コップな魔王と奴隷な王女。鎖が繋ぐ異世界逃避行

リンゴと蜂ミッツ

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第9話 隠し通路、長い階段のその先へ

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 隠し通路の入口は狭く、下へ伸びる階段は急勾配。どんな仕組みなのかは分からないが、扉を開けた事で階段全体が淡い黄光に照らされていた。
 最初に階段を降りたのは、ズエデラが連れていた兵士の一人―――、完全武装したオーク族の青年ボンダールだ。
 隠し通路とは言え、先に敵兵が潜んでいる可能性はゼロではない。無口なボンダールはズエデラの顔を見て頷くと、自分の役割を理解して先陣を切る。狭い入口に体を無理矢理押し込んだ。
 
 後に続くのは、ボンダールと同じくズエデラが連れていた兵士の一人―――、大きな弓を背負っているダークエルフの女戦士ラ・エル。細身にして切れのある動きは、全身がしなやかな筋肉に包まれている証だ。ボンダールの後を躊躇なく追う。
 
 そして槍と手斧を持ったゴブリン族の兄弟が続く。槍を持った方が兄のパッタで、手斧を持った方が弟のジョロ。2人とも魔王の半分ほどの背丈、目が大きく、口が耳の方に向かって裂けていて、見た目はお世辞にも・・・・・・だ。
 
 その後はミリーに手を引かれたエリーザが扉を潜り、ズエデラに戦況報告を行った顔にの残る青年兵士―――、下級魔族のフランツが怪我をした同じ下級魔族の兵士に肩を貸して降りてゆく。

「さっ、魔王様もお早く―――」
 勘違いジジイ、魔法ジジイと揶揄していたズエデラの雰囲気が重い方にガラリと変わっていて、哲郎は促されるまま扉を潜る。
 後ろには魔王の背中を守るようにしてクールビューティーのアーリが続いた。

「ぶぁー、蜘蛛の巣喰っちまった」
「―――魔王様お静かに」
 緊張感の足りない哲郎にアーリの冷静な一言。後方で扉の閉まる重く引きずるような音聞こえた。

「自動照明って割と凄くない?」
 扉が閉まっても階段は淡い黄光に照らされたままで、哲郎は独り言のようにいう。

 ―――あれ!?

 階段を少し降りたところで、哲郎は違和感を覚えた。独り言といっても、だいたいズエデラが反応してくれていたはずだ。後ろ、階段の上方を振り返るとアーリの視線とぶつかった。
 感情の読み取れない冷たい瞳が僅かに揺れる。魔王に見つめられたアーリは顔を下に向けて突き刺さる視線から逃れた。

「ちょ、どけろ!」
 アーリの体を押しのけるようにして階段を上がった哲郎は、その先に重く閉ざされた扉を見た。ズエデラの姿がない。慌てて扉に手を掛けるがびくともしない。

「開けろ! 聞こえてるのかズエデラ!」
 哲郎の呼びかけに扉の向こう側からの返事はない。

「何してる! 魔王の命令だぞ! おい、今すぐここを開けろっ!!」
「―――魔王様、ここでお別れでございます。どうやらこの扉、こちら側からでしか閉まらぬ構造のようです。それに隠し通路は、その名の通り隠さねば、でございます」
「馬鹿なことを言ってないで開けろ! 一緒に来るんだ。この先もお前が必要だ。まだまだ聞きたい事もある。だから開けてくれっ!」
 
 出会ってからそんなに時間が経っていない哲郎は焦燥感に駆られる。魔王の中に、本当の魔王の記憶は存在しない。しかし哲郎が意識できなくても、魔王の体は知っているのだ。哲郎とズエデラの、短かくとも確かにあった繋がりの記憶と、魔王の体の中に脈々と根付いてきた様々な思いがリンクしていた。
 慌てふためく哲郎に対して、ズエデラは落ち着いた口調で応じる。

「黒騎士が来る。一人で勝てるのかズエデラ。頼むから開けろ!」
「―――魔王様、よくお聞きください。ガラン将軍が占領した西方のルキ魔道王朝を目指すのです。追ってガラン将軍も参りましょう。供のものたちはみな若いですが信頼に足るものたちにございます」

「そうじゃない、お前が必要だ。開けてくれ―――」
「勿体ないお言葉・・・・・・ 不肖ズエデラ、魔王様にお仕えできたこと本懐の至りにございます。それとこの半日ほどの魔王も好きでございましたぞ」

「おっ!? ズエデラ――― もしかして気付いてたのか・・・・・・」
「さて、なんの事でございましょう。もう時間がございません」

 驚く哲郎の問い掛けに、とぼけて見せるズエデラ。絨毯を敷き直したズエデラのくぐもった声が続ける。
「魔王様の本当の目的は世界征服にあらず。この300年の戦は、意図せず起きてしまった悲しみの結果」
「なんの話だ? 本当の目的!?」

 ―――ドゴォォォッッッ!

