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第6話 奴隷の姫
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濃い霧が立ち込める中を、純白のドレスを纏ったエリーザ・ミーツェ・アンゼルムは裸足で彷徨っていた。ストレートのブロンドは霧で重く濡れ、額に張り付く前髪を鬱陶しげに手櫛で横に流す。
進んでいる方向や流れる時間も曖昧で、それでも一生懸命に歩いていた。
突然、目の前によく見知った背中が現れた。
「お父様―――」
顔を輝かせてエリーザが呼びかけたのは、豪奢なマントを羽織ったメラルニカ国王の背中。
「待ってください、お父様」
呼びかけられた背中が立ち止まる。不思議なことに、エリーザが近づこうとしても2人の距離は縮まらない。
「お前は目の中に入れても痛くない存在だった。過去も未来も、永遠に―――、私はお前の事を愛しているエリーザ。私にはもう時間がないんだ。そこで立ち止まって、けっしてこっちへ来てはいけないよ」
愛娘に背を向けたままで父は言った。
「嫌っ!! 1人にしないで、私も連れて行って―――!!」
乳白色に染まる世界でエリーザの悲痛な叫び声がこだまする。
「大丈夫だよエリーザ、1人じゃない。私はいつも見守っている。それに、お前のために戦い、お前を助けてくれる存在がある」
「―――あっ、まさか!? それは勇者様のことですね」
「勇者? ああ、忘れていたな。まあ、お前を助け、力を貸してくれる存在は多くあるいうことだ」
振り向くことのない背中が遠ざかってゆく。
「待って―――、お父様!!」
「最後に一つだけ。この先どんな困難に見舞われようと、お前が心で感じたことを信じなさい。愛している―――」
「―――お父様~!!」
届くはずのない距離でも、エリーザは必至で手を伸ばした。
夢と現実の狭間で掴んだ手の感触。
逃がすまいとして、すがりつく―――。
「きゃゃゃああああーーーーーー!!」
薄目を開けたエリーザは、自分がすがりついているものを見て悲鳴を上げた。
「うぉいーーー!?」
ベッドの上で横になっていた哲郎は、自分の体に抱きつく格好のエリーザの悲鳴で目を覚ました。
「やっぱりあなたは、私を慰みものに」
「ちょ、タイム、待った。誤解だ誤解。そっちが勝手に抱きついて―――」
「―――な、なにを言っているのですか!? 私から抱きつくわけがありません」
言いながら、シーツを胸に掻き抱いたエリーザは、ベッド上で魔王から距離を取る。
「コップ的には、あってはならない冤罪だ、冤罪!」
2人の意見が平行線を辿る中、部屋の扉がノックされた。
「失礼します。声が聞こえたのでやって参りました」
開いた扉からひょっこりと顔だけ出したのは、使い魔ミニオンを召喚した女魔族のミリーだった。
ベッド上の2人を確認して、「お邪魔でした?」と要らぬ一言。
「ちょ、また話がややこしくなるから、そういうの止めてくれる!」
哲郎が言うと、ミリーの顔が扉から引っ込もうとした。慌てて駆け寄りミリーの腕を引っ張る。部屋の中へ引き入れてみると、鎧を脱いだ軽装―――、というにはあまりにシースルー、下着が透けて見えていた。
「ミリーさん、その格好は?」
「魔王様が後で部屋に来いって言ったんじゃないですか」
「ああ、確かに言ったけど・・・・・・ その格好はちょっとドギマギします」
「夜伽ではないんですか?」
「夜伽? 夜伽って―――、いやいや違うよ、違う。えっ!? 普段から俺らそんな関係なの。いや、そうじゃない、そういうのじゃなくて、呼んだのはただ聞きたいことがあったからだ」
慌ててベッドの方を振り返った哲郎は、軽蔑の色を浮かべた黒瞳に見据えられた。
「違う。違うよ。誤解だ、冤罪だ。本当に話を聞きたかっただけだから」
「なんで私に弁解をするんですか。お邪魔でしょうから、私はこの部屋から出てゆきます」
「ちょっと待ってくれエリーザ! 目が覚めたんなら話がしたい。ミリーにも聞きたいことがある。とりあえず落ち着こう」
「落ち着いてないのは、あなたの方です。あと名前で呼ぶのはやめて下さい」
「じゃあ何て呼べばいいんだよ? 姫様、姫、いや王女様? いっそ奴隷って呼んでやろうか」
「ど、奴隷!? ふん! 魔王のあなたと話すことなど何もありません。話かけないでください」
無表情ながら、エリーザの黒瞳には激しい怒りが見て取れた。そして、気後れする魔王―――。
「う、売り言葉に買い言葉で言っただけだろ。悪かったよエリーザ」
「名前を呼ばないでください」
「なっ!? 譲歩してんだろ。ちょっとは察しろよ―――」
奴隷の姫を前にして、まるで威厳のない魔王セシルド。
