会なので、寝る前に少し話すことになった。

 単に征宗の近況を聞くだけでなく、私も彼に尋ねたいことがあった。

「けっきょく兄さんは、どうしてこんなに早く亡くなったの? 遺言を残せたと言うことは、事故じゃなくて病気?」

 ニュースでも葬儀でも、ただ不幸があったと言うだけで、詳しい死因については語られなかった。

 私の質問に、征宗は他の人には絶対に口外しないように前置きして

「実は、親父は自殺したらしいんだ」
「えっ?」
「と言っても死体は見つかってないから、正確に言えば俺に後を任せて自らは死ぬと書き残し、失踪したと言うのが正しいんだけど」
「ど、どうしてそんなことに?」

 理由を尋ねるも、遺書に自殺の動機は書かれていなかったそうだ。確かに兄は死ぬほどの苦悩を抱えていたとしても、心の深い部分まで人に見せる性格では無かった。

「ショック?」

 征宗の問いに、私はハッと我に返って

「だって、そんな。強い人だと思っていたのに、自ら死を選ぶほど苦しんでいたなんて……」

 返事をする声や体の震えで、自分が思った以上にショックを受けていることを知った。

 そんな私に征宗は「優しいね」と微笑んで

「自分を犯した腹違いの兄の死を、そんな風にいたむなんて」
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