arcadia

深町珠

文字の大きさ
上 下
85 / 93

あの町へ

しおりを挟む
碧は、ワケのわからない感情に囚われて。
電話をいきなり切って、部屋を飛び出して
走り出した。


路地を走り、駅に向かい。

たまたま着いた電車に飛び乗った。


肩で息をしているので、乗客がみんな見ていて

碧は、はた、と気がついて。

恥かしくなって、隣の車両に移った。


行き先は、珠子の住んでいたアーケード。







双葉は、いきなり電話が切れたので

「電池でも切れたかな」くらいに思った。
もともと、のんびりしている。








「早く走らないかなー、この電車!」と、碧は心でつぶやきながら
靴のつま先で、電車のフロアを叩いた。


ほんの少しの時間だけれども。





電車が、古都に着くと
碧は、扉から飛び出して
ホームを駆けて。

改札を駆け抜け。


もう暗くなっている路地を通り、川沿いを走り。


よく、高校に行くとき待ち合わせをした十字路に着いた。


アーケードは、もう人通りもほとんど無く。


珠乃家も、もう閉まっていて。



「・・・・ここで、お母さんの幻を見たんだよね!」と、碧は
その場所に立った。


・・・・が。


何も見えない、幻など。


勿論、自身が消えることも。



ここはアーケードの外なので、星が見えた。




しばらく、そうして立っていて。

頭が冷えた(笑)


「・・・・あたし、なにやってるんだろ。」


今、すぐ、入れかわりが起こるとは限らないのに。



「それはそうよね。」



ただ、もし。


自分が身代わりになれるなら。そう思った。


「それで、珠子が幸せなら」そういう気持だった。





もしかすると、既に碧の心に
珠子のお母さんは乗り移っていたのかもしれない。


ずっと前。


それから、ずっと珠子を守ってきた。








「おや・・・碧さん・・・ですか?」
灯りのあるアーケードに、人影。

背の高い、細身のシルエット。
ニット帽子に眼鏡。


あの、二階のカフェのマスターである。




「こんばんは、しばらくですね」と、碧は笑顔になり

アーケードへ歩いていった。




「やっぱり、碧さんでしたか・・・・。しばらくですね、お元気でしたか。」

マスターは、温かみのある声でそう告げ

「良かったら、何か温かいものでも」と、カフェに誘った。



碧は「ありがとうございます。」


と、マスターの後に付いて、カフェへの階段を昇った。





二階のカフェは、あの頃と何も変わっていない。

レコード盤の棚、カウンター。

LPレコードのジャケット。


マホガニーの扉。



コーヒーの香り。


「もう、閉店だったんでしょう?お邪魔でないですか。」と、碧は気遣った。

マスターは「いえ、いいんです。レコードを聴いていたので。」



ターンテーブルに乗っていたLPは、ラムゼイ・ルイスだった。

シカゴ出身、音楽アカデミーを卒業した後、ジャズ・コンボを組み
知性のある、しかし温かみのあるサウンドで人気のピアニストだった。

初期のアース・ウインド&ファイアーに参加していた人でもある。

名曲「Sun Goddes」は、彼の曲である。



マスターは、ゆっくりと針をレコードに下ろす。


クリアーなエレクトリック・ギターのカッティングが響いた。





「どうぞ」と、マスターが差し出したのは
ホット・レモンだった。


「いただきます」と、碧は笑顔になる。


「夜なので、珈琲ではないほうがいいかと」と、マスター。


碧はにっこり。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

交換日記

奈落
SF
「交換日記」 手渡した時点で僕は「君」になり、君は「僕」になる…

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...