Lotus7&I

深町珠

文字の大きさ
上 下
17 / 56

脱出

しおりを挟む



微かに漏れる光、話声...。

「.....。」
「.....。」


「やつら」の声だ。


彼は、会話の内容を聞き取ろう、としたが、無理だった。
コンクリート造りの建物に反響してしまっていて、発音源を辿ることも困難だ。
そっと、廊下をすり抜けて、階下に下る。


「...早いとこ、こんなとこから逃げだそう。奴等が気づかないうちに。」

1階に降りると、そこはだだっぴろい待ち合い所になっていた。

正面の玄関は気づかれやすいだろう。
...病院ならば、急患受付がある筈だ..。

回廊のような構造のこの建物の、裏側に回ると、
スロープのコンクリートが見える..。


..地下だ...!」
彼は、更に階下へと歩んだ。

不気味な静寂の病院の地下。
霊安室やら、機械室やら。
人の気配がないので、なおさら薄気味悪い。
ゴム底靴を滑らかに運び、彼は更に奥へとすすむ...と。

エレベータ・ホールの真ん前に、
開け放ちになった急患入り口のエントランス。

向かい側には....。2t積みのキャリア・カーに、S12!。

「おお、無事だったか...。」
静かに、しかし、はやる気持ちを抑えつつ。
彼はマシンの側に。

外見はなんでもない。放置してあったのだろう。


...このまま、かっぱらっちまおう....。


鍵のかかっていない、トラックのドアを開ける。
ラッチの外れる音がいきなりコンクリートの玄関に響き
彼はすこしどきりとした。

...しかし。
誰もやってこない。


「...なんだよ。逃げてくれって言わんばかりじゃないか。」

すばやく運転席に昇り、彼はプレ・ヒート・ノブを引いた。
イグニッション・キーはついたままだ。
大径の速度計に、グロー・インジケータがぼんやりと光る。

「...一発で、かかれよ....。」

...もし、始動に失敗すれば。
...とっつかっまって、元の木阿弥だ。


彼は、大きなクロム・メッキのキーを捻る。

リダクション・セルの音が響く!

「...南無参...。」



1秒、2秒...。スロットル・ペダルを軽く踏む。

轟音!
白煙とパティキュレイトを撒き散らし、ディーゼル・ユニットは起動した。

「それ、行け!」

クラッチをすばやく踏み込み、2速へ。
あっけなく、固い感触のクラッチは接続し、
猛然とコンクリート・スロープを駆け上がるキャリア・カー。

「..もう、いい加減、気づいた頃だろな。」

.....?

追っ手は、来ない。

「..どうなってんだ?」

3rd、4thと、めまぐるしくシフトし、増速。
森林の中に、抜け出すキャリア・カー。
「ここまでくりゃ、もう大丈夫だろう。それにしても...。」
...変な連中だな。




階上の小部屋。
さっきの連中が、窓から。

「行っちまいますね...。」
「いいんだ。奴はシロだ。さっき、アミタールで解ったろう。
あいつは何も知らない。
残るは、もうひとりの、『奴』だ.....。」


麻酔面接を行った、偽?警官。「特高」と名乗って。
その、鉄面皮のような表情を僅かに歪ませ、そう呟いた。






ディーゼル・ユニットは、激しい振動とノイズを撒き散らしながら驀進する。
S12は、持ち前の適応力ですぐさまこのキャリア・カーのハンドリングを
“ものにした”。

深い、森林に囲まれたワインディングを、右。左....。

大きなステアリングをすばやく切り、カウンターを呉れながらフル・スロットル。

「ここは...どのあたりだろうか....。」

ルーム・ミラーに映る、自分のマシンを気にかけながら、彼はあたりをつけた。

闇雲に走っていても、そこは長い経験を持つ走り屋だ。
回遊するようなことはない。
不思議なことだが、彼等のような連中は滅多な事では道に迷ったりはしない。
嗅覚が働くかのように、目指す方角を探り当てる。
「カン、だよな...。」
彼等はいつもこんな風に言う。

彼らには、渡り鳥のような方位コンパスが備わっているに違いない....。





しばらく走ると、標高が下がり、どこか見覚えのある街路に出会う。

「ここは......。」

旧道R246.神奈川ー静岡県境のあたりのようだ。

彼は丹沢山渓のあたりに拉致されていたようだ。


「よし!」

彼は、思い切りアクセルを踏んだ。


ここまでくれば、もう大丈夫だ。


...どうするかな、このキャリア・カー。

....どっかに捨てちまおう....。


彼は、携帯電話で仲間に連絡した。


「とりあえず....御殿場の熊でも呼ぶか....。」

彼の工業高校時代の級友。
今は電気工事屋をしている。商売柄、付き合いも多い。
多分、今なら家にいるだろう....。

ポケットから携帯を取り出し、手探りで短縮ダイアルをコマンド。



「....おお、クマ。俺だよ。ちょっと頼まれてくれよ...。」








街道筋から入り込んだ作りかけのバイパス道路。
よく、小僧どもがゼロヨンをする場所だが、今日はweek-day。


静まり返っている。



「なんだよ、そりゃ、話んなんないだろ。」


クマは、自分の乗ってきたピックアップ・トラックのバンパーに腰掛け。

クロム・鍍金のごついグリル。
盛り上がったフェンダー。

力強い造形は、いかにもアメリカだ。




微かに漏れる光、話声...。

「.....。」
「.....。」


「やつら」の声だ。


彼は、会話の内容を聞き取ろう、としたが、無理だった。
コンクリート造りの建物に反響してしまっていて、発音源を辿ることも困難だ。
そっと、廊下をすり抜けて、階下に下る。


