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274・ランナーズハイ
しおりを挟む「どうする、どうする、どうすればいい!?」
左右は壁に阻まれ、背後からは獰猛な鯱の大顎が迫る。何の打開策も浮かばぬままに走り回る俺達の筋肉はとっくに限界を越えていた。
こんな事なら朝イチで足トレなんかするんじゃ無かったと、強張る太ももを叩きながら後ろをチラリと振り返る。
(あれ、距離が縮まってない?)
おかしい、走るスピードは確実に落ちている筈なのに……。
向こうも疲れたか? いや、広い海洋を縦横無尽に泳ぎ回る鯱がこの程度でへばる筈が無い。
ーーとすれば、徹底的に疲れさせて戦意を失わせる作戦か……。
中々に手練れた考えだ、捕物ってのは追ってる時より確保する時の方が反撃を喰らう危険があるからな、ヘロヘロになるまで走らせるってのは悪い手じゃない。
但し、絶対に逃がさない自信があればの話だが……。
(あるんだろうなぁ、自信)
何せ鯱の泳ぐ速度は時速70km、哺乳類最速である。25mプールを凡そ1.3秒で泳ぎきるのだから、その気になれば俺達を捕まえる事など造作もないだろう。
相手の意図が読めた所で、現状そのまま走り続けなきゃならないのが辛いところ。何か突破口になりそうな物が無いか辺りを見回してると、聞いた事のある甲高い声が降ってきた。
「うーわー、どえらい事になってますやん!」
見上げればピリルが恐々と屋根から此方を伺っている。
「ピリルかっ! 丁度良い、ちょっと空からナビしてくれ!」
ピリルに逃走経路を任せるのはちょっと不安だが、このまま闇雲に逃げ回るよりは良いだろう。最悪大まかでも、現在地とどの方角に何があるかが分かるだけでも活路が開けるかもしれない!
「えっ、なんて? なび? なびってなんですの?」
どうやら先程の怪我はもう抜けたらしく、ピリルは大きな翼を元気に広げて耳に押し当てる。
「道だ、道順を教えてくれっ!」
「なんや、道案内かい。それならワイの得意分野や!」
ピョンっと屋根を蹴って飛び上がったピリルは、風魔法で一気に上昇。複雑な路地全体を見下ろせる高さまで来ると、鳶のように付近をぐるぐると旋回し出した。
暫く空を漂っていたピリルは周辺を把握し終わったのか、高度を下げて俺の頭上を追尾するようにバサバサ飛び始める。
「兄さん、真っ直ぐや! このまま真っ直ぐ道なりに行けば大通りに出まっせ!」
「どやッ!」とばかりに意気揚々と報告するピリルに、俺は渋顔で首を振る。
「大通り? まずいな、あんまり目立ちたく無いんだ」
お尋ね者である俺が大通りなんて場所に出るのはリスクがデカ過ぎる。
それにお姉さん、いやエレナさんが辺りの衛兵を呼び寄せる可能性もある。警官みたい奴等はさ、何かあればすぐにマドハンドみたいに応援を呼ぶって事を俺はよく知ってるんだ。
「いや兄さん、今更すぎまへんか?」
呆れたように声を上げるピリル。
確かに路地が水路になるのは珍しいのか、窓からポチポチとギャラリーが覗いてはいる。
だけど鳥と馬と鯱を引き連れて、夕方の街中に踊り出るよりはまだマシだと思わないか?
「はぁ、大通りが駄目。ーーなら、右に右にとぐるっと曲がって元の貧民街を目指しましょか?」
「駄目だ、そんなには体力がもたない!」
俺は少し後ろをゾンビみたいに走るバルボを親指で示して首を振る。
「あれもダメ、これもダメって我儘でんな。そない心配しなくともウチのバルボまだまだイケまっせ! 見てみい、この走り!」
「バッ バッ バルッ バルッ バッ バッ バルッ バルッ」
ピリルが言う通り、涎を垂らし息を切らしていた時とは違い、2回吸って2回吐くランナーの呼吸(4拍子呼吸法)を使って走るバルボ。無意識なのか目付きは虚ろだが安定した走りを見せている。
背後から来るオルガの噛みつきもしっかり躱せている事からまだまだ元気そうにも見えるが……。
恐らくあれはランナーズハイ!
ランナーズハイは、エンドカンナビノイドとドーパミンなどの化学物質が血中を循環する事で穏やかな気持ちや陶酔感、幸福感を感じる現象だ。
この状態に突入すると今までの疲れや苦しみから解放され、更には感覚が研ぎ澄まされていくと言う。
正に今のバルボがそれだ。
だが、効果はそう続かない。
アレは体を限界近くまで酷使する事で発現する、謂わば壊れかけた精神と身体を麻痺させる麻薬のような物だ。つまりもうバルボの体は既に限界を超えていると言う事、貧民街までは到底もたないだろう。
「あれは蝋燭が燃え尽きる最後の輝きみたいなもんだ、じきに消える」
「じきに消えるぅ!? バルボ死んでまうん?」
「だから早くなんとかしなきゃならないんだってぇの! 左は?」
「左? 左はあかん、行き止まりや!」
右が貧民街、真っ直ぐは大通りで、左は行き止まり。どれを選んでも八方塞がり、この状況を打開する為に選ぶとしたらーー、
そんなの決まってる!
「兄さんっ!? だからそっちは!!」
慌てて止めるピリルの金切り声を無視して、俺は迷わず左に曲がる。
曲がった先に見えたのはピリルの言う通り、三方を高い壁と建物に囲まれた袋小路だった。
「行き止まり上等! ピリル、あの屋根の上で待ってろ!」
俺は正面の一番高い建物を指差すと、ピリルに向かって不敵に笑う。
「た、大変や、兄さんがおかしなったわ!」
自ら死地へと追い込みながらも笑う男に「訳が分からない」とピリルは顔を引き攣らせる。
最悪、自分だけでも逃げようと決めたピリルは、操られるように朦朧と走るバルボに「堪忍やで」とそっと翼を合わせると、何度も振り向きながら指定された屋根の上へと羽ばたいて行った。
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