気を失っていたエリーザには奴隷に堕ちた自覚はない。
目の前のやり取りにミリーは深い溜息をついたのだった。
進んでいる方向や流れる時間も曖昧で、それでも一生懸命に歩いていた。
突然、目の前によく見知った背中が現れた。
「お父様―――」
顔を輝かせてエリーザが呼びかけたのは、豪奢なマントを羽織ったメラルニカ国王の背中。
「待ってください、お父様」
呼びかけられた背中が立ち止まる。不思議なことに、エリーザが近づこうとしても2人の距離は縮まらない。
「お前は目の中に入れても痛くない存在だった。過去も未来も、永遠に―――、私はお前の事を愛しているエリーザ。私にはもう時間がないんだ。そこで立ち止まって、けっしてこっちへ来てはいけないよ」
愛娘に背を向けたままで父は言った。
「嫌っ!! 1人にしないで、私も連れて行って―――!!」
乳白色に染まる世界でエリーザの悲痛な叫び声がこだまする。
「大丈夫だよエリーザ、1人じゃない。私はいつも見守っている。それに、お前のために戦い、お前を助けてくれる存在がある」
「―――あっ、まさか!? それは勇者様のことですね」
「勇者? ああ、忘れていたな。まあ、お前を助け、力を貸してくれる存在は多くあるいうことだ」
振り向くことのない背中が遠ざかってゆく。
「待って―――、お父様!!」
「最後に一つだけ。この先どんな困難に見舞われようと、お前が心で感じたことを信じなさい。愛している―――」
「―――お父様~!!」
届くはずのない距離でも、エリーザは必至で手を伸ばした。
夢と現実の狭間で掴んだ手の感触。
逃がすまいとして、すがりつく―――。
「きゃゃゃああああーーーーーー!!」
薄目を開けたエリーザは、自分がすがりついているものを見て悲鳴を上げた。
「うぉいーーー!?」
ベッドの上で横になっていた哲郎は、自分の体に抱きつく格好のエリーザの悲鳴で目を覚ました。
「やっぱりあなたは、私を慰みものに」
「ちょ、タイム、待った。誤解だ誤解。そっちが勝手に抱きついて―――」
「―――な、なにを言っているのですか!? 私から抱きつくわけがありません」
言いながら、シーツを胸に掻き抱いたエリーザは、ベッド上で魔王から距離を取る。
「コップ的には、あってはならない冤罪だ、冤罪!」
2人の意見が平行線を辿る中、部屋の扉がノックされた。
「失礼します。声が聞こえたのでやって参りました」
開いた扉からひょっこりと顔だけ出したのは、使い魔ミニオンを召喚した女魔族のミリーだった。
ベッド上の2人を確認して、「お邪魔でした?」と要らぬ一言。
「ちょ、また話がややこしくなるから、そういうの止めてくれる!」
哲郎が言うと、ミリーの顔が扉から引っ込もうとした。慌てて駆け寄りミリーの腕を引っ張る。部屋の中へ引き入れてみると、鎧を脱いだ軽装―――、というにはあまりにシースルー、下着が透けて見えていた。
「ミリーさん、その格好は?」
「魔王様が後で部屋に来いって言ったんじゃないですか」
「ああ、確かに言ったけど・・・・・・ その格好はちょっとドギマギします」
「夜伽ではないんですか?」
「夜伽? 夜伽って―――、いやいや違うよ、違う。えっ!? 普段から俺らそんな関係なの。いや、そうじゃない、そういうのじゃなくて、呼んだのはただ聞きたいことがあったからだ」
慌ててベッドの方を振り返った哲郎は、軽蔑の色を浮かべた黒瞳に見据えられた。
「違う。違うよ。誤解だ、冤罪だ。本当に話を聞きたかっただけだから」
「なんで私に弁解をするんですか。お邪魔でしょうから、私はこの部屋から出てゆきます」
「ちょっと待ってくれエリーザ! 目が覚めたんなら話がしたい。ミリーにも聞きたいことがある。とりあえず落ち着こう」
「落ち着いてないのは、あなたの方です。あと名前で呼ぶのはやめて下さい」
「じゃあ何て呼べばいいんだよ? 姫様、姫、いや王女様? いっそ奴隷って呼んでやろうか」
「ど、奴隷!? ふん! 魔王のあなたと話すことなど何もありません。話かけないでください」
無表情ながら、エリーザの黒瞳には激しい怒りが見て取れた。そして、気後れする魔王―――。
「う、売り言葉に買い言葉で言っただけだろ。悪かったよエリーザ」
「名前を呼ばないでください」
「なっ!? 譲歩してんだろ。ちょっとは察しろよ―――」
奴隷の姫を前にして、まるで威厳のない魔王セシルド。
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目の前のやり取りにミリーは深い溜息をついたのだった。
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