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日陰の子
女オメガという性
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12歳で母を亡くし、1人ぼっちになった私を迎えに来たのは当時18歳の兄だった。
玖藍家の当主と本妻の間に生まれた兄の征嗣は、名家の跡継ぎらしい漆黒の髪と、冷ややかな眼差しが印象的な美しい人だった。
兄はまだ高校生にもかかわらず、アルファらしい冷厳さで
『お前は、これから男のベータとして生きろ。お前の母のようにアルファの慰み者として、一生を終えたくなければな』
私を本家で世話する代わりに、性別を偽るように指示した。
私の母は当主の 妾で、私も母と同じ女オメガだった。
この世界には男性と女性の基本性以外に、アルファ、ベータ、オメガで構成される二次性が存在する。
アルファは男性的な種 で、知力体力ともにベータやオメガより優れている。社会的成功者のほとんどはアルファだと言われている。
人口の大半を占めるベータは、二次性の影響を受けないシンプルな種だ。アルファほど際立った才能やオーラが無い代わりに、強すぎる本能に振り回されることもない安定した層だ。
最後のオメガは女性的な種で、外見や能力的にはベータと変わらない。ただオメガは男性でも子を産める。交配のための種なのか、年頃になると雄を誘惑するフェロモンを出す。
雄を誘惑するフェロモンは、ベータの男性やアルファの女性にもやや作用する。
しかしオメガのフェロモンに最も強く反応するのは、基本性、二次性ともに雄の性質を持つアルファの男性だった。
男アルファは他のどの性よりも、強くオメガに惹きつけられる。
そのため非力なオメガは、どの国でも支配者階級であるアルファに囲われることが多かった。
戦国時代など、まだ性に大らかだった時代は、オメガなら男でもアルファの嫁にされてしまったそうだ。けれど宗教の影響で、男同士の交わりは例え片方がオメガでも禁止になった。
社会的な禁忌で人間の欲望を抑え切ることはできない。しかし大っぴらにはしにくくなったので、男オメガはいくらか安全になった。
けれど女オメガにはそれが無い。女オメガは男のものにされる性のかけ合わせ。誰のものにもならず一生を終えることは、まず無いと言われている。
誰かのものになることが、幸せな両想いをさす場合もある。しかしオメガは性的な魅力以外は、ベータと大差ない平凡な種だ。
性的な魅力だけで妻を選ぶのは、上流の人間にとって恥とされている。だから社会的地位の高い人ほど、正妻には才気豊かなアルファの女性を。陰の女としてオメガを求める者が多かった。
私の母も、そんな陰の女の1人だった。
まだ12歳の私に、男女のあれこれは分からなかった。だけど母が父のいちばんでないことは分かっていた。
妾として別宅に置かれているからじゃない。
アルファがオメガのうなじを噛むと、それ以降は不思議とお互いに他の異性に発情しなくなる。この状態を『番』と言う。
ただ番になると相手を完全に自分のものにできる反面、自分も1人の相手に縛られる。
だから上位のアルファは、滅多にオメガのうなじを噛まない。気位の高い彼らは、たった1人の雌に自分の全てを与えない。
けれど、そんなアルファでも『運命の番』だけは別らしい。自分の全てを投げ出しても、うなじを噛まずにはいられない。そんな唯一無二の特別なオメガが、アルファには居ると言う。
しかし母のうなじに、その痕は無かった。母はまっさらなうなじを寂しそうに手で押さえながら
『僕は、あの人が本当に欲しかった人の代わりなんだ』
母は私と同じ女オメガなのに、男の恰好をさせられていた。
母は詳しく語らなかったが、兄によれば父が本当に欲しかったオメガは男だったそうだ。
例えオメガでも同性愛は禁忌だから、父は本命相手に晴らせぬ性欲を、男装させた母に発散していた。
アルファとオメガは対のような存在だ。アルファがオメガを欲するように、オメガもアルファのものになりたいと望む。
だけど、それは愛する人の唯一無二の特別な相手としてであって、誰かの代わりや性のはけ口としてではない。
私は母が好きだった。だからこそ誰かの身代わりとして一生を終えた母が、気の毒で切なかった。そして自分も母のように、アルファの都合のいい慰み者にされることを恐れた。
オメガでも名家の生まれなら、正妻になれる可能性がある。でも私は妾の子だ。
女オメガとして玖藍家に引き取られれば、いずれ有力な男アルファとの取引道具にされるだろう。
だから私は兄に言われたからではなく、自分の意思で男のベータのフリをした。私の外見はどう見ても女性的だ。
一般的にオメガなら男性でも線が細く、体毛が薄い。逆に女性でもアルファなら、高身長に頑強な肉体を持つ場合もある。
さらに身体的な特徴のバラつきは、ベータの男女にもある。
『あなた、女性なのに体格がいいですね。もしかしてアルファでは?』
