バス・ドライバー日記

深町珠

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山岡はしかし『君は、大人しいからちょっと難しいかもしれない』


と、愛紗には聞き覚えのある言葉を告げた。


バスドライバを希望した時、運転課長の有馬が言った。


指令の野田も。


少し反感を感じたが、言葉にはださなかった。




「大人しいと、以前も言われました」と、答えると、山岡は





「うん。素直に育った娘さんだ、と見える。
それはそれでいい事だし、愛されて来た記憶が
君の中にあるから、疑って掛かるような
経験は少ないと思う。



しかし、バスの運転をすると、悪い人も居る。
自分で全てを判断しないとならない。


そういう時に、従順な人は、悪い人の
餌食になる事だってある。


普通、人は親から生まれて。
親に沿って居れば安心だ。そういう記憶が
基準だと、優しい心で行動する。



自分で判断するよりは、親の言う事に
沿って居た方が安全だ」





愛紗は、頷く。「でも、人生全てを
親が決める訳に行かない」と


つい言ってしまう。身の上相談をするつもりは
なかった。



親の決めたような人生。結婚相手も決められて

嫁ぎ先でも誰かに指示されて。




本当は、そういうのは嫌だ。




だから、田舎から出てきたのだった。



それで、バスガイドをしていて



ドライバになろうとしたが



その、生い立ちが災いして


危機管理能力に欠けると、判断されて


田舎に休暇で戻る所だった。



本心からすると、敗北感があった。



「でも、自由になりたいんです」と

愛紗は、なんとなく。



誰に言うのでもなく、それは心の言葉だった。



山岡は「そうだね。ただ、人は社会で生きているから。限られた自由だ。誰でも自由を望むけど、誰かと対立する事もあるね。そういう時、自分でしっかりと判断して進むのは、経験が必要だ。まあ、人生は失敗しない方がいいけど。」


微笑んでそう言う。


愛紗は「人生」と、一言。




山岡は「うん、まあ、人は動物だから。思考も殆ど変わらない。善悪って動物にはない。

社会があるから善悪がある。例えば、人を傷つけてはいけないけど、それだと何も食べられない。食べ物も生き物だ。矛盾するでしょう。」


愛紗はうなづく。


山岡は「それは極端だけど、人生だってそう。
親御さんの言う通りに生きても、失敗しないとは限らない。従わない事は軋轢を呼ぶけれど。
バスの運転は、そういう事の連続で。
法律に沿っても、問題が起こる事もあるし。

人生と同じだね。お金の為にするだけなら

割のいい仕事じゃない。


君は、人生が思い通りにならないことと
運転の仕事を似たように感じているんじゃないかな」



山岡の言葉に、愛紗はなんとなく


「そうかもしれません」と、答えた。



山岡は「そう、そういう時に従順にならない
姿勢が大切だ。人の言う言葉に左右されない。
バスを運転していてもそういう客が居る。


運転の仕方に注文をしたり。

でも、そういう人を無視していい。

法的にもそうだが。


人生も一緒だね。理論的に正しい道を進む。


淀みなく考え、最も安全な道を進め。」




「国鉄車掌心得」と、愛紗は笑顔で

山岡も笑顔で「そうそう。そういう風に
自主的にすればいい。誰のせいにもできないから。人生はいいが、仕事ではみんな嫌がる。

何故か。親御さんに従って居たから経験がない。


そこで、なんとなく流れに従う。


ホントは、もっと大人になって責任を負わないとならない。」 




愛紗は考える。



人生を自由にしたくて親元から出てきた。


だけど、運転の仕事をしたいと言うのは

人生とは無関係だった、そういえば。



向いていないなら、無理にする事もないかもしれない。
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