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260・勘
しおりを挟むまだ人も疎らな夕刻の酒場。
背後を気にしながら入って来た男達が、身を隠す様に店の一番奥に陣取った。
ーー何かを察したのだろう。ソワソワと落ち着かない彼等を見た酒場の店主が高価な酒瓶から順に片付け始めた。
「おや、もう店仕舞いかい?」
そんな様子を不思議に思ったカウンターの客が店主に声を掛ける。
「あっ、いや、ちょいと嫌な予感がしましてね。割れ物を隠してるんですよ」
「嫌な予感?」
店主は店の奥の男達を目線で示してから、カウンターの客に向き合った。
「色んな人が来ますんでね、時には騒動に巻き込まれる事もあるんですよ」
ーー初めて見る客だ。
これは奥の男達では無く、カウンターに一人で座る客の事である。目深に被ったフード、その隙間からは波打つ茶髪が覗いている。両耳に青い雫を模したピアスをしている事から恐らく女性だろうが、酒焼けした高めのしゃがれ声の所為ではっきりと確信が持てない
「ふーん。じゃあアンタはあの子達がこれから何か騒動を起こすーーと、そう思ってるんだね?」
「い、いやまぁ、そんな確信めいたもんじゃ無いんですけどね。念の為ってヤツですよ」
これは店主の経験則である。過度に周りを気にする客は大抵何か揉め事を起こすものだ。過去に何度もそう言った事を経験している店主は、被害を最低限に抑える為に高価な酒瓶を片付ける事にしていた。
「職業柄、私も騒動が起きる前の雰囲気ってのが分かるんだけどね。ーーアンタ、中々良い勘してるよ」
「ーーそれは考え過ぎだよ」
てっきりそう否定されると思っていた店主は、思わぬ同意にギョッとして客を見る。
「や、やめて下さいよ、揉め事が無いに越した事無いんですから……」
焦った様に残りの酒瓶を片付け始めた店主を見て、カウンターの客は楽し気にコップを揺らした。
◇
「流石にもう追っちゃ来ねぇだろ、大丈夫だ」
リーダーと思しき男がそう言うと、それまで肩を強張らせていた他の二人も安心した様に姿勢を崩した。
日雇いの仕事を終えた帰り道、偶然道に落ちた銭袋を見つけたズン、ダズ、ブルーノの三人組。
近くに居た持ち主とおぼしきピリルを叩きのめし、その場から逃走。そして空から見つからない様に屋根のある酒場へと逃げ込んだ。
相手は夜目が効かない鳥獣人、夜までこの店で隠れていようと言う魂胆である。
「なぁ、いくら入ってるのか早く見ようぜ」
「飯代ぐらいはあるよね?」
「まぁ落ちつけって、今見るからよ」
ズンは懐から銭袋を取り出すと、口を開いて中を覗き込む。
「うぉっ、マジかよ!」
思わず出た大きな声にズンは慌てて手で口を押さえる。そんなズンの姿に残る二人も互いに競い合う様に身を乗り出して銭袋を覗き込んだ。そして二人も同じ様に驚き目を見開いた。
「これ全部……金貨か? てっきり銅貨だと思ってたぜ」
「おいおい、俺達にも運が向いてきたんじゃねーか!」
「ぼ、僕は大金過ぎて、ちょっと怖くなったよ。だ、大丈夫かな?」
男達は下級冒険者、ーーとは言っても駆け出しのルーキーと言う訳では無い。
実力が無く、大した成果も出せぬのに冒険者稼業に縋り付き、今や農家の手伝いや簡単な土木工事の日雇いで日銭を稼ぐ事しか出来なくなった、謂わば落ちこぼれ冒険者である。
普段、金貨を持つ機会も無ければ見る事も無い。そんな彼等が銭袋にギッチリと詰まった金貨を手に入れたのだ。その心境たるや察するに余りある。
「ビビるなよダズ、それとも何か? 大金だから返しますーーって、あの鳥野郎の所へ戻るつもりか?」
「べ、別にそんなつもり無いけど、衛兵に通報されやしないかと……」
ダズと呼ばれる大きく腹が突き出た男は、今にも衛兵が来るんじゃないかとビクビクしながら入り口を伺っている。太った体を縮こませるダズの様子に、ズンとブルーノは呆れた様に顔を見合わせた。
「お前、そんな事心配してんのか」
「いいかよダズ、貧民街の奴らがこんな大金持ってる訳が無え。だからよ、これはきっと盗んだ金だ。つまり俺達は盗まれた金を取り戻したって事だ」
「取り戻したって…………、僕達が?」
「そうだぜダズ、あの鳥野郎は貧民街で幅利かせてるピリルって奴だ。悪で有名だから名前ぐらい知ってるだろ?」
「えっ? うん……聞いた事あるかも」
「全く、お前は食い物にしか興味無いからな。とにかく、もし衛兵に捕まるとすりゃあ奴の方よ」
「そ、そう? じゃあ安心だ」
ダズはそれでもまだ入り口を気にしながら、チビチビと安酒に口を付ける。そんなダズの肩に腕を回したズンは、金貨いっぱいの銭袋を手に取るとコップの中の酒を一気に飲み干した。
「ーーなぁ、お前ら! いつまでそんな安酒飲んでるつもりだ? せっかく金があるんだ、もっと良い酒飲もうぜ!」
「おぉ、そりゃもっともだな!」
「僕、何か食べたい!」
「よーし、今日はこの店の酒を飲み尽くしてやろうぜ!」
銭袋を懐に仕舞ったズンは、上機嫌でカウンターへと向かう。そして何処か不安気な店主に有りったけの料理と酒を注文した。
「金は有る! 景気良く頼むぜ!」
「あぁ、やっぱりこうなるのか…………。あんたも早く逃げた方がいい」
景気が良いどころか、店主はカウンターの客にそう告げると、青褪めた顔のまま店の奥へと引っ込んでしまった。
「お、おいっ、何だよ、金ならあるってーー」
バーーンッ!!
扉を蹴り破った様な破裂音と共にカウンターに置いたズンの片手がグシャリと潰れる。静まり返った店内に、一拍置いて絶叫が響き渡った。
「いぎゃあぁああ!?」
指が折れ、あちこちから骨が飛び出した手をカウンターから引き剥がしたズンは、自分の手を有り得ない力でカウンターへと叩き付けた拳によって再び店の奥へと吹っ飛ばされた。
「バルブォッー!!」
悲鳴と怒号、騒然とする店内に馬獣人バルボの嘶きが轟いた。
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