259 / 285
259・奪われた銭袋
しおりを挟む手元から消えた銭袋、だが煙の様に消えた訳じゃない。消える瞬間の銭袋が真上へと引っ張られる感覚、そして地面に散らばる数枚の羽根…………、俺は睨む様に空を見上げた。
「ピリル! 何のつもりだっ!!」
「違いますぅ、ワイはピリルなんて奴、知りまへーん!」
風魔法で空高く舞い上がる小さな影、あれは間違い無くピリルだ。
「その形に言葉使い、ピリル以外の誰がいるってんだよ!」
全く、金を奪うなんて悪戯にしては度が過ぎている。しかもその金が俺のじゃ無いってのが尚タチが悪い、責任が全部俺に来ちゃうじゃないか!
空を見上げ怒鳴る男を見下ろしながら、ピリルは勝ち誇った様に小さくほくそ笑む。
「くふふっ、予想通りの大正解や!」
孤児院でリットンとのやり取りを見ていたピリル。
治安の悪い貧民街に沢山の金を持って来る様な馬鹿は居ない。ーーであれば、金の受け渡しは店だろうと予想し、先周りして金を奪う機会を伺っていたのだ。勿論、いざと言う時にそなえ、近くの路地にはバルボが潜んでいる。
「おい、ふざけてないで降りて来いって!」
「聞こえまへんなー」
風魔法により遥か高さまで上昇したピリルは、白い翼をバサリと広げて緩やかに滑空を始める。複雑な路地を物ともしない空中ショートカット、このまま空を移動して逃げ切るつもりなのだろう。
「あー、もうっ! 俺の初収入なんだけどなぁ!」
俺は一瞬の躊躇いの後、右手に持った銀貨をピリル目掛けてぶん投げた。無駄に投石スキルが高い俺から放たれた銀貨は、一筋の銀線を描きながらピリルの翼へと吸い込まれる。
「コケッー!?」
ボッと言う小さな音と共に銀貨が当たったピリルの片翼が跳ね上がる。そのままグルンっと身体を軸に旋回したピリルは、大きくバランスを崩してクルクルと空から落ちてきた。
「やべっ、やり過ぎたか?」
僅かな衝撃(?)であっても空を飛ぶピリルには致命的だったらしい。錐揉みしながら落下するピリルは路地向こうの建物の奥へと消えて行った。
「高度が少しでも下がれば良いな」ぐらいの感覚で投げた銀貨は思いの外効果的だった。流石に鳥獣人だし、そのまま地面に激突して死んでいる……なんて事は無いとは思うがーー、
少し心配になった俺はピリルが落下した場所へと向かう。
「うっ、足が重い!」
筋肉疲労により鉛を絡めた様に重くなった足を無理矢理動かす。しかし、落下地点までは複雑な路地を経由しなくてはならず、結局俺がピリルの元へと辿り着いたのはそこそこ時間が経った頃だった。
◇
「ピリル、大丈夫かー?」
「ぎゅむ~~」
路地の真ん中で分かりやすく潰れるピリル。頭に大きなコブが出来ているが、それ以外に大きな怪我は無さそうだ。
「悪い事すると罰が当たるんだぜ?」
俺はそう言ってピリルを起こしてやると、近くの壁に寄せ掛け座らせた。
もう何だか怒りよりも呆れが勝るが、今後の事を考えてしっかりと指導してやらねばなるまい。この細っちょろい足を鍛える鬼の脚トレ『限界スクワット』を10セットばかし付き合って貰おうか。
(兎も角、先ずは金の回収だな……)
半分ノビているピリルの羽毛の中を弄るーーが、いくら探しても銭袋は見当たらない。落ちた衝撃でどこかにいったのかと思い、そこら中を見回すも辺りにそれらしき物は見つからなかった。
「おいっピリル、お前、銭袋どこにやったんだよ!」
「無くしました」では済まされない金額だ、焦った俺はピリルの赤いトサカを掴んで激しく揺さぶる。すると、弱々しく目を開けたピリルが路地の先を指差した。
「ぜ、銭は……チンピラ共に奪われてしもうてん……」
「チンピラ? はっ? 何それ、どう言う事だよ?」
どの口が「奪われた」とか言っているのかはさて置き、ピリルの話を聞いてみると、落下した衝撃で手放した銭袋を偶然近くに居た地元のチンピラ達に拾われてしまったと言う。
「取り返そうとしたんや! ーーせやけど、相手は三人やってん。普段のワイなら人族の一人や二人、ポイポイのポーイなんやけどな? 何や兄さんにやられたこの翼が痛んでしもうて……。結局、背後から頭をぽかーんとやられてこの様ですわ」
ピリルはそう言うと、翼を摩りながらわざとらしく溜息を吐いて見せた。
その大きなコブは落下した時の物じゃなかったのか。ーーってか、そもそもがピリルの所為なのに、チンピラに銭袋を奪われたのをしれっと俺の所為にしている辺りが図々しい。鬼の脚トレに加え、修羅の胸トレも追加してやろう。
「ーーったく。それで、その銭袋を奪った奴らがあっちに逃げたって事か?」
ピリルが指差した路地先。結構時間が経っている為、当然チンピラの姿はもう見えないが……、追い掛けるしかないだろう。
俺は筋トレで重くなった足を揉み解し準備運動を始める。まだ力は入らないが時間が経ったおかげで駆け足ぐらいなら行けそうだ。
「まぁまぁ兄さん、焦らんでも大丈夫や。アイツらなら今頃バルボに捕まってボコボコにされてる筈やで」
俺が来る少し前、一足先にピリルの元へと駆け付けたバルボがチンピラ共を追って行ったらしい。
バルボは俺には劣るものの、貧民街の中では力自慢で有名みたいだからな。これは逆にチンピラの方が心配かもしれない。
だが、一つ問題がある。
「バルボ、足遅いけど大丈夫そ?」
バルボは馬獣人のクセに走る速度は人並み、スタミナも人並み。果たして随分前に逃げてしまったチンピラに追い付けるのだろうか?
「そりゃあ! …………あの、一応兄さんも見て来てくれまへん?」
チンピラから金を取り返したバルボがそのまま逃げる可能性もあるからな、ピリルに言われるまでも無く行くけども、行くけども!
俺はあざとくこちらを見上げるピリルのトサカを掴んで近くに引き寄せると、ゴキゴキと指を鳴らし耳元で囁いた。
「ピリル、お前、もしヘイズの金を取り返せなかったら…………、どうなるか分かってんだろうな!」
「ひぃぃ、怖い怖い兄さん! ち、ちょっとしたお茶目ですやん?」
ちょっとした脅しと共に「飛べる様になったら空から探せ」とピリルに言い残し、俺はチンピラを追って路地の先へと向かうのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる