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こころ

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翌朝。夜が白み始めたので目覚めた。

硝子のような午前4時。

「みんな、まだ寝てるかな。」と、僕はそーっと、廊下の方を伺う。


誰もいない。


「みんな、きょうは仕事だもんなー。」まあ、僕もそうだけど。
夕方からでいいし。

のんびりしよう。


少しづつ、途中下車して帰るのもいいなぁ、なんて思いながら。

浴衣着たまま、玄関にあったサンダルを借りて。

池の方を眺めてみるか・・・。と。

「鍵が開いてる。」



・・・・はて。閉め忘れたのかな?

「まあ、静かな街外れだし。」


危ないこともないだろう。

なんたって、ひとり暮しの女の子が
大きな家に住んでて、何も怖く感じないと言うような・・・。
街、と言うか村、なんだろうか。


「いいところだな、ここ。」


と、サンダルで歩いてみた。

ちょっと小さめなのは、女ものだから。


「ほんと、間男みたいだな、これ」と。笑って歩いて。

青池の周遊道路に。人影が・・・。



僕に気づき、振り向く。

「あ・・・。」靖子さんだった。








湖面を眺め、靖子さんは「・・・夕べ、ごめんなさい・・・。」と。

しおらしい。


「いえいえ、あれは、お酒のせいですから、事故ですし。」と。

僕は笑顔で。


「kissしちゃったね。」と、靖子さんは意外な言葉。


「良かった?私」と。


僕は、思い出していると
胸がドキドキした。


白い胸元。
柔らかな曲線を描く、体躯。

いい香り。


「・・・はい。心地良かったです。」と。

そうとしか言えなかった。



「そう。ありがとう。私も、想い出にする。」と、靖子さんは
踵を返して・・・。


・・・え・・・・?。



「あれ、酒乱じゃなかったの?」

訳が判らなくなった。






それから・・・・。

8時。

朝ごはんをみんな、慌しく食べて。
出勤らしい。

まあ、スーパーだから
時間は様々。

遅番のひとは、お昼だったり。

きょうは学校がない日だから、そういう人もいる。


うららさんは、もうOLルック。

「あ、おはよう。良く眠れた?」と。

「はい。おかげさまで。」と、お返事。



「そう、良かった。また来てね。わたしは、これから仕事なので、ちょっと早めに
バイバイね。」と、ご飯。

意外に和食で、焼き海苔、納豆ご飯、野菜サラダ、コールスロー、マカロニと
スクランブルエッグ。

オレンジジュース。


僕も納豆だったので「うららさんはパンかと思った」と言うと


「んにゃ、茨城だっぺ」と、にこにこ。


僕も笑った。明るくていいな。


東京のデザインセンターに行くらしい。


玄関を出て、窓越しに「ばいばーい」と、大きく手を振って。

少し早足で歩いていった。



「凛々しいなぁ」と、僕は思う。


「・・・おはよう。ふあーあ・・。」と、のんびりなのは
ジャージのまんまの玲子さん。

昨日とおんなじ感じ。


のんびり、パンをトースターに入れて。

居眠り。


「あ・・!」

ちょっと焦げた(笑)。


ミルクとバター。ハムエッグ作って食べている。


「・・・おはようございます・・・。」靖子さんが

俯いて。頬が赤い。


なぜ?

恥かしそうに。


「え・・・・?」

僕も、訳が分からないけど、恥かしくなった。


その、カタチの良い唇は、僕のと触れた・・。

と、思い出すと、胸が熱くなった。


その様子を、玲子さんは見ていて・・・。


階段から降りてきた、陽子さんも見た (笑)。



僕は、ご飯食べたので
「ごちそうさまー。」と
平静を装って(笑)。



食器を洗いにキッチンへ入った。


ちょっと、靖子さんと顔を合わせにくい・・・・。




靖子さんは、和食を静かに食べている。


陽子さんも、何か、食べているようだったけど・・。

ちょっと、表情はフクザツ。




礼子さんは、遅番らしくて
まだ寝ていた。


マサエちゃんも、遅番らしい。


まだ、寝てる。




僕は、身支度をした。

いつまでもここにいても・・・・別れが惜しくなるだけだし。


午前9時。


陽子さんもお出かけの様子。



「あ、それじゃ、またね。」と、僕が言うと

陽子さんは浮かない表情。

「どうしたの・・・?」と言ったけど。

返事は無く・・・・。

とぼとぼと、歩いていった。


僕も、訳が判らない。





靖子さんが部屋に戻って。
僕は、ダイニングに居た礼子さんに「それじゃ、僕、帰ります。ありがとうございました。」

と言った。

礼子さんは「うん、また来てね。」と、言ったけど

ちょっと翳りの表情。


「何か、気がかりですか?」と、僕が言うと・・・。

「陽子ちゃん、傷ついてるみたい。靖子ちゃんが、酔っ払ってしたこと
『じゃない』って、気づいて。
キミも、少しは・・さ、靖子ちゃんに心動かしたでしょ?それが。」


「・・・・そうかなぁ。」
そんなつもりは無かったんだけど。


玲子さんが来て「そうよ、なんとか言ってあげないと。ほら、追っかけてけばまだ、その辺に
いるよ」と。


「じゃ、行きます!」と、僕は

また、サンダルを借りて、駆け出して。

途中で転んで(笑)

