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272・正体

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「戯言は牢屋の看守とでもするんだね」

 軽蔑と威圧が入り混じった声に「ハヒィ」とバルボが情け無い声を出す。

 ーーはい、でましたワード「牢屋」。

 衛兵か領主の私兵、もしかしたら正義感の強い冒険者かもしれないが、兎に角お姉さんに捕まると牢屋に入れられてしまうらしい。
 今まで法に触れる様な事を避けて、極めて善良に過ごしてきたこの俺を無実の罪で捕まえる? 
 冗談じゃない、絶対に逃げ切らなければ!

(全く、面倒な事に巻き込みやがって!)

 息絶え絶えに隣りで走るバルボを威嚇する様に睨み付けると、バルボは再び「ハヒィ」と情け無い声を出して目を伏せた。そのあまりに情け無い怯えっぷりに毒気を抜かれ、俺はコキリと首を鳴らして視線を戻す。

(…………まぁ、考えてみればバルボが悪い訳では無いけどな)
 
 ピリルの計画を止めずに参加した事は後でしっかり指導しなければならないが、バルボはただ強盗に奪われた金を取り戻そうとしていただけ。不幸だったのは強盗が逃げ込んだ先にお姉さんが居た事と、バルボが話せなかった事……だな。

 バルボみたいな馬面男が、無言で金を取り戻す様はさぞかし乱暴に見えたんだろう。
 それでもバルボが話せさえすれば周囲の客達もその会話内容からおよその事情を察しただろうし、正義感の強いお姉さんが追っていたのはピリルから金を奪った奴らだったかも知れない。

(タラレバの話をしても仕方がない。何とかこの誤解が解けるといいんだが、…………そうだ!)

 流石だな、やはり運動していると良いアイディアが浮かんでくる。考え事にはスクワット派だったが、今度からはランニングも候補に入れてみよう。

 で、つまりだーーお姉さんの中では俺達は既に犯人、信用度はゼロに近い。そんな俺達が何を言っても言い逃れに聞こえてしまうだろう。
 ーーならば、俺達以外の第三者ならどうだ? それも社会的信用に足る人物の言葉なら耳を貸すんじゃないだろうか?
 
 そんな人が居るかって? 居るさ、リットンだ。

 リットンは緑燕亭りょくえんていの主人であるケインが街一番と太鼓判を押す肉屋の店主、街での社会的信用度だって高い筈。ぶっきらぼうで横柄な奴だが全くの無関係って訳でも無いんだし、頼めば説明ぐらいはしてくれるだろう。

 そうと決まれば明目張胆めいもくちょうたん、俺は思い切って立ち止まると背後をくるりと振り返る。

「待ってくれ! この金はリットン、肉屋のリットンから預かったんだ! リットンに事情を聞いてくれればーー」

 しかし、振り向いた俺の目に飛び込んで来たのは、予想以上に荒れ狂う波と、想像を遥かに超えた巨大なに乗ったお姉さんの姿だった。
 
「うわわっ!? やっぱ駄目だ、バルボ止まるなっ! 喰われるぞ!!」
「バッ バルルゥッ!?」

 俺にならい足を緩めかけたバルボに鞭を打つように叫び、再び全力で走り出す。もう筋肉疲労がどうとか言ってる場合じゃなかった。




 白、灰色、白、灰色。
 左右に聳え立つ路地の壁の無機質な色が交互に視界を掠めていく。
 
 貧民街から離れるにつれ、道幅は大人二人が両手振って走れる程に広がり、足下の石畳の段差や凹みも減ってきた。逃げるのにはすこぶる助かるが、それに伴い周りの壁もどんどん高くなっている事に不安が募る。
 これは路地の壁の殆どが何かしらの建造物の外壁である所為で、街中へ行くほどに二階建て以上の立派な建物が増えて来たと言う事である。その高さは4~6m、場所によっては10m近い所もある。
 ここまでの高さになると、シェリーのような爪を持った機敏な連中でもなければ壁を越すのは難しいだろう。つまり、爪の無い俺達にはもう壁を越える事は難しく、この路地裏の迷路をショートカットするような手は使えないと言う事だ。

 ーーであれば、やはり走るしかない。

 右に左に、時には三叉路を突っ切りながら、とにかく波に飲まれぬように駆け回る。勘と勢いで道を選んでいる割に行き止まりに出会でくわさないのは日頃の行いが良いからだろうか。

「ーーって言っても、振り切れ無きゃ意味がないんだよな!」

 直ぐ背後には背丈を越える大波が轟轟と唸り声を上げている。これ程しつこく追尾して来るのだから間違い無く魔法の産物であると思われるのだが、何故か俺に触れてもこの波は消えない。

 ッッザァザー

 足の速い小波が俺達を追い越し路地を濡らす。
 この小波自体は大して危険は無いのだが、くるぶしまで水に浸る道は地味に走りづらい。滑るのは勿論、ずっと水溜りの中を走るのは意外と体力を削られる。そして万が一転んでしまえば、あっという間に直ぐ後ろから迫る大波に飲み込まれてしまうと言う危険性もあった。

 ーーだが、そんな事よりも更に厄介な事がある。

「クソッ、何だってが陸にいるんだよ!!」

 荒々しく渦巻く大波の中に潜む大きな影。
 その巨体を器用にくねらせ、紆余曲折うよきょくせつある路地を機敏に航走する姿に俺は見覚えがあった。
 大波の上を滑るように付いて来るのはお姉さんの魔法の力だと思っていたが、まさか魔法じゃなく、あんなモノに跨っていたとは!

「おや、さっきの酒場じゃあ、私を知っている人は居なかったようだけど、まさか相方の方を知ってる奴がいるなんてねぇ」

 お姉さんは少し驚いたように目を見開くと、掴んだ背鰭せびれに合図を送る。すると大波は更に盛り上がり、中から巨大な黒と白の影が現れた。

「バルボっ!!」

 ーーガギリッ!

 飛び出した黒い閃光、咄嗟にバルボの胸元を掴んで引き寄せる。
 まるで鋼鉄を打ち合わせたような音を立て閉まるあぎとが「クカカカッ」と笑う様に喉を鳴らすと、再び暗い波の中へとその姿をくらませた。

 空を切る鋭いヒレと流線型のフォルム、そして何よりアイパッチと呼ばれる特徴的な目元の白い模様。間違い無い、あれは海のギャング、シャチだ! 

「相方だけ知られてるってのも何だか癪に触るね。まっ、別に秘密にしなきゃいけない事じゃないし、ここらで自己紹介でもしとこうか」

 お姉さんはそう言うと、まるで自分達の勝利が確定しているかのように胸を張る。

「私は『海獣使い』のエレナ。あぁ、こっちは相棒のオルガだよ」
「キュァー!」

 オルガと呼ばれたシャチが、見せ付けるように力強く尾鰭おびれで波を蹴った。

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