 哲郎の声が上方からの重たい響きで掻き消された。
「魔王様どうかご無事で――― 頼んだぞ、アーリ!!」
 扉を強引に押し開けようとしている魔王の腕が、後方で待つアーリの手に強く引かれる。

「放せ、ズエデラも連れて行く!」
「―――ズエデラ様の気持ちを無駄になさらないでください」

「気持ちって何なんだよ。死んだら終わりだろ―――」
「―――お立場を」

「魔王の立場ってなんだよ! 部下を見捨てる立場って何なんだよ!!」
 冷静なアーリの言葉が、今の哲郎にはやけに冷たく感じた。

「死なせねえ・・・・・・ 放せよアーリ!!」
「・・・・・・っう」
 引き下がらない魔王に歯噛みするアーリ。
 駆け上がってくる足音に2人は気づけない。
 
―――パチンっ!!

 アーリの体に割り込むようにしてエリーザの体が魔王との間に入り、振り上げた手のひらで魔王の頬を力強くひっぱたく。

「―――痛っ!?」
「いい加減にして! 魔王のあなたが死ぬのは勝手です。・・・・・・でも、鎖の話が本当なら私も一緒に死んでしまいます。私にはこれからしなければならない事が見えてきました。今死ぬことは許されません。だから! あなたを今ここで死なす訳にはいかない。死ぬときは鎖を外してからにしてください。それに―――、ここに帰って来るって約束があります。魔王なら自分の言った事に責任を持ってください」
 真っ直ぐに見つめてくる黒瞳に映し出された魔王の表情が、悲痛に歪んでいた。
 
―――ドゴォォォオオオ~~~!!

 上の部屋から体を震わせる轟音が響き、隠し扉の枠から土煙のようなものが降ってくる。
「魔王様、悔しいですが奴隷の言うとおりです。ここは―――」
「分かってる。分かってるけど・・・・・・」
 アーリの言葉に真っ赤な双眸を瞑る哲郎。唇を噛んで、・・・・・・目を開ける。真っ直ぐ見つめてくるエリーザの黒瞳を見返し、隠し扉の方へ視線を移すと―――、さよならズエデラ、と心の中で呟いた。

「行くぞ」
 覚悟が定まった魔王の言葉を聞いて、アーリが階段を駆け下りる。続いて階段を降りかけたエリーザだったが、ふと立ち止まり振り向いて隠し扉の方へ顔を向けた。両手を胸の前に組んで口の中で祈るように何かを呟く。短い祈りの後、再び階段を降り始めたエリーザの背中に、「ありがとう」と哲郎は声を掛けた。しかし返事が返ってくることはなかった。

 長い階段の終わりは、石で組んだだけの簡単な造りの部屋、というよりは空間だった。それなりに広さがあり、ここも淡い黄光に照らされている。
 城の真下に位置する陽の光が届かない地下空間。照明がなくなれば真っ暗闇。
 朽ちかけた机と椅子は誰のためのものなのか。
 
 階段を降りた魔王に一同の視線が集まる。
「指示待ち人間は良くないぜ」
 言った哲郎はアーリの顔を見る。
「・・・・・・」
 無言で返すアーリに、ノープランで溜息をつく哲郎。

「あっ! あそこに扉が―――」
と甲高い声で言ったのは、大きな弓を背負ったダークエルフの女戦士ラ・エルだ。
 
 地下の空間で発見できた扉は一枚のみで、他に通路などは見当たらなかった。右左どちらに進むのか、といったダンジョンお決まりの選択肢はなく扉を開けて進むしかなさそうだ。
 
 降りてきた階段の様子を窺っていたゴブリン兄弟のパッタとジョロが近寄ってきた。
「魔王様、臭いない。追ってない」
「兄ちゃん、おいら、おいらが言いたい。臭いない。追ってない」

「そ、そうかサンキューな、パッタとジョロ」
 締まらない部下の報告に、哲郎は頭を掻いて礼を言った。礼を言われたゴブリン兄弟は嬉しそうに飛んだり跳ねたりしている。

 しかしいつ追手が掛かるか分からない状況で、ゴブリン兄弟の報告に胡坐はかけない。命がけで守ってくれたズエデラの気持ちに報いるためにも、なんとしても生き延びねばなるまい。
 両頬を両手で挟んで強く叩き、哲郎は気持ちを引き締める。

「進もう!」
 声を張って言い、先頭に立った魔王が朽ちかけの扉を押し開ける―――、その先に広がっていたのは湿っぽい空気が漂う地下墳墓。
 哲郎たち一行は知る由もないが、墳墓の名をメフィオステルの地下墳墓と言う。高位のネクロマンサーが眠る、忘れられた墳墓だった。
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