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季節四 秋
最後の夜
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春は、今もまだ極夜と夜中逢うことを続けていた。夜具の中で丑の刻を待ち、夜明けまで極夜と話す。ずっとそんな生活を続けていた為、最近では昼間に転た寝をしてしまうことも少なくなかった。
そして、今日も。丑の刻が来て、春はそうっと夜具から抜け出す。蘭は、それを薄く目を開いて見届けた。しかし、もう止める気はないらしく、すぐに眠りに落ちていった。
襖を開けると、極夜は外に立っていた。蚊の鳴くような声で、極夜が呟く。
「…春、話さねばならぬことがある」
「何、極夜。そんなに改まって」
「今日で逢うのは終わりだ」
「は…?」
春は驚きで目を見開いた。極夜は春と視線を合わせないように目を伏せて、その理由を語り出す。
「わしは、もう年だ。そろそろ、天に召される頃だ…。わしには分かる、今夜が潮時だろう」
「極夜はまだ元気でしょう…?何故そんなことを言うの?」
「ふっ…。若い頃に比べたら、随分動きが鈍くなったぞ。…春」
極夜が目を上げて、春をひたと見据えた。その凄みに、春が思わず肩をすくめる。極夜がゆっくりと、口を開いた。
「自分の言いたいことは、ちゃんと言うのだぞ。…わしのように、後悔などせぬようにな」
「極夜…?」
「自分の道を、自分の足で、しっかり歩くのだよ。わしはもう、春を見守ることは適わない」
極夜の言葉に、春が怒鳴るように叫んだ。その反動で、春の目から光るものが弾け飛ぶ。
「さっきから、何言ってるの!?…これで最後みたいなこと、言わないでよ!」
「最期なのだよ。…さて、わしはもう逝くよ」
「極夜!!」
「自分の意志ーー自分で決めたことに自信を持て。例え、それがどんなことであっても、春が正しいと思ったことが正解だ」
春は、極夜の身体が薄くなっていることに気が付いた。まるで透けているようで、慌てて極夜の手を握る。しかし、その感覚は、まるで手の隙間から落ちていく砂のよう。目で確認する限りは握っている筈なのだが、実際は手応えがほとんど無いに等しく、何も掴んでいないように感じられた。その感覚に、春が譫言を言うように弱々しい声で名前を呼ぶ。
「極夜…?」
段々と薄くなっていく極夜の顔が、春に向かって微笑んだ。いつも皺だらけの顔に、更に皺の数とその深さが増した。極夜の口が、何かを告げるように動き始める。
「さようなら」
声など聞こえないのに、頭で声が再生される。極夜は空に吸い込まれるように消えていった。そして、それを待ち侘びたかのように日が昇り出す。辺りが明るくなり始めたが、春の心は暗くなる一方だった。
そして、今日も。丑の刻が来て、春はそうっと夜具から抜け出す。蘭は、それを薄く目を開いて見届けた。しかし、もう止める気はないらしく、すぐに眠りに落ちていった。
襖を開けると、極夜は外に立っていた。蚊の鳴くような声で、極夜が呟く。
「…春、話さねばならぬことがある」
「何、極夜。そんなに改まって」
「今日で逢うのは終わりだ」
「は…?」
春は驚きで目を見開いた。極夜は春と視線を合わせないように目を伏せて、その理由を語り出す。
「わしは、もう年だ。そろそろ、天に召される頃だ…。わしには分かる、今夜が潮時だろう」
「極夜はまだ元気でしょう…?何故そんなことを言うの?」
「ふっ…。若い頃に比べたら、随分動きが鈍くなったぞ。…春」
極夜が目を上げて、春をひたと見据えた。その凄みに、春が思わず肩をすくめる。極夜がゆっくりと、口を開いた。
「自分の言いたいことは、ちゃんと言うのだぞ。…わしのように、後悔などせぬようにな」
「極夜…?」
「自分の道を、自分の足で、しっかり歩くのだよ。わしはもう、春を見守ることは適わない」
極夜の言葉に、春が怒鳴るように叫んだ。その反動で、春の目から光るものが弾け飛ぶ。
「さっきから、何言ってるの!?…これで最後みたいなこと、言わないでよ!」
「最期なのだよ。…さて、わしはもう逝くよ」
「極夜!!」
「自分の意志ーー自分で決めたことに自信を持て。例え、それがどんなことであっても、春が正しいと思ったことが正解だ」
春は、極夜の身体が薄くなっていることに気が付いた。まるで透けているようで、慌てて極夜の手を握る。しかし、その感覚は、まるで手の隙間から落ちていく砂のよう。目で確認する限りは握っている筈なのだが、実際は手応えがほとんど無いに等しく、何も掴んでいないように感じられた。その感覚に、春が譫言を言うように弱々しい声で名前を呼ぶ。
「極夜…?」
段々と薄くなっていく極夜の顔が、春に向かって微笑んだ。いつも皺だらけの顔に、更に皺の数とその深さが増した。極夜の口が、何かを告げるように動き始める。
「さようなら」
声など聞こえないのに、頭で声が再生される。極夜は空に吸い込まれるように消えていった。そして、それを待ち侘びたかのように日が昇り出す。辺りが明るくなり始めたが、春の心は暗くなる一方だった。
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