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第2話 転生コップ
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光がおぼろげな像を結ぶと、目の前に見覚えのない光景が浮かんでいた―――。
「ここは・・・・・・」
片膝を地についた魔王の意識が途切れて、再び戻るまでの刹那、傍らに控えた僕たちは身動き一つできていない。
意識が途切れる直前の記憶は、同じ交番で勤務する先輩―――、あのビッチ女から放たれた強烈なるアッパーカットの軌跡。
「だ、大丈夫で―――」
異形の集団の中でも最側近である漆黒のローブを纏った老体、暗黒魔導士のズエデラが前に進み出て恐る恐る声を掛ける。最側近とはいえ、慎重に言葉を選ばなければならない。過去、苛烈で容赦のない魔王の機嫌を損ねて、側近と言われていた魔族の首がいくつ刎ねられてきたことか・・・・・・、その正確な数を覚えているものはいない。
「―――えっ!?」
呼びかけられた魔王―――、正確には魔王セシルドの中に突然転生した警察官の山田哲郎は、ただ茫然と立ち尽くしていた。全身を包む強烈な違和感、その正体も分からないまま自身の両手を持ち上げると、黒光りする手甲をはめた青い肌が目に飛び込んできた。
視線を下げれば、見た事もない重厚な鎧を身に付けていることが分かる。鎧から露出している肌は、やはり青い。
「っほへ!?」
言葉にならない声が漏れ、目の前のズエデラが怪訝な表情で魔王―――、山田哲郎の様子を窺った。
「ど、どうかなされましたか・・・・・・」
「ど、どうかって・・・・・・ どういうことだよ」
深く息を吸い込み、大きく吐き出して顔を上げた。視線がいつもより高いように感じる。
「背が伸びてる」
無意識にぽつりとこぼす。辺りをゆっくり見渡してみると、目の前にローブを纏った、いかにも魔法を使います、的な老人が立っている。その後ろには、ゲームやアニメでお馴染みの大小様々な架空の生き物の存在があり、山田哲郎の思考は非現実な光景に早くも一つの結論を導き出そうとしていた。
リアルに目の前に存在している、まるでファンタジーな架空の生き物たち。彼方に目を向ければ、黒煙を吐き出す崩れ落ちた巨大な西洋にあるような城。アニメや漫画、ゲームを当たり前のように楽しむ今時の二十歳の青年。
人より少しだけ正義感の強い青年。
職業は天職だと思っている警察官。
そんな山田哲郎の導き出した結論は―――、
「なるほど、夢な、夢。それも、俺も嫌いじゃない異世界転生ものの夢!!」
あまりにも現実離れした状況と、若者のカルチャーが混じり合った結果、山田哲郎は直前までの記憶と現状の齟齬に目をつむり、安易だが極めて単純な結論へと辿り着いたのだった。
「いやにリアルだけど、夢と認識できる夢は初めてだわ」
夢だと納得すれば緊張が解けてくる。魔王セシルドの中に転生した山田哲郎は、辺りを観察する余裕が生まれた。一番近くには、魔法ジジイがいて、その後ろにはマントを羽織った自分と同じような鎧姿の青い肌をした人間に近い存在がちらほら。その更に後ろには、多数のゴブリンやオークと思われる架空の生き物たちが見える。
「恐れ多くも―――、魔王セシルド様。何かございましたなら、このズエデラめに何なりとお申し付けくださいませ」
目の前の魔法ジジイ―――、ズエデラと名乗った老人が、哲郎のことを魔王と呼んだ。確かに魔王セシルドと。
哲郎は頭を激しく回転させ、閃きと共に拳を握り片方の手のひらに打ち付けた。
「そうか、わかった!! 俺、魔王に転生したのか。警察官の俺が勇者でなくて魔王に転生――― なんて皮肉な夢・・・・・・」
子供の頃から正義の主人公より、何故だか悪の組織、悪の幹部、ラスボスに強く惹きつけられてきたのは事実だ。それは、哲郎が持つ他の人より少しばかり強い正義感が影響している。弱きを助け、強きをくじく正義の主人公。その主役たちに、既定路線でやられる悪役たちが、哲郎少年の目には弱きものに映ってしまっていたのだ。
少しだけ、ほんの少しだけ他の人より正義感が強い哲郎少年は、時に正義感さえも空回りさせつつ成長し、天職と信じる警察官になって2年目。
「あ、あの・・・・・・ 本当に大丈夫でございますか」
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫。体調は万全です!」
