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263・カウンターの客
しおりを挟む「あぁっ、もう……滅茶苦茶だ!」
日常……と言う程では無いが、客同士の揉め事なんてまぁ良くある事。頭の悪い連中は酒が入ると直ぐに喧嘩を始めるがその分終わるのも早い。一発、二発も殴り合えば、次の瞬間同じテーブルで酒を掲げてる様な連中なのだ。
ーーだが、今回は様子が違った。
一時の感情では無く、金貨を餌に皆を巻き込んだ大乱闘。テーブルや椅子、壊れた備品は数知れず。棚に人が突っ込み、大量の酒瓶や食器が割れる雷雨の様な音を聞く店主の顔は、それはもう気の毒なものだった。
「勘が当たったじゃないか」
「当たったじゃないかーー、じゃないよ、全く」
皆が騒ぎに興じる中、我関せずと一人酒を傾けていたカウンターの客は、項垂れる店主に向かって「おかわり」と空いたコップを振る。
諦めた様に大きな溜息を吐く店主は、先程隠していた高価な酒を取り出し自らのコップへ注ぐ。そうして残りを瓶ごと客へと差し出すと、「勝手にやってくれ」とばかりにカウンターの裏へ崩れる様に座り込んだ。
「おや、いいのかい?」
「けっ、他のはさっき全部割れちまった」
「それは気の毒にねぇ」
半ば拗ねた口調の店主にカタチばかりの言葉を投げ掛けた客は、手酌で注いだ酒を一口飲んで「うん、まぁ悪くはないね」と呟いた。
「ウチで一番の酒だぞ、悪い訳があるかよ」
そう言って自分でも確かめる様にちびりと酒を口に含んだ店主は「ほら、やっぱり旨いじゃねえか」とカウンターの客を見上げた。
目深に被ったフードも下から覗けば丸見えとなる、床に座る店主からは客の顔が良く見えた。
(へぇ、やっぱり女だったかのか……)
浅黒い肌に潮焼けした茶髪、ピアスと同じ青い瞳。その目元には年齢を示すそれなりの小皺が刻まれてはいるが、それすらも魅力に変えてしまう様な力強い美しさが女にはあった。
身なりからしてこの辺りの者では無さそうだが、随分と図太い神経の持ち主である事も間違い無い。先程みたいに、いつまたバカな奴が魔法を放つかも分からない状況下で酒を飲み続けているのだから。
ーーそれにしてもと店主は思う。
「なぁ、アンタは金貨に興味が無いのか?」
人を魅了する魔法も幾つか存在するが、手軽に人を魅了する手段として金に勝るものは無いーーと、店主は思っている。
人を生かすのも金、そして人を殺すのも金である。これは長年酒場を営んできた店主が得た一つの真理だった。その証拠に金貨に惹かれた客達は、一人残さず自分に関係の無い喧騒へと自ら巻き込まれて行った。
ーーだから、そんな金にはまるで興味も示さず、只々酒を呑み続けている目の前の女に、店主は興味を惹かれた。
「金貨? あぁ、興味が無い訳じゃないよ。ただ、たったの金貨一枚ぽっちじゃ動く気になれないってだけさ」
「へえっ、一枚ぽっちときたか。それじゃ何枚なら動くんだい?」
「そうさねぇ、最低でも金貨30枚」
「30枚!? ふははっ、そいつは凄えや!」
女の答えに思わず吹き出した店主だったが、店に響く野太い悲鳴と頑丈な床板がベキリと割れる音を聞いて再び顔を曇らせる。
「ーーあぁ畜生。暫くは店も休業だな」
割れた皿やコップの補充に椅子とテーブルの修理、加えて床板の張り替えとくれば、店を再開するのは早くても一週間は掛かるだろう。
先の事を考えると頭が痛いと、店主は渋顔でコップの酒を飲み干した。
「どうして衛兵を呼ばないんだい、この街にだって衛兵ぐらい居るだろう?」
「衛兵ね……、アンタこの街に来たのは最近かい? 他じゃどうか知らねぇが、この街の衛兵は呼べばそれなりに金が掛かる」
「おや、そいつはおかしいね、衛兵の給金は領主が払ってる筈だろう? 更に金がいるってのかい?」
「まぁ、色々とな……」
領主の雇われである衛兵には安定した給金が支払われているが、その地位を利用し悪どく稼ぐ衛兵も一定数存在する。貧民街に近い街外れの酒場などは格好の餌食で、タダ酒呑んでは小銭までせびって行くものだから評判はすこぶる悪い。
「おやおや、この街はあの『壊滅』率いる第三騎士団の本部がある街だろう? そんなに質の悪い衛兵が居るとは思わなかったよ」
「あぁ、寧ろその所為さ。騎士様達が表立った事件を解決しちまうもんだから、出番の無い衛兵達は人員と給金を大幅に減らされたってぇ話だ」
国境警備が任務である第三騎士団ではあるが、ビエルが団長へ着任してからはそれとなく街を見回る様になった。これは見習い達が街中で羽目を外し、騎士団の品性を落とさぬ為の事であったが、これが街の治安維持に大いに役立つ事となる。
「それで衛兵の質が落ちてんだから世話無ぇよなぁ」
店主はのそりと立ち上がると、空になったコップをカウンターに置いた。
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