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251・イスラの不安
しおりを挟む「ーーでじゃ、お主は今の話をどう思う?」
散漫なるティズの報告を脳内で組み直していたイスラは、ハッとして無意識に指に巻いていた白い顎鬚を離し御簾へと顔を向ける。
「そ、そうですな、ティズを上回る魔力持ちは珍しくは無いですが…………」
珍しく無い、ーーとはいえティズの魅了を無効化するには教会の上層部ぐらいの魔力量が必要である。更にティズは男には自分より高度な教養を受けた可能性が有ると言った。
王族と同じく城で雇う家庭教師から学んだティズは、神聖魔法と治療魔法限定ではあるものの、魔法大学卒業レベルの学力を有している。そのティズより知識が有る高魔力保持者、そんな者が居れば噂ぐらいは耳にしそうなものだがーー、
「そんな優秀な者が居るとの話、少なくとも私は聞いておりませぬ」
「ーーふむ、状況的に他国の間者と見るのが妥当じゃの」
溜息混じりに呟くフレイレル、しかしそこに驚きの感情は無い。何故ならいつ戦火が移ってもおかしくないこの状況は前から予見していた事だったからだ。だからこそ直弟子であるティズを国境に一番近いイアマへ、更に言うならば他国の間者が紛れ込みやすい貧民街へと送り込んだ。
予想外だったのは事の流れが予見よりかなり早かった事だ。
「ではその男、即刻捕えるよう手配致しましょう」
女神を頂点とする教会も全ての権限を有している訳では無い。女神は神託にて王国の道筋を示し、教会はそれを民へと広く流布するのが役目とされ、直接政治に介入する様な事は出来ない。しかし、例え男が何の罪を犯してなくとも問答無用で牢屋へぶち込むぐらいの力は持っている。イスラが要請すