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Lotus
しおりを挟む僕は、ゆっくりと"7"を、1500rpmで微速前進させ、
奴のそばに行く。
忘れかけていたが、バトルが目的じゃあない。
奴には聞きたいこと、があったんだ...
まだ辺りにはゴムの焦げる臭気が漂っている。
遠く、美しい成層火山が優美な曲線を見せ、眼下には火口湖。
自然美と、不自然な化学変化による奇妙なコントラストは、すこしオーバーなくらい
自分たちがたった今までしていたこと、の異常さを無言の内に物語っている..
「よぉ。」
僕はマシンを降り、すこし横柄にR32の方へ声を掛けた。
もちろん、機先を制する、という意味で。
「......ああ...。」
R32は、気が抜けたような表情で、それでも谷底に落ちず、マシンも無傷だったのでほっと安堵したように。
「俺の事、覚えてる?。」
僕は、普段は使わないような言葉で彼に話し掛けた。
「.....。」
無言で、奴は肯く。
「それじゃ、ちょっと教えてくれるかな...。」
と、僕はすこしいつもの口調に戻った事を失敗したかな、と思いながら、
あの512の男の身元を尋ねた。
「....。」
R32は首を振る。
まあ、すんなりと話してくれる、とは思わなかったけど...
「あのパーキングで、一緒だったろ、あの男と。」
「何故、知りたがる、そんな事。」
R32の男は、胡散臭そうに僕を上眼で見た。
僕はマシンを降り、R32の近くに立っているから、そうならざるを得ない。
でも、この男の眼光は、どこか違う意味を放っているようだった。
「そんな事はどうでもいいだろ、知ってるんなら教えろよ。」
と、僕はR32のドア側に立ち、手のひらでウインド・モールの辺りを軽く叩いた。
「....あいにくだが、本当に知らないんだ。奴とは時々ああした走ってた。
いつも、港北のパーキングか、あの辺りに居る奴だ、ってそれくらいしか俺は..。」
R32は、僕の眼を見た。
「.....。」
秒の沈黙。
...こいつを問い詰めても、時間の無駄だろう。
僕はそう思い、無言できびすを返し、"7"のコクピットに潜り込み、エンジンを掛けた。
暖まっていたので711Mは直ぐに目覚め、僕はクラッチを切りながらシフトを
リバースに入れ、瞬時に継ぎ、後退させながらステアしてノーズを坂下に向けた。
ひょい、と軽快に向きを変えた"7"を 1stに入れて前進。
ウェーバー・ツインチョークは猫撫で声を上げ、マシンはゆっくりと路面の継ぎ目を
シートに伝え始めた....
ま、いっか...。
探偵ごっこをするためにここに来たんじゃないし。
僕は、軽い気持ちで峠を下る。
トルクフルな回転域で、スロットルをon-off。.
そのたびに、エンジンは敏感に反応してノートの変化、微振動を伝える。
人間的なマシン、という矛盾した表現が似合う。
軽やかに峠を、僕は来た方角とは反対の方へと下り、緩やかなコーナーの続く
ダウンヒル・コースを今度はゆっくりと、遠い山々の景色を眺めながら下った。
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