起き上がって駆け出したけど、見当たらない。


振り返ると、陽子さんは池の畔から、僕を見て微笑んでいた。


「・・ほんとはね、『あなたなんか大っ嫌い!』って、ひっぱたいてあげようかと
思ったの。でも、転んで痛そうだから、許してあげる。」と

陽子さんは僕の足を見て「あーあ、血が出てる」と

ハンカチでそれを拭って。

バッグから絆創膏を出して、貼ってくれて。

「また、ゆっくりしてね。ありがとう。」と。

名残惜しそうだったけど、遅刻には変えられず(笑)。

振り返りながら、陽子さんは歩いていった。



僕は、サンダルをつっかけて、玄関に戻る。

玲子さんと礼子さんは、僕の表情を見て

なんとなく安堵したらしい。「やれやれ・・・。」





僕は、玲子さんと礼子さんに

「行ってきました。」と僕が言うと

玲子さんは「苦労するねぇ、男はつらいよ、だね、ホント。」と。

「女難だな、ハハハ。」と、礼子さん。


「おとなしいからね、キミ。」とも。


「陽子ちゃんもそうだけど、親離れした方がいいね。」と。玲子さん。

「僕もそう思って、陽子さんに薦めたんですね。東京。」と、僕が言うと


玲子さんは「そう。あの子も『いい子』でいないとならないって無理するから。
それで壊れちゃうのね。だから、両親の目が無い所で暮した方がいいと思う。
陽子ちゃん自身が規制しちゃってるから。」


「・・そうですね。」

「キミもだよ。」と、礼子さんは笑う。


「ホント、そう思うんだけど。父が病気になったのも母の『愛』のせいだし。
兄が横浜から連れ戻されたのも母の『愛』のせいで。」


母が執着するので、父は他所に逃げ場を求めて。
兄もそうだった。折角横浜の高校に奨学金で入学したが・・・。
連れ戻された。
父は、それで生活習慣病になった。
母が、あまりに料理を作りすぎ、それを食べてしまうからだった。

それを愛だと思っているから。



「だから、尚更よ。キミも潰れちゃうよ。お兄ちゃんみたいにさ。
両親の犠牲になっちゃって。どこかで見切りつけないと。」と、玲子さん。


「それ、靖子さんにも言われた。」と、言うと


「あの子もそういう感じだもんね。なんか。」と、礼子さん。


「靖子ちゃんは?」と、礼子さん。


「・・・さあ、あの子はお昼からなんじゃない?それか学校か。」と、玲子さん。



階段を、靖子さんが下ってきて。


ちょっと恥かしそうに「行ってきます。・・・また、来てくださいね。」と。
僕にはにかみながら微笑むと、俯いて。

出かけていった。


「どこ行くんだろ?」と玲子さんが気にする。


「仕事じゃないかなー。わかんないけど。居ずらいだろうし。
私らが居ると、なんか言われそうだし。」って、礼子さん。

「はは、そうか!あの子も、規制するタイプだもんね。」と、玲子さん。


「マサエちゃんは、それで突っぱねたから元気よね。自然よね。
うららと一緒。
どっかでさ、親離れしないと、ね。」と。玲子さん。



「なるほど。」



靖子さんは、それで僕に・・・・自分に似てるものを見たんだな、と
思った。





「じゃ、僕は帰ります。」


「マサエちゃんに会っていかない?」と、玲子さんが言ったけど

「寝てるから」。


「・・・そうね。また来てね、ほんと。」と。玲子さん。


「はい。」
とは言ったものの・・・2学期が始まれば
バイトが日曜休みにでもならない限りは、来れそうも無かった。

日曜は割と忙しいのだった。


「でもまあ、楽しい休日だった。」と。

さらりと、別れを告げて
僕は、日常に戻っていく事にした。



「みんな、いい人だったな・・・。ちょっと、夢も見れたし。
転校、とか、ミュージシャンとか。」

まあ、現実には無理だろうと思う。



湖岸の道路をふらふら歩いてから、駅に向かって。

スーパーマーケットのお店の近くは通らずに、駅へと。

帰りはのんびりでいいので、ゆっくり各駅停車で
あちこち寄ってみた。

とはいえ、観光地でもないローカル線なので
そんなに見てあるくようなところもない。


でも、段々、日常に戻っていくのに
時間があったほうが良かった。





午後2時頃、大岡山に着いて
それから、ぶらぶら歩いて
家に戻り、バッグを置いてから
少し、河原でのんびり。

夕方4時に、堤防を歩いて
バイト先のお店に入った。

仕事は5時からだけど、のんびり。


夢のような休暇が、段々消えていって・・・。
いつもの、日常になった。


旅の終わりは、いつも淋しい。

ふと思うのは「母の元から逃れても、陽子さんの元で
束縛されるなら同じかな」なんて思ったりもした。


陽子さんでなくても、誰でも同じかもしれないし

ひとりで居ても、仕事をしたりすると
仕事場の「いい人」にお世話になると・・・。

そのひとの厚意に応えなくては、と・・・。

「結局同じなのかな」

なんて、思ったりもした。




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