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264・大波
しおりを挟む店主は空になったコップを再び酒で満たすと、今度は床に座り込まず、女と向き合うようにカウンターへと肘をついた。
「最近じゃ王都に召還された団長さんが帰って来ないってんで、騎士様方も大変らしいですよ。お陰でこの辺りにまでガラの悪い奴らが彷徨く始末だ」
心無しか先程よりも距離が近い店主。その顎が示した先では、馬面の獣人が床に転がる三人を蹴飛ばし踏み付けている。
女は店主に同意する様に大きく頷いた。
「成る程ね、それは由々しき自体だ。正直どんなものかと思っていたけど、安心したよ」
「ーーでしょう? お客さんも巻き込まれ無いうちに…………ん? 今、安心したって言いました?」
予想と違う返答、店主は「今、自分が話した内容の中に安心出来る要素はあっただろうか?」ーーと、首を傾げた。
「何、あまり平和過ぎるとわざわざこの街に来た意味が無くなる。ーーそれより本当に衛兵を呼ばなくても良いのかい? いくら金が掛かるとは言え、このままだと店がもっと酷い事になりそうな雰囲気だけどねぇ」
「ーーえっ?」
ハッとして顔を上げる店主の視線の先では、バルボ対客の第二回戦が始まろうとしていた。
◇
「そいつを寄越せ、馬面ぁ!」
ズンの懐から銭袋を抜き取るバルボを見た客達は、諦めるどころか先程よりも過激にバルボへと向かって行く。依頼主の金が奪われてしまえば自分達への報酬も無くなるのだから当然。ーーだが、彼等の考えは少し違った。
「いいか、山分けだぞ!」
「分かってるって」
ズンの為に取り返してやろうなどと考えている者など誰も居ない。冒険者の中では、正面切って奪われたのならばそれはもう相手の物だと言う風潮がある。
勿論、強奪は刑罰の対象ではあるのだが、実力主義の世界で生きる冒険者が衛兵へ訴えるなど、自ら自分の実力不足を吹聴する様な物だ。
ーーそれにだ、そもそも自分達と同じ様に日銭を稼ぎ、朝まで酒場で屯していたズン達が、大金を持っている事自体がおかしい。不当に手に入れた金であれば彼等が衛兵に訴える事はまず無いだろう。
バルボは冒険者では無いが、貧民街の住民が訴えたところで衛兵は動か無いし、そもそも言葉が話せ無い。
ーーであれば、奪い取ればあの銭袋は自分達の物になる!
金貨一枚でも血相を変える者達である、大金が手に入るともなれば必死になるのは当然であった。
「もう構わねぇから魔法使えやっ、撃っちまえ!」
「よぉし、『風よ 集い束となり 敵を吹き飛ばせ』おら、そこどけっ、風圧!」
「お、俺も、『我が手より産み出ずる石粒よ 石を……じゃなくて、意思を持って敵を撃て』ほりゃあ、石礫!」
吹き飛ばされる重いテーブル、散乱する石礫。欲に捉われた客達の魔法がバルボに迫る。
だがバルボも負けてはいない。近くの壁の亀裂に手を差し入れ、持ち前の怪力でメキメキと壁板を剥がすと、扉程あるそれを向かって来る魔法目掛けて放り投げた。
「ブラァッ!」
ーーバキャッ バガーン!!
気合いと共に投げ付けた壁板はバルボの目の前で爆散する。相殺するまでには至らなかった魔法の衝撃に、もんどり打って店の奥まで転がったバルボ。額から滴る血を雑に拭うと、「ぶっ殺す」と言わんばかりに血走った目を向ける。
「ど、どんどん撃て! アイツを近寄らせるな!」
ーー魔法が、物が、怒声が、嘶きが! 飛び交う様々な物が竜巻の様に店内を掻き回す。
収まり付かない惨状。まさか備品だけで無く、店自体をも壊し始めた客達に向かって店主は叫ぶ。
「やめろっ、これ以上は店が壊れちまう!」
飛んで来る破片を器用に躱しながら酒を飲んでいた女は、店主が過呼吸気味に体を震わせ始めたのを見てやれやれと席を立つ。
「ーー仕方がない。今日は様子見のつもりだったんだけど、高価な酒を頂いた代わりに少しだけ片付けを手伝ってやろう」
「はっ? 片付け? 何言って……」
全てが終わった後なら分かるが、今正に騒ぎの真っ最中。一体何を片付けると言うのか?
「まぁ、黙ってお姉さんに任せときな」
戸惑う店主に向かって女は片目を瞑って見せると、ペロリと唇を舐めて詠唱を始める。
『根源たる原初の水よ 荒波となって全てを洗い流せ』
ゴゴゴゴゴッ
「…………待て、こりゃあ何の音だ?」
何処からともなく鳴り響く地響きに数人が動きを止める。女はクスリと笑うと最後の言葉を紡いだ。
「大波」
ドッバァーーンッ!!
轟音を響かせ店奥から現れる水の壁、天井まで届く荒波が一気に打ち寄せる。雪崩れ込む大量の質量に、逃げ場の無い客達はなす術もなく水中へと飲み込まれて行く。
「ガボッガボッ!?」
壊れた椅子や砕けたテーブルが勢い良く渦巻く水中で、飲み込まれた者達はその破片に身を削られ、打ちのめされながら、外壁をぶち破って店外へと流れて行った。
「ーーどうだい、これで綺麗サッパリだ」
女の言う通り、瓦礫も人も全てが流され、綺麗サッパリ何一つ無くなった店内。そんな中をヨロヨロとおぼつかない足取りで歩いていた店主は、潮臭い水溜りの中へと崩れるように座り込んだ。
「お、俺の店…………なんにも、無くなっちまった……」
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