『あなた、男なのに色が白くて華奢ですね。もしかしてオメガなんじゃ?』
など相手の外見から判断して基本性や二次性を疑うのは、悪質なハラスメントとされていた。
だから私が女のように見えても
『女じゃないか? オメガじゃないか?』
と、あからさまに指摘する者は居なかった。
しかし男の恰好をし、発情を抑える薬を飲んでいても、オメガには確かに男を誘う色香があるらしい。
私がそれに気づいたのは高校の頃。
人の性別を疑うのは悪質なハラスメントだ。けれどいじめっ子といじめられっ子の間では、あえてその良識は破られる。
私は男女共学の高校に通っていたが、男にしては身長が低く華奢だった。加えて女オメガだとバレてはならないと、コソコソ振る舞っていたせいで
「男のくせに女々しい。変なヤツだ」
と同級生にイジメられていた。
女子にはひ弱な男ベータとして空気のように扱われていたが、男子の注目を悪い形で浴びた。
しかしそれは嫌悪から来る攻撃ではなく、私が隠している性に反応してのことだったらしい。要するに彼らは歪んだ性衝動を、イジメという形で発散していた。
その証拠に
「お前、もしかしてベータじゃなくてオメガじゃねぇか? 違うって言うなら、ズボンを脱いで見せてみろよ」
放課後。数人の男子に旧校舎まで連行されて、下半身を見せろと強要された。
男のオメガと女のアルファは、下半身だけ両性をあわせ持つそうだ。私の場合は基本性・二次性ともに女なので、ズボンを脱いだら、通常の女性器があらわになるだけだ。
女だとバレたら退学になる。退学だけならまだしも、ここには女子も大人も居ない。他の全員が男の中で脱がされたら、性器を見られるだけでは済まなそうだった。
けれど逃げようとしても逃げられず、手足を押さえつけられてズボンを脱がされそうになった時。
「おい! やめろ! 何をしているんだ!」
止めてくれたのは加山君と言うクラスの人気者で、彼もアルファだった。
アルファは100人に1人の割合で生まれるので、学校に数人は必ず居る。アルファにも優劣があるそうだが、少なくともベータやオメガよりは格上だ。
自分よりも上位のアルファに、ベータとオメガは逆らえない。
だから加山君の鶴の一声で、他の男子たちは私に手を出せなくなった。
いじめっ子たちが去った後。加山君は震える私の肩を抱いて
「今まで気づかなくてゴメンな。これからは一緒に居よう。お前が安心して学校に通えるように俺が護るから」
私はそれまで父と兄しか、男アルファを知らなかった。しかし冷たい威圧感の塊である父や兄と違って、加山君は温かくて親切だった。
人を委縮させるのではなく、安心させるタイプのカリスマ性。同級生の中では美形だが、兄ほどには整っていない容姿が、かえって親しみを感じさせた。
玖藍家の当主と本妻の間に生まれた兄の征嗣は、名家の跡継ぎらしい漆黒の髪と、冷ややかな眼差しが印象的な美しい人だった。
兄はまだ高校生にもかかわらず、アルファらしい冷厳さで
『お前は、これから男のベータとして生きろ。お前の母のようにアルファの慰み者として、一生を終えたくなければな』
私を本家で世話する代わりに、性別を偽るように指示した。
私の母は当主の 妾で、私も母と同じ女オメガだった。
この世界には男性と女性の基本性以外に、アルファ、ベータ、オメガで構成される二次性が存在する。
アルファは男性的な種 で、知力体力ともにベータやオメガより優れている。社会的成功者のほとんどはアルファだと言われている。
人口の大半を占めるベータは、二次性の影響を受けないシンプルな種だ。アルファほど際立った才能やオーラが無い代わりに、強すぎる本能に振り回されることもない安定した層だ。
最後のオメガは女性的な種で、外見や能力的にはベータと変わらない。ただオメガは男性でも子を産める。交配のための種なのか、年頃になると雄を誘惑するフェロモンを出す。
雄を誘惑するフェロモンは、ベータの男性やアルファの女性にもやや作用する。
しかしオメガのフェロモンに最も強く反応するのは、基本性、二次性ともに雄の性質を持つアルファの男性だった。
男アルファは他のどの性よりも、強くオメガに惹きつけられる。
そのため非力なオメガは、どの国でも支配者階級であるアルファに囲われることが多かった。
戦国時代など、まだ性に大らかだった時代は、オメガなら男でもアルファの嫁にされてしまったそうだ。けれど宗教の影響で、男同士の交わりは例え片方がオメガでも禁止になった。
社会的な禁忌で人間の欲望を抑え切ることはできない。しかし大っぴらにはしにくくなったので、男オメガはいくらか安全になった。
けれど女オメガにはそれが無い。女オメガは男のものにされる性のかけ合わせ。誰のものにもならず一生を終えることは、まず無いと言われている。
誰かのものになることが、幸せな両想いをさす場合もある。しかしオメガは性的な魅力以外は、ベータと大差ない平凡な種だ。
性的な魅力だけで妻を選ぶのは、上流の人間にとって恥とされている。だから社会的地位の高い人ほど、正妻には才気豊かなアルファの女性を。陰の女としてオメガを求める者が多かった。
