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深町珠

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ふたりの記憶

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単純モデルでもそうだが
primal.sad
に大きな値が入っていれば
計算そのものに大きなメモリ領域を要する。

従って、計算に時間が掛かったり
メモリ不足でエラーになる。

人間と同じである。

例えば、胎内の環境が好ましくなければ
primal.protect
に値が入り

システムを保護する。

不快な情報を遮断しようとしても、胎内では避けようがないから
感じないようにして、システムを保護する。

それも、人間と同じである。

つまり、珠子が可愛らしく育ったのは、環境が赤ちゃんに好ましかったと
言う事なのであろうと
ナーヴのAIは、そんな風に推論するが
根拠は、主に精神医学(米精神医学会発行のDSMであったり、WHOのICDであったり)。

他、発生生物学、生態学、精神分析学等の文献である。
自律AIシステムなので、先入観なく
情報を類推検索が可能。神流のよいパートナーである。


そんな珠子は、しかし、その良い環境故に

その環境に帰属したい、そこのために働きたいと思う。

それで、母代わりになったり、店を継いだり。
商店街の為に働いたり。

それは癖であって、別に、それで誰かが喜ぶかは別。

珠子自身がそうしたいのである。


なので、無理をすることもある。


これも「脳」の作る空想、イメージに
体がダメージを受ける例である。


おかしな事で、本来「脳」は
「体」を維持する為の器官であった。

その珠子のイメージは別に、原始人の頃から変わらないのだろう。

原始社会と異なる、仕事、社会がある為。

具体的には、珠子の場合なら
和菓子を作って売る=>貨幣を得る

この行為が際限なく続けられるから、である。

また、買い手も際限なく現れるから
断るのも悪い、と思う。
そんな理由で疲弊するのである。



自然環境なら、何かを作るとしても
材料を自ら手に入れ、加工して。

物々交換するにしても、相手のところに行く。

そんなプロセスがあるから、際限なく続く事は、ないーーーー。





この夜も、翌朝の食事を
珠子は作ってあげたい、と思う。


友達の為に何かをしてあげたいと言う思いやり。

でもまあ、神流からすると
そんなに気を使われるとかえって気詰まりだとか (笑)
研究所の食堂が気に入っているとか。
朝はせわしいので、のんびり食べるのには向かない気分だとか。

そういう気持もあったりするかもしれない。

それを告げるのも、かわいそうだと思ったりすると
自分の自由が阻害されるようなことになったりするから・・・。


友達と言っても、一緒に住むのは難しいし
恋人が結婚すると、つまらない人に見えたりするのもそんな理由 (笑)。


元々人間は、発情期のある動物から進化したとされる。

その頃の脳の構造のままだから、発情期でない時に
一緒に住むのは、どちらかと言うと快くない事も多い訳だ。


・・・などと、ナーヴのAIは
様々な文献から類推を行う。




「人間と言うのは面白い行動様式だ」と思いながら。


ナーヴのAIが先進的なのは、ひとの表情や、声の感じから

発した言葉の、言外の意思を類推すると言う辺りで

それは、例えば

/users/status/female/tamako.... 
にある、珠子の趣向、ものの感じ方、言葉の発し方
などと

/users/status/seqance/tamako.kanna

にある、関係性 (この場合は「友情」と言う事になるか)

