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253・噂
しおりを挟む聞き覚えのある声、いや嘶きか? 振り返ると其処には見知った二人組が立っていた。
「誰かと思えばピリルとバルボか。ーーんんっ? 何かピリル、顔違くない!?」
久々の再会したピリルの顔は俺の記憶とは違っていた。赤いモヒカン、黄色の嘴に小さくて鋭い目、最初に見たピリルの顔は鳥と言うよりは人に近く、そしてどちらかと言えば醜い部類だった筈だ。
しかしどうだろうーー、今のピリルは真っ白で細かい羽毛に覆われ、ふっくらとした愛らしい顔に……というか、より鶏じみた顔になっている。
「せや! やっと羽毛が生え揃ってな、元のワイのキュートなお顔に戻ったんや!」
ピリルはそう言ってその場でクルリと回り、小さな黒目をパチパチとあざとく瞬いて見せた。
「キュートねぇ……」
俺は動き回る小柄なピリルの顔面を両手で挟み込み顔を覗き込む。その掌圧にピリルは潰れた蛙みたいな声を上げた。
「ぎゅむッ!?」
(ふむふむ、細かな羽毛が生え揃う事で顔の輪郭が丸みを帯びたのか)
しかし、多少モフっとした見た目にはなったところで、どうにもその目付きの鋭さは変わらない。そういや鳥類の祖先って恐竜なんだっけ。
「鳥の目って、近くで見ると怖いね?」
率直な感想を述べて手を離すと、ピリルはプルプル首を振るって潰れた羽毛を直した後に、心外だとでも言う様に大きく溜息を吐いた。
「はぁー、ワイのキュートさが分からんとは……。兄さん、もう感性が死んでますわ。なぁバルボもそう思うやろ、兄さんの感性死んどるよな?」
「バフッモフ!」
「爬虫類系女子好きなお前達とは根本から感性が違うんだよ。それより噂って?」
先程、ピリルが俺の足元をチョロ付きながら言ってた「今えらい噂になってる」って言葉、実は気になってたんだよね。
まぁ、内容は聞かなくっても大体分かってる。
(十中八九、俺の筋肉の事だ)
昨日は大勢の住民の前で俺の筋肉美を披露してしまったからな。
現在、俺の体脂肪率は体感で5~6%。粗末な食事の所為で少し痩せてしまったが、無駄な脂肪が取れた筋肉は腹筋の凹凸で洗濯出来そうなぐらいにキレている。こんなバッキバキの筋肉を見ちゃったら、噂になるのも当たり前ってね!
「せや、それな! 兄さんがシルバのアホをぶっ倒して、見せしめに広場を引き摺り回したっちゅー噂な!」
それは一酸化炭素中毒で気絶したシルバ達を荷車に乗せて帰って来ただけの話なんだけど……。
引き摺り回したとか噂に尾鰭が付いてるのは、多分娯楽の少ない住人達が面白おかしく伝えたからかな?
「あれ、それだけ? もっと他に無かった? ほら、筋肉が凄かったとかさ」
「ブルッ? バルバッフッ バゥヒィン!」
「あーそやそや、シルバの嫁を寝取ったってヤツな、しかも二人も! いやぁ~さすが兄さん、ワイ達に出来ひん事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! 憧れるゥ!」
「は、はぁっ、シルバの嫁を寝取った!?」
知らぬ間にとんでもない話になってやがるッ!? 誇張され過ぎて、尾鰭どころか背鰭や脚まで付いてるじゃないか!
