タビスルムスメ

深町珠

文字の大きさ
上 下
174 / 361

7261D、出発進行!、真幸、定発!

しおりを挟む
ーーー人吉ゆき、まもなく発車いたしますーーーー。

車掌さんが車内放送を、車外にも流す。
この車両は、車体の外にスピーカーがあるのでそれだけでいい。

古い車両では、無線で駅のスピーカーへと接続する。
ワイアレスマイクのような感じだが、鉄道無線でも同じ事が出来る。


車掌さんが編成最後尾で、確認する。

乗降、終了!
ドア、閉!
出発信号、よし!

車内に、電子ベルのような音が流れて
ドアが閉じる。

空気シリンダーなので、空気の抜ける音がするところは
バスと似ている。でもシリンダーが見えないので

愛紗は「どこにあるのだろう?」と思ったりもする。






空気シリンダが乗務中に壊れると、走行が出来なくなる場合がある。
なにしろ、バスのブレーキは空気作動だからだ。

鉄道もそうだが。


それで、締め切りコックがついているのだが
その位置・操作を知っておく必要がある。


近距離だけの路線バスなら、誰かに助けを求めればいいし
代行バスの手配も容易である。


その間に、工場から整備士を呼べばいいのだが
遠距離だと、そうもいかない。


東山は全国規模だが、それでも営業エリアでないところで
万一故障があると、どこかで助けてもらう必要があるので
業界同士、波風を立てないようにしている。


例えば、他社のドライバーの、同一エリア内での転職は
基本的には、受け入れない。


そういう仁義があったりもする。



これは、バス業界だけではなく
大きな会社だと、だいたいそうで・・・。
鉄道も同じである。

免許を取ったからと言って、同じエリア内で
同業他社で運転士をする、と言うのは
まあ、無い事だ。


それはまあ、どこの会社でも似たような環境なので
他所で勤まらない人は、うちでもダメだろう。

そんな理由だし、他所で立派な成績の人を
自社で使うのも、これも仁義に反するところ。

そういう、面白いところが鉄道とか、電鉄系のバス会社にはある。

なので、友里絵たちを国鉄で引き取ると言うのも
転居だから、みたいな理由もあったし

局長さんと、有馬さんが知り合い、同郷人。
なんていう理由もあったりもした。








運転士が、白い手袋で、ドア閉じランプを確認。


車掌から、ブザーの2回吹鳴。


発車合図である。

運転士も2回。

了解合図である。

寝台列車などは、これを無線で行う。
機関車と客車に、連絡ブザーが無いから、である。



運転士は、信号を確認。

「出発、進行!」

出発信号器が進行、を意味している。



制動器ハンドルを左に回す。解放である。
そして、主制御器ハンドルを、手前に。

ギアは変速段。

ディーゼル・エンジンの音が、がらがら、から
ごー、と言う音に変わる。

ターボ・チャージャーに排気圧が掛かり
コンプレッサーを回す。吸気を圧縮していく。
インタークーラを通り、エンジンに吸われていく。

回転数が高いので、ジェット・エンジンのような金属音が聞こえる。

そして、その空気が爆発し、クランク軸を回す。

車両は、ゆっくり、ゆっくり。
上り坂を走り始める。



「登ってきた線路。あんなに急なんだー。」と、友里絵は笑顔で。


「ほんと」と、由香。


進む先は、別の線路である。



その自然な表情を見ていて、愛紗は思う。


・・・・いつか、自然になれたら・・・・。


愛紗はと言うと、いつも誰かに気を遣っていた。


母が、なんとなく愛紗に指示したがるタイプで・・・
愛紗の希望を認めない。そういう感じだった。


「晩御飯、なに食べたい?」と聞かれて

「コロッケ」とか答えると


カレーライスだったり。


何故か、と尋ねると


母の気まぐれ、なのだったり。


そういう母に、自然と距離を置くようになった愛紗だったから

晩御飯のメニューを聞かれても、希望を言わず「なんでもいい」と
答えるようにしていた。


面倒は避けたかった。それだけだ。
そんな、些細な事で母親、と言う立場を確認したがる人と
距離を置きたかった。


無論、母もそういう育てられ方をしてきたから
そうするワケだ。


実権を握れば、我侭放題。
そういう人間が愛紗は嫌いだ。

だから、高校を出て直ぐに、家を出た。


大岡山でも、岩市のような人間を見たり
クレーマーも居たり。

そういう人たちに、関わらず、でも屈せず。

そうしている深町に共感を感じた。
それは、恋愛ではないのかもしれない。

バス・ドライバー、運転課の人たちも
曲がった事に屈しない人たちだった。

そのあたりが、愛着を覚える理由、だったのかもしれない。



だけど・・・・・。ドライバーとしては、ちょっと難しい環境。
ガイドも、そんなに気に入った仕事でもない。
元々、家を出る事が第一の目的だった、と言うのもある。


そんなふうに、愛紗は思った。

それが解ってきただけでも、良かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

三角形のディスコード

阪淳志
青春
思いがけない切っ掛けで高校の吹奏楽部でコントラバスを弾くことになった長身の少女、江崎千鶴(えざき・ちづる)。 その千鶴の中学時代からの親友で吹奏楽部でフルートを吹く少女、小阪未乃梨(こさか・みのり)。 そして千鶴に興味を持つ、学外のユースオーケストラでヴァイオリンを弾く艷やかな長い黒髪の大人びた少女、仙道凛々子(せんどう・りりこ)。 ディスコードとは時に音楽を鮮やかに描き、時に聴く者の耳を惹き付けるクライマックスを呼ぶ、欠くべからざる「不協和音」のこと。 これは、吹奏楽部を切っ掛けに音楽に触れていく少女たちの、鮮烈な「ディスコード」に彩られた女の子同士の恋と音楽を描く物語です。 ※この作品は「小説家になろう」様及び「ノベルアッププラス」様でも掲載しております。 https://ncode.syosetu.com/n7883io/ https://novelup.plus/story/513936664

間隙のヒポクライシス

ぼを
青春
「スキルが発現したら死ぬ」 自分に与えられたスキルと、それによって訪れる確実な死の狭間で揺れ動く高校生たちの切ない生き様を描く、青春SFファンタジー群像劇。「人の死とは、どう定義されるのか」を紐解いていきます。 ■こだわりポイント ・全編セリフで構成されていますが、なぜセリフしかないのか、は物語の中で伏線回収されます ・びっくりするような伏線を沢山はりめぐらしております ・普通のラノベや物語小説では到底描かれないような「人の死」の種類を描いています ・様々なスキルや事象を、SFの観点から詳細に説明しています。理解できなくても問題ありませんが、理解できるとより楽しいです

処理中です...