「...早いとこ、こんなとこから逃げだそう。奴等が気づかないうちに。」

1階に降りると、そこはだだっぴろい待ち合い所になっていた。

正面の玄関は気づかれやすいだろう。
...病院ならば、急患受付がある筈だ..。

回廊のような構造のこの建物の、裏側に回ると、
スロープのコンクリートが見える..。


..地下だ...!」
彼は、更に階下へと歩んだ。

不気味な静寂の病院の地下。
霊安室やら、機械室やら。
人の気配がないので、なおさら薄気味悪い。
ゴム底靴を滑らかに運び、彼は更に奥へとすすむ...と。

エレベータ・ホールの真ん前に、
開け放ちになった急患入り口のエントランス。

向かい側には....。2t積みのキャリア・カーに、S12!。

「おお、無事だったか...。」
静かに、しかし、はやる気持ちを抑えつつ。
彼はマシンの側に。

外見はなんでもない。放置してあったのだろう。


...このまま、かっぱらっちまおう....。


鍵のかかっていない、トラックのドアを開ける。
ラッチの外れる音がいきなりコンクリートの玄関に響き
彼はすこしどきりとした。

...しかし。
誰もやってこない。


「...なんだよ。逃げてくれって言わんばかりじゃないか。」

すばやく運転席に昇り、彼はプレ・ヒート・ノブを引いた。
イグニッション・キーはついたままだ。
大径の速度計に、グロー・インジケータがぼんやりと光る。

「...一発で、かかれよ....。」

...もし、始動に失敗すれば。
...とっつかっまって、元の木阿弥だ。


彼は、大きなクロム・メッキのキーを捻る。

リダクション・セルの音が響く!

「...南無参...。」



1秒、2秒...。スロットル・ペダルを軽く踏む。

轟音!
白煙とパティキュレイトを撒き散らし、ディーゼル・ユニットは起動した。

「それ、行け!」

クラッチをすばやく踏み込み、2速へ。
あっけなく、固い感触のクラッチは接続し、
猛然とコンクリート・スロープを駆け上がるキャリア・カー。

「..もう、いい加減、気づいた頃だろな。」

.....?

追っ手は、来ない。

「..どうなってんだ?」

3rd、4thと、めまぐるしくシフトし、増速。
森林の中に、抜け出すキャリア・カー。
「ここまでくりゃ、もう大丈夫だろう。それにしても...。」
...変な連中だな。




階上の小部屋。
さっきの連中が、窓から。

「行っちまいますね...。」
「いいんだ。奴はシロだ。さっき、アミタールで解ったろう。
あいつは何も知らない。
残るは、もうひとりの、『奴』だ.....。」


麻酔面接を行った、偽?警官。「特高」と名乗って。
その、鉄面皮のような表情を僅かに歪ませ、そう呟いた。






ディーゼル・ユニットは、激しい振動とノイズを撒き散らしながら驀進する。
S12は、持ち前の適応力ですぐさまこのキャリア・カーのハンドリングを
“ものにした”。

深い、森林に囲まれたワインディングを、右。左....。

大きなステアリングをすばやく切り、カウンターを呉れながらフル・スロットル。

「ここは...どのあたりだろうか....。」

ルーム・ミラーに映る、自分のマシンを気にかけながら、彼はあたりをつけた。

闇雲に走っていても、そこは長い経験を持つ走り屋だ。
回遊するようなことはない。
不思議なことだが、彼等のような連中は滅多な事では道に迷ったりはしない。
嗅覚が働くかのように、目指す方角を探り当てる。
「カン、だよな...。」
彼等はいつもこんな風に言う。

彼らには、渡り鳥のような方位コンパスが備わっているに違いない....。





しばらく走ると、標高が下がり、どこか見覚えのある街路に出会う。

「ここは......。」

旧道R246.神奈川ー静岡県境のあたりのようだ。

彼は丹沢山渓のあたりに拉致されていたようだ。


「よし!」

彼は、思い切りアクセルを踏んだ。


ここまでくれば、もう大丈夫だ。


...どうするかな、このキャリア・カー。

....どっかに捨てちまおう....。


彼は、携帯電話で仲間に連絡した。


「とりあえず....御殿場の熊でも呼ぶか....。」

彼の工業高校時代の級友。
今は電気工事屋をしている。商売柄、付き合いも多い。
多分、今なら家にいるだろう....。

ポケットから携帯を取り出し、手探りで短縮ダイアルをコマンド。



「....おお、クマ。俺だよ。ちょっと頼まれてくれよ...。」








街道筋から入り込んだ作りかけのバイパス道路。
よく、小僧どもがゼロヨンをする場所だが、今日はweek-day。


静まり返っている。



「なんだよ、そりゃ、話んなんないだろ。」


クマは、自分の乗ってきたピックアップ・トラックのバンパーに腰掛け。

クロム・鍍金のごついグリル。
盛り上がったフェンダー。

力強い造形は、いかにもアメリカだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

ほのぼの高校11HR-24HR

深町珠
青春
1977年、田舎の高校であった出来事を基にしたお話です。オートバイと、音楽、オーディオ、友達、恋愛、楽しい、優しい時間でした。 主人公は貧乏人高校生。 バイト先や、学校でいろんな人と触れ合いながら、生きていきます。 けど、昭和なので のどかでした。 オートバイ、恋愛、バンド。いろいろです。

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

坊主女子:友情短編集

S.H.L
青春
短編集です

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...