「待て待て、俺はそんな事してないぞ! あれはだなーー、」
「いやいや兄さん、真実なんてどうでもええんですって。重要なんは、あのシルバが大恥かいたっちゅう事やねん。くっふふ、あのアホ、暫くは恥ずかしゅうて外出れんのやろなぁ!」
バサバサと羽をはためかせながら上機嫌にクルクルと回り出すピリルに、側を歩く獣人達が一斉に距離をとる。そう言えばピリル達に会ってから煩かった客引きが全く近寄らなくなったな。
「あのアホってーー。ピリル、シルバと知り合いだったんだ?」
「知り合いっちゅうか……まぁ、喧嘩相手や」
「バルッフ ブルル!」
バルボが同意する様にシュッシュと拳を鳴らす。
どうやらピリルの羽毛を毟ったのはシルバだったらしい。一体何があったのかは知らないが、貧民街のヒエラルキーが少し分かった気がする。
「いやぁ、兄さんのお陰で今日は朝から気分爽快ですわ! せや、どうです、ワイが奢りますよって、これからパーっと娼館にでも行きまへんか?」
「バルッフ バルッフ!」
「い、いや、娼館はもういいかな。それよりピリル、お前、確かこの辺に詳しかったよな?」
◇
「うーん、それやったら街の肉屋がええやろな」
斯々然々と諸事情を話し、一角兎を解体してくれそうな肉屋を訪ねた俺は、ピリルから返ってきた予想外の答えに驚いた。
「街の? ここの肉屋じゃ駄目なの?」
「今の話やと、兄さんはなるべく高く売りたいんやろ?」
基本的に貧民街の肉屋は街の肉屋から卸してもらった屑肉を販売している。1~2匹なら兎も角、大量の獲物を一から解体する施設や人手は無いらしい。
また肉自体も貧民街では低価格でしか売れず、街で売ろうにも一度貧民街を経由した肉には買い手が付きづらいとの事。
「ーー成る程な。じゃあ悪いけど、その街の肉屋まで案内頼むよ」
「いやいや兄さん、ワイらの顔が効くのは貧民街限定なんですって」
「…………うん? いや、ピリルの顔が効くとかじゃなくてさ、街の肉屋に案内してくれればそれで良いんだけど?」
顔馴染みの方が融通が効くのは分かるが、その辺は俺が得意とする大人の話し合いでどうにかするつもりだ。ーーそう言ってムキっと力こぶを作って見せる俺に、バルボとピリルは顔を見合わせると、やれやれと言う様に肩を竦めて首を振る。
「あんなー兄さん、知らん顔が急に大量の獲物を持ち込んだところで、まともに相手してくれる店なんてありまへんって。門前払い、もしくは底値以下で買い叩かれるのがオチですわ」
「バルッフォ ブルッバフゥ」
そう……か、確かに誰かも分からないヤツが持って来た肉なんて警戒されて当然か。俺だってメルカリで大量のプロテインを買う時は、評価の無い出品者からは買わないもんな。
「商売っちゅうのは信用が大事ですねん。それにボア1匹程度ならまだしも、荷車一杯の一角兎を買い取れるっちゅうたらーー。まぁ、まず普通の肉屋じゃあきまへんやろなぁ」
「あー、そう言うのもあるか」
店側も買い取ったところで売れなければ意味が無い。腐る前に大量の肉を売り捌ける様な大きな肉屋じゃなければ買い取りは無理って事だ。
「すんまへんな兄さん。ワイらは街の連中に嫌われてるよって、伝手がある奴もそうおらへんのや」
「バルッフゥ」
「いや、街中の肉屋の方が高く売れるって情報だけでも助かったよ。しかし参ったなー」
肉屋を探すミッション、思ってたより難易度が高いな。数に関しては何店舗かに分けて買い取って貰う方法もあるが、どちらにせよ信用度が低いのがネックだな。
「フンッ、フンッ、フンッ」
二人が不思議そうに見守る中、例の如く、俺は軽くスクワットをしながら考える。
ヘイズならギルドの依頼絡みで街中の店にも伝手がある可能性もあるーーが、生憎今は療養中。普段出歩かないティズさんはきっと駄目だろう。一瞬、ウービンさんの顔が浮かんだが、今はまだ会いに行けない。
(後、知ってるのは串肉屋のオヤジぐらいだけど、たった一度買い物した事ある程度じゃ話にならないよな)
仕方の無い事だが、騎士団にいる時にもう少し人脈を育んでおくべきだった。
「フンッ、フンッ、フンッ」
額にじんわりと汗が滲み、大腿四頭筋に程良い張りを感じ始めた頃、俺はふとある人物を思い出す。
「そうだっ! あの人なら街の肉屋を紹介してくれるかも!」
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