と、

/tmp/sequance/tamako.kanna

にある、その時の珠子の感情から

意思を類推、数理置換モデルによる計算で得ると言う辺り。

同時に、 kanna.tamako からの関連性によって

珠子の発言の真意を演算する、と言う解法である。

ほぼ、人間に近い演算である。
ナーヴは人間ではないため、珠子と神流に対する
先入観、 意識のqualiaなどと呼ばれる現象がないぶん、正確である。



で、次の朝はとりあえず珠子がご飯を作る事になった (笑)。
何もしないのも、気が引けると言うか。
律儀な珠子である。


動物は、大体そうで
食べ物を与えるのは、育む行為なので
割と、動物でもそれを好むような行動が
継承されている。

人間も同じだ。






まあ、ナーヴの類推とは別に
神流は、そんなに気にしてもいないらしい。

元々、研究以外にはあまり気を使わない人である。

でも、気にしたのは「ナーヴを人間型に作り変えようかな」と言うあたりだった。

珠子のお話相手なら、人間型の方がいいかもしれないなどと・・・・思う。







広いお屋敷なので、静か。
周囲には田畑しかなく、遠景に山、近景には林がある程度で

珠子たちの乗ってきた電車の音が、時々聞こえるくらい。
広い道路は、遠く離れた山の傍を走っていて
市街地がないので、この屋敷の付近には自動車の騒音もしない。

神流は、TVも見ないらしく
居間にもTVは無い。ラジオは、古い真空管のラジオがあるけれども
それは神流の持ち物ではなく、元々あったものらしい。

「静かでいいね」と、珠子。

神流は「はい、私もそこが気に入って・・・。田舎育ちではないのですけれど。」


そういえば、珠子も家でTVは見た事がない。
朝は早くからお菓子作り、夜も、店が終わってから仕込み。
なので、寝るために部屋に戻るくらいだった。

それもまあ、環境である。
そこで生まれ育ったので、そういうものに馴染んでいたと
言うだけの事である。


神流の父は建築職人であるので、家で物を作る辺りは
珠子に似ている。

求道的な所も良く似ているし、判断を誤れば
人を殺める事がある仕事だと言うところも似ている。


生まれ育った環境が似ているから、なんとなく価値観が似ているのかな
と、神流は思った。

碧の父は職人ではないので、碧も、ものの考え方が
相対的である。

ふつうは、そういう感じで
みんなの気持に沿って生きていこうとする。

その相対性が、なんとなく不安なところもあって
ちょっと感情に走るあたりも、それらしい。
かわいい子である。


詩織の父は、店を経営しているが
自宅と店が別だから、あまり詩織自身に商家の娘と言う実感がない。

むしろ、父母が店にいつも出ているので、詩織は一人、寂寥感を感じ
たりしていたから
ひとりだったので、空想好きな子になった。

本を読んだりする、思索が好きな子。


そういう4人の中では、珠子と神流は似たタイプであったりする。







「では、お休みなさい」と、神流は自分の寝室に行く。

研究が好きなので、明日も朝から仕事、と言うか
研究に行くのだ。


「はい、おやすみなさい」と、珠子。

先ほどのお部屋に、ひとり戻ろうとして「ナーヴちゃん、一緒に寝よ?」

神流ともっとお話しながら休みたかったけれど、神流も仕事があるし
珠子自身、習慣で朝は5時くらいに起きてしまうから
夜は、早くに眠りたくなってしまう。

なぜか、ナーヴは猫型なので、一緒に寝ようと思ったりするのだけれど 
珠子は、猫を飼ったことはない。

食べものを扱う店だから。

それで、猫型のナーヴといっしょに、なんて思ったのだった。


ナーヴは眠る、と言うか
その日にあった /tmpの中のステータス等を
短期記憶とするならば

これを、長期記憶に置き換える作業をする時間が必要で
それを、夜間に行っている。


「はい。」と、ナーヴ。


「ナーヴちゃんは、いつもはどこで寝ているの?」と、珠子。


ナーヴは「自分の部屋です」


猫型でも、人格は人間なので
人間と同じような環境があった方がいいと言う
神流の考えだった。

そういう時間の積み重ねで、ナーヴの人格は作られていく。

珠子の部屋にふたりで行く。

ナーヴは、珠子の足もとで、とことこ。
歩みが可愛らしい。

「わたしは、誰かと一緒に寝るのは初めてです」と、ナーヴ。

「そうなんだ。神流ちゃんは一緒に寝たりしないの?」と、珠子。


「はい。神流はいつも、深夜まで何か書物を読んでいたり。コンピュータを
操作したりするから、一緒に居ない方がいいと言います。」と、ナーヴ。


珠子の部屋も日本間なので、襖と障子。
縁側が明り取りがついた障子で、間仕切りが襖。

「向こうにも部屋があるんだね。」と、珠子。

ナーヴは「お化けはでません」と。真面目に言うので

珠子は笑う。「面白いナーヴちゃん!」と。

そっと襖を開けると、そこは押入れだった。

珠子は笑った。

ナーヴも笑う。「そちらではなくて。」


と、口調がすこし緩んだ。

その辺りも、人間っぽいAIである。

/tmp/sequanceの値から
ある程度の閾値を得ると、相手に応じた
言葉を選択するように、自己分析して返答をするのであるが

多変量解析である。

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