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悪魔くん、モノ・ローグ
しおりを挟む悪魔くんは、これまでの人生を思い出していた。
よくある事だけれども、知らない世界でひとりぼっちに
なってしまうと
話し相手もないので、自分の記憶を思い出すと
宇宙旅行に最初に出発した飛行士などは
そう言っている。
宇宙船のカプセルの中で、暗い宇宙を見ている
孤独感。
それは、異世界でひとりになって、もう戻る事もない
悪魔くんも似ているのかもしれない。
人間の場合、脳細胞は常に死滅しながら
神経細胞を繋ぎ変えて記憶を保っている。
その結合が、記憶を保つのである。
不要な記憶を消しながら、必要な記憶は強化され
その記憶の整理が「夢」だと言われている。
なので、音楽家は音楽の夢を見るし、作家は文学の夢を見る。
料理人は料理の夢を見るのだろう。
それが現実でない、と認識する事を認知と呼ぶが
認知ができなくなる状態になると、夢、と現実がわからなくなる。
宇宙で、現実感のない空間に漂っていると
類似の状態になって、白昼夢を見ると言われ
宇宙飛行の訓練では、それに耐える為に
無音、漆黒の部屋に閉じ込めるそうだ。
情報のない場所で、記憶と戦う訓練である。
このときの悪魔くんも、外界と遮断された
孤独な人間界にひとりだけ。
言葉が通じる相手もいない。
唯一ルーフィだけが、理解してくれているようだが。
そのせいで、悪魔くんは夢とも現ともつかない意識で
過去を回想していた。
魔界に堕ちる前は人間だった。
母親らしき者は、俺の存在を疎ましく思っていたらしく
生れ落ちてしばらくは、玩具のように可愛がっていたらしい。
らしい、ってのは記憶になかったからだ。
他に身寄りもなく、俺は
その女に縋るしかなかったが
腹が減ってばかりいたし、泣くと叩かれたりした。
そうしているうちに、その女は俺を捨てて
どこかの男と居なくなってしまった。
俺は、捨てられたらしいと気づいた時は
誰も助けてはくれない状況だった。
食べるものもなく、寝る場所もない。
その女を恨むと言うか、むしろ解放されてほっとした。
食べ物が無いので、盗んで食った。
他に方法が無かった。
そのうち警察に捕まった。
警官は、まだ幼かった俺を、邪険にはしなかった分
あの女よりはマシだった。
女なんて大嫌いだし、母親なんて者はそんなもんだと
俺は思ってた。
救護院で、シスターたちが優しくしてくれたが
俺は、なんとなく怖かった。
女ってものは、気分次第で凶暴になると思っていたんだ。
だから、心を許した途端、また傷つけられる。それが怖かった。
心のどこかで、誰かに甘えたいと思っていたのかもしれない。
思春期になっても、だから恋人、なんて無理だった。
同じ年頃の女の子を見ても、愛らしいとは思わなかった。
生き物として、あの女と同じ匂いがすると、忌避したくなった。
心が砂のように乾き、疲弊していく。
ただ、なぜか動物的に、暴力的になっていった。
それで、事件を幾つも起こした。
どうしようもなかった、俺にも抑えが利かなかった。
救護院のシスターが、嘆き悲しむのを見て、俺は
生きていても仕方ない、そう思ってしまって....。
シスターのような人の子供に生まれたかった。
そう思いながら、俺は盗んだバイクで飛ばした。
どこかに逃げたかった。
夜更けのハイウェイを飛ばしていると、悪魔が誘っているような
そんな気がした。
赤いランプを回転させた、ハイウェイ・パトロールのGT-Rが
すぐに追いついてきた。
スピーカーで何か、ポリスが怒鳴っている。
俺は、スロットルを目一杯開いた。
盗んだオートバイはメイド・イン・ジャパン、2ストロークスクエア・フォアの
レーシング・バイクだ。
誰も、俺には追いつけないぜ。
前輪を軽々と持ち上げ、金切り声を上げるように
エンジンは回転する。
レヴ・カウンターは10000を超え、なお回る。