私の母も、そんな陰の女の1人だった。
まだ12歳の私に、男女のあれこれは分からなかった。だけど母が父のいちばんでないことは分かっていた。
妾として別宅に置かれているからじゃない。
アルファがオメガのうなじを噛むと、それ以降は不思議とお互いに他の異性に発情しなくなる。この状態を『番』と言う。
ただ番になると相手を完全に自分のものにできる反面、自分も1人の相手に縛られる。
だから上位のアルファは、滅多にオメガのうなじを噛まない。気位の高い彼らは、たった1人の雌に自分の全てを与えない。
けれど、そんなアルファでも『運命の番』だけは別らしい。自分の全てを投げ出しても、うなじを噛まずにはいられない。そんな唯一無二の特別なオメガが、アルファには居ると言う。
しかし母のうなじに、その痕は無かった。母はまっさらなうなじを寂しそうに手で押さえながら
『僕は、あの人が本当に欲しかった人の代わりなんだ』
母は私と同じ女オメガなのに、男の恰好をさせられていた。
母は詳しく語らなかったが、兄によれば父が本当に欲しかったオメガは男だったそうだ。
例えオメガでも同性愛は禁忌だから、父は本命相手に晴らせぬ性欲を、男装させた母に発散していた。
アルファとオメガは対のような存在だ。アルファがオメガを欲するように、オメガもアルファのものになりたいと望む。
だけど、それは愛する人の唯一無二の特別な相手としてであって、誰かの代わりや性のはけ口としてではない。
私は母が好きだった。だからこそ誰かの身代わりとして一生を終えた母が、気の毒で切なかった。そして自分も母のように、アルファの都合のいい慰み者にされることを恐れた。
オメガでも名家の生まれなら、正妻になれる可能性がある。でも私は妾の子だ。
女オメガとして玖藍家に引き取られれば、いずれ有力な男アルファとの取引道具にされるだろう。
だから私は兄に言われたからではなく、自分の意思で男のベータのフリをした。私の外見はどう見ても女性的だ。
一般的にオメガなら男性でも線が細く、体毛が薄い。逆に女性でもアルファなら、高身長に頑強な肉体を持つ場合もある。
さらに身体的な特徴のバラつきは、ベータの男女にもある。
『あなた、女性なのに体格がいいですね。もしかしてアルファでは?』
『あなた、男なのに色が白くて華奢ですね。もしかしてオメガなんじゃ?』
など相手の外見から判断して基本性や二次性を疑うのは、悪質なハラスメントとされていた。
だから私が女のように見えても
『女じゃないか? オメガじゃないか?』
と、あからさまに指摘する者は居なかった。
しかし男の恰好をし、発情を抑える薬を飲んでいても、オメガには確かに男を誘う色香があるらしい。
私がそれに気づいたのは高校の頃。
人の性別を疑うのは悪質なハラスメントだ。けれどいじめっ子といじめられっ子の間では、あえてその良識は破られる。
私は男女共学の高校に通っていたが、男にしては身長が低く華奢だった。加えて女オメガだとバレてはならないと、コソコソ振る舞っていたせいで
「男のくせに女々しい。変なヤツだ」
と同級生にイジメられていた。
女子にはひ弱な男ベータとして空気のように扱われていたが、男子の注目を悪い形で浴びた。
しかしそれは嫌悪から来る攻撃ではなく、私が隠している性に反応してのことだったらしい。要するに彼らは歪んだ性衝動を、イジメという形で発散していた。
その証拠に
「お前、もしかしてベータじゃなくてオメガじゃねぇか? 違うって言うなら、ズボンを脱いで見せてみろよ」
放課後。数人の男子に旧校舎まで連行されて、下半身を見せろと強要された。
男のオメガと女のアルファは、下半身だけ両性をあわせ持つそうだ。私の場合は基本性・二次性ともに女なので、ズボンを脱いだら、通常の女性器があらわになるだけだ。
女だとバレたら退学になる。退学だけならまだしも、ここには女子も大人も居ない。他の全員が男の中で脱がされたら、性器を見られるだけでは済まなそうだった。
けれど逃げようとしても逃げられず、手足を押さえつけられてズボンを脱がされそうになった時。
「おい! やめろ! 何をしているんだ!」
止めてくれたのは加山君と言うクラスの人気者で、彼もアルファだった。
アルファは100人に1人の割合で生まれるので、学校に数人は必ず居る。アルファにも優劣があるそうだが、少なくともベータやオメガよりは格上だ。
自分よりも上位のアルファに、ベータとオメガは逆らえない。
だから加山君の鶴の一声で、他の男子たちは私に手を出せなくなった。
いじめっ子たちが去った後。加山君は震える私の肩を抱いて
「今まで気づかなくてゴメンな。これからは一緒に居よう。お前が安心して学校に通えるように俺が護るから」
私はそれまで父と兄しか、男アルファを知らなかった。しかし冷たい威圧感の塊である父や兄と違って、加山君は温かくて親切だった。
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