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275・行き止まり

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「ふうん? 諦めたってわけじゃなさそうだね」

 迷い無く左に曲がった彼等を見て、エレナはそうしたり顔で呟いた。

「行き止まり」確かにあの鳥はそう言った。

 あの突然降って湧いた鳥獣人のやかましいわめき声を信じるならば、彼等は逃げ場の無い行き止まりへと自ら進んで行った事になる。

 ピリルには理解不能であった男の自滅的行動も、あらゆる追跡劇を経験済みであるエレナに取っては簡単明瞭かんたんめいりょうにて明明白白めいめいはくはく。あれはまだ体力が残ってる内に抵抗を試みる玉砕覚悟のワンチャン狙い、いわゆる「窮鼠猫を噛む」と言うヤツだ。

「大方、待ち伏せからの迎撃ってとこだろう?」

 行き止まりで出来る事などたかが知れている。隠れるか不意打ちか……、どちらにせよ付かず離れずを維持するしか無かったエレナにとってもこの展開は望むところ。

「さてオルガ、ちょいとスピードを落としとくれ。待ち伏せてるあの子らに大波プレゼントを喰らわせてやろうじゃないか」

 曲がり角の手前でオルガの背から滑るように降りたエレナは、残り少ない魔力を使って大波を巻き起こす。

「声が大きすぎたね、待ち伏せるなら相手にバレちゃダメだろう?」
 
 待ち伏せた者達が狙うのは、十中八九が奇襲。
 彼等はエレナ達が角を曲がったタイミングで何らかの魔法攻撃を叩き込むつもりなのだろう。
 しかし奇襲とはその名の通り奇を狙って初めて成功する物、バレてしまっては元も子もない。
 
「何の魔法を使うつもりか知らないけれど、大波《これ》にも通じるかやってごらんってね」

 その辺のちんけな魔法士とは一線を画すエレナの水魔法。舞い上がる風も燃え上がる炎も、立ち塞がる土壁や同系統である氷でさえ、その圧倒的に物量によって押し流せる大波。彼等がどんな魔法を使おうが、打破る自信がエレナにはあった。

 一つ懸念があるとすれば、何故か彼等に近付くと魔力制御が全く効かなくなる事。

 しかし、エレナの水魔法は例え解けたとしてもその質量までは失われ無い。押し流す力は消えたとしても、彼等の周りを水で満たす事ぐらいは出来るだろう。そうなればもう勝負はついた様な物、水中でオルガに敵う者など居ないのだから。

「行き止まりを選んだのが運の尽きさね。行けっ、大波サージングウェイブ!」





 ピリルの言う通り、角を曲がった先は高い建物に三方を囲まれた袋小路だった。 

「ゼヒィー ゼヒィー」

 奥の壁へと倒れ込むように辿り着いたバルボは、乱雑に積んであったガラクタを押し倒しながら地面へと崩れ落ちる。もう一歩も動けないと冷たい石畳に体を投げ出すバルボを他所よそに俺は聳え立つ壁を見上げる。

「こりゃあ、無理っぽいなぁ」

 奥の壁も横の壁も、今まで見た中で一番高い。
 これじゃあピリルみたいに羽でもなければ登るのは不可能だろう。
 だがこんな事は想定済み、俺だって何の考えも無しにこの路地を選んだ訳じゃない。
 
「聞こえるかバルボ、これからこの辺は水で埋まる。お前は力を抜いて、ただ浮くことを考えろ。後は俺がなんとかしてやる」
 
 呼吸を荒らげたまま微かに頷くバルボ。 
 ランナーズハイはとっくに終わり、今のバルボにはかつて無い程の倦怠感と疲労感が打ち寄せている筈だ。普段大した運動をしていないヤツが、いきなりハーフマラソンを走ったような物なのだから無理も無い。

 俺は邪魔なバルボを壁際まで引きずってほうると、直ぐに来るであろう衝撃、魚雷のようなオルガを迎え撃つ為に一人前へ出る。

「さぁて、力比べといきますかっ!」

 バルボ程では無いにしろ俺の足も限界に近い。そんな俺が狙うのは、相手の勢いを利用して投げる柔道のである。

 流石にマッチョを自負する俺だって、5トンはあるシャチをまともに受け止められるとは思ってはいない。だが、あの突進力を上手く利用出来たなら、シャチは自らの勢いで奥の壁に突っ込んで自滅する。

(まぁ、そう上手く行くとは思って無いけど……)

 いくら柔道が相手の力を利用すると言っても、それはあくまで対人間を想定した技。柔道の創始者である嘉納治五郎先生だって、まさかシャチを投げるのに使われるなんて夢にも思わないだろう。

 だけど、これは俺が考える策の第一段階。
 一撃目をいなす、もしくは躱す事が出来ればそれでいい。

 俺は気合いを入れるようにももをパンっと叩くと、力士のように四股を踏み、やや前傾に構えて腰を据える。

「さあ、来やがれっ!」

 ゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴ

 しかし俺の予想に反して現れたのは、巨大な水の壁、いや大波だった。3~4メートルはありそうな大波が、不気味な轟音を立てて一気に路地へと雪崩込む!

「おっ、おおお波ぃ!?」

 昔見た『シャイニング』って映画の中で、エレベーターの扉からホテルの通路へ大量の血が流れ込んで来る描写があったが、正に今そんな感じ!

 左右の壁を蛇行しながら迫る大量の水、水、水!

 てっきりシャチが来るものと思っていた俺は、何の対処も出来ずにまともに波を喰らう。
 形の無い水相手に巴投げが通用する筈も無く、俺は濁流に揉まれながら奥の壁へと叩き付けられた。

「がふっ!」

 衝撃で肺の空気が一気に抜ける。
 頭を守る為に咄嗟に後頭部に腕を回したが、代わりに背中をしこたま壁に打ち付けたのだ。
 追撃するように襲い掛かる水流を壁にすがっては耐え、痛みを堪えて浅い呼吸を繰り返す。
 そのまま耐える事数分、肺に空気が戻る頃には波の勢いも緩んでいた。

「あーくそっ、水だけ来る可能性を考えて無かったな……」

 腰丈の水を掻き分け辺りを見回すと路地の風景は一変していた。地面は水に浸り、建物に沿って溢れる水はさながらベネチアの水路の様だ。
 しかしその水位は俺の予想より遥かに少ない。

「あれ、こんなもんか?」
「こんなもんかとは随分じゃないか。今の言葉、後悔させてあげるよ!」

 エレナの声と共に再び現れた水の壁。これが本命と言わんばかりの大波が再度路地へと雪崩れ込む。
 先程と明確に違うのは渦巻く水中に大きな黒い影が透けて見える事だろう。その影は「ギュイッ!」とゴムが擦れたような鳴き声を上げると、船をも沈める勢いで突進を開始する。

「よぉし、次こそは!」

 魚雷のように迫るシャチを迎え撃つ為、俺は急いで路地の中央へと向かうのだった。
 
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