タビスルムスメ

深町珠

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7261D、出発進行!、真幸、定発!

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ーーー人吉ゆき、まもなく発車いたしますーーーー。

車掌さんが車内放送を、車外にも流す。
この車両は、車体の外にスピーカーがあるのでそれだけでいい。

古い車両では、無線で駅のスピーカーへと接続する。
ワイアレスマイクのような感じだが、鉄道無線でも同じ事が出来る。


車掌さんが編成最後尾で、確認する。

乗降、終了!
ドア、閉!
出発信号、よし!

車内に、電子ベルのような音が流れて
ドアが閉じる。

空気シリンダーなので、空気の抜ける音がするところは
バスと似ている。でもシリンダーが見えないので

愛紗は「どこにあるのだろう?」と思ったりもする。






空気シリンダが乗務中に壊れると、走行が出来なくなる場合がある。
なにしろ、バスのブレーキは空気作動だからだ。

鉄道もそうだが。


それで、締め切りコックがついているのだが
その位置・操作を知っておく必要がある。


近距離だけの路線バスなら、誰かに助けを求めればいいし
代行バスの手配も容易である。


その間に、工場から整備士を呼べばいいのだが
遠距離だと、そうもいかない。


東山は全国規模だが、それでも営業エリアでないところで
万一故障があると、どこかで助けてもらう必要があるので
業界同士、波風を立てないようにしている。


例えば、他社のドライバーの、同一エリア内での転職は
基本的には、受け入れない。


そういう仁義があったりもする。



これは、バス業界だけではなく
大きな会社だと、だいたいそうで・・・。
鉄道も同じである。

免許を取ったからと言って、同じエリア内で
同業他社で運転士をする、と言うのは
まあ、無い事だ。


それはまあ、どこの会社でも似たような環境なので
他所で勤まらない人は、うちでもダメだろう。

そんな理由だし、他所で立派な成績の人を
自社で使うのも、これも仁義に反するところ。

そういう、面白いところが鉄道とか、電鉄系のバス会社にはある。

なので、友里絵たちを国鉄で引き取ると言うのも
転居だから、みたいな理由もあったし

局長さんと、有馬さんが知り合い、同郷人。
なんていう理由もあったりもした。








運転士が、白い手袋で、ドア閉じランプを確認。


車掌から、ブザーの2回吹鳴。


発車合図である。

運転士も2回。

了解合図である。

寝台列車などは、これを無線で行う。
機関車と客車に、連絡ブザーが無いから、である。



運転士は、信号を確認。

「出発、進行!」

出発信号器が進行、を意味している。



制動器ハンドルを左に回す。解放である。
そして、主制御器ハンドルを、手前に。

ギアは変速段。

ディーゼル・エンジンの音が、がらがら、から
ごー、と言う音に変わる。

ターボ・チャージャーに排気圧が掛かり
コンプレッサーを回す。吸気を圧縮していく。
インタークーラを通り、エンジンに吸われていく。

回転数が高いので、ジェット・エンジンのような金属音が聞こえる。

そして、その空気が爆発し、クランク軸を回す。

車両は、ゆっくり、ゆっくり。
上り坂を走り始める。



「登ってきた線路。あんなに急なんだー。」と、友里絵は笑顔で。


「ほんと」と、由香。


進む先は、別の線路である。



その自然な表情を見ていて、愛紗は思う。


・・・・いつか、自然になれたら・・・・。


愛紗はと言うと、いつも誰かに気を遣っていた。


母が、なんとなく愛紗に指示したがるタイプで・・・
愛紗の希望を認めない。そういう感じだった。


「晩御飯、なに食べたい?」と聞かれて

「コロッケ」とか答えると


カレーライスだったり。


何故か、と尋ねると


母の気まぐれ、なのだったり。


そういう母に、自然と距離を置くようになった愛紗だったから

晩御飯のメニューを聞かれても、希望を言わず「なんでもいい」と
答えるようにしていた。


面倒は避けたかった。それだけだ。
そんな、些細な事で母親、と言う立場を確認したがる人と
距離を置きたかった。


無論、母もそういう育てられ方をしてきたから
そうするワケだ。


実権を握れば、我侭放題。
そういう人間が愛紗は嫌いだ。

だから、高校を出て直ぐに、家を出た。


大岡山でも、岩市のような人間を見たり
クレーマーも居たり。

そういう人たちに、関わらず、でも屈せず。

そうしている深町に共感を感じた。
それは、恋愛ではないのかもしれない。

バス・ドライバー、運転課の人たちも
曲がった事に屈しない人たちだった。

そのあたりが、愛着を覚える理由、だったのかもしれない。



だけど・・・・・。ドライバーとしては、ちょっと難しい環境。
ガイドも、そんなに気に入った仕事でもない。
元々、家を出る事が第一の目的だった、と言うのもある。


そんなふうに、愛紗は思った。

それが解ってきただけでも、良かった。



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