白煙を上げて4本のマフラーから、排気が抜ける。
ポリスのGT-Rも、これには敵わない。
だが、ハイウェイの悪魔は俺より上手だったのか
最後のコーナーを320km/hで回ろうとした俺が
無茶だったのか。
フロント・タイアが破裂した。
そのまま、アルミニウムのマシーンはカーブから転落、大破し
俺も、悪魔に誘われた。
地獄に堕ちても、俺の心は救われなかった。
周りも似たような奴らばかりだったから
それだけは良かった。
そのうち、俺自身が悪魔になっていると気づいたが
俺のせいじゃない。
あの女のせいだ。
俺は、普通に愛されたかっただけだ。
ほんの少しでいい、誰かに思いやられたかった。
そんな時、仲間に誘われて魔界を逃げ出した。
次元の扉が開いていた、からだ。
歪んだ時空から、人間界に出て
人間たちの悪意を食った。
車に乗る奴らに憑依して、事故をおこさせたり
前の車を煽ったり。
スピードを出させたりした。
みんな、それらは愚かな人間どもの願いを
俺たちが煽っただけだ。
俺のせいじゃない。そいつらは
元々、俺みたいな連中だったんだ。
悪いのは親さ。
そんな風に思って、父親くらいの男に憑依して
図書館に行った。
父親なんてみんな死んでしまえと思った。
事件を起こさせて、警察に逮捕させよう。
そんな風に思っていた時、あの天使に出会ったんだ。
俺が求めていた気持は、これだったのか。
安らぎを覚えた。
あの女とはまるで違う。
俺が悪さをしているのに....。怒りもせずに。
柔らかな感じだ。
心が、凍り付いていたものが溶け
乾いていた砂のような気分に、潤いとして流れ込むような
そんな気持だった。
生まれ付いてから、ずっと。
求めていた、それ。
愛、と呼ばれるのかもしれない。
その人が天使だと、すぐに分かったが
どうして地上に降りているのか、分からなかったが
この天使のためなら、俺はどんなことでもする。
何か、役に立ちたい。助けたい。
幸せにしてやりたい。
そんな気持がどこから湧くのか分からないが
これが、愛ってものだろうか。
だから、俺は
ひとりだろうが、なんだろうが。
構いはしない。
この天使が、望む事だったら何でもする。
そう思ったから、魔界には戻らなかった、んだ。
裁定
深い想いを秘めた悪魔くんは
しかし、寡黙なので
その想いは、誰にも理解されはしないが
しかし、尊い愛を秘めていたのだろう。
別に、代償を求める事もなく
天使さんの幸せを願っていた。
ーーそんな時。
魔界との扉が閉ざされたので
神様は、裁定を下そうと
ルーフィたちの世界を訪れた。
が。
神様が感じ取ったのは
魔界の者の雰囲気だった。
次元が、少し歪んでいる事が
明確に、感じ取られた。
めぐ、に宿っている天使さんに
恋してしまった悪魔くんの持つ雰囲気である。
「これでは....裁定を下すには。」
時期早尚である、時空の乱れを正すべきだと
神は、ルーフィに伝えた。
草そよぐ、風おだやかな満月の夜
爽やかに神は、重い言葉を残す。
「そう言ったってなぁ」と、ルーフィは考える。
「いくら、神様だってさ」と、わたしも思う。
悪魔くんが人間界に居たって、何も
悪いことをしている訳じゃない。
それを理由に、めぐへの授け物を出さない、と
言うのは,,,,,。
暗に、悪魔くんに出て行けと言っているようなものだ。
それが、神のする事かしら(笑)。
でも。
悪魔くんにしてみれば、このままで居ても
自分も疲弊するだけで
異なる世界に旅立ってしまえば、もう
天使さんには永遠に会えなくなる。
もちろん、めぐ、も
天使さんも、この事は知らない。
悪魔くんは、天使さんやめぐの幸せを考えた。
異なる世界に旅立てば.....それで、上手くいく。
次の、満月の晩....。
悪魔くんは、人知れず
人間界を去った。
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