世界征服を成し遂げたばかりの魔王セシルド―――、山田哲郎の軽い調子の返答にズエデラは心底恐怖するのだった。
「ここは・・・・・・」
片膝を地についた魔王の意識が途切れて、再び戻るまでの刹那、傍らに控えた僕たちは身動き一つできていない。
意識が途切れる直前の記憶は、同じ交番で勤務する先輩―――、あのビッチ女から放たれた強烈なるアッパーカットの軌跡。
「だ、大丈夫で―――」
異形の集団の中でも最側近である漆黒のローブを纏った老体、暗黒魔導士のズエデラが前に進み出て恐る恐る声を掛ける。最側近とはいえ、慎重に言葉を選ばなければならない。過去、苛烈で容赦のない魔王の機嫌を損ねて、側近と言われていた魔族の首がいくつ刎ねられてきたことか・・・・・・、その正確な数を覚えているものはいない。
「―――えっ!?」
呼びかけられた魔王―――、正確には魔王セシルドの中に突然転生した警察官の山田哲郎は、ただ茫然と立ち尽くしていた。全身を包む強烈な違和感、その正体も分からないまま自身の両手を持ち上げると、黒光りする手甲をはめた青い肌が目に飛び込んできた。
視線を下げれば、見た事もない重厚な鎧を身に付けていることが分かる。鎧から露出している肌は、やはり青い。
「っほへ!?」
言葉にならない声が漏れ、目の前のズエデラが怪訝な表情で魔王―――、山田哲郎の様子を窺った。
「ど、どうかなされましたか・・・・・・」
「ど、どうかって・・・・・・ どういうことだよ」
深く息を吸い込み、大きく吐き出して顔を上げた。視線がいつもより高いように感じる。
「背が伸びてる」
無意識にぽつりとこぼす。辺りをゆっくり見渡してみると、目の前にローブを纏った、いかにも魔法を使います、的な老人が立っている。その後ろには、ゲームやアニメでお馴染みの大小様々な架空の生き物の存在があり、山田哲郎の思考は非現実な光景に早くも一つの結論を導き出そうとしていた。
リアルに目の前に存在している、まるでファンタジーな架空の生き物たち。彼方に目を向ければ、黒煙を吐き出す崩れ落ちた巨大な西洋にあるような城。アニメや漫画、ゲームを当たり前のように楽しむ今時の二十歳の青年。
人より少しだけ正義感の強い青年。
職業は天職だと思っている警察官。
そんな山田哲郎の導き出した結論は―――、
「なるほど、夢な、夢。それも、俺も嫌いじゃない異世界転生ものの夢!!」
あまりにも現実離れした状況と、若者のカルチャーが混じり合った結果、山田哲郎は直前までの記憶と現状の齟齬に目をつむり、安易だが極めて単純な結論へと辿り着いたのだった。
「いやにリアルだけど、夢と認識できる夢は初めてだわ」
夢だと納得すれば緊張が解けてくる。魔王セシルドの中に転生した山田哲郎は、辺りを観察する余裕が生まれた。一番近くには、魔法ジジイがいて、その後ろにはマントを羽織った自分と同じような鎧姿の青い肌をした人間に近い存在がちらほら。その更に後ろには、多数のゴブリンやオークと思われる架空の生き物たちが見える。
「恐れ多くも―――、魔王セシルド様。何かございましたなら、このズエデラめに何なりとお申し付けくださいませ」
目の前の魔法ジジイ―――、ズエデラと名乗った老人が、哲郎のことを魔王と呼んだ。確かに魔王セシルドと。
哲郎は頭を激しく回転させ、閃きと共に拳を握り片方の手のひらに打ち付けた。
「そうか、わかった!! 俺、魔王に転生したのか。警察官の俺が勇者でなくて魔王に転生――― なんて皮肉な夢・・・・・・」
子供の頃から正義の主人公より、何故だか悪の組織、悪の幹部、ラスボスに強く惹きつけられてきたのは事実だ。それは、哲郎が持つ他の人より少しばかり強い正義感が影響している。弱きを助け、強きをくじく正義の主人公。その主役たちに、既定路線でやられる悪役たちが、哲郎少年の目には弱きものに映ってしまっていたのだ。
少しだけ、ほんの少しだけ他の人より正義感が強い哲郎少年は、時に正義感さえも空回りさせつつ成長し、天職と信じる警察官になって2年目。
「あ、あの・・・・・・ 本当に大丈夫でございますか」
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫。体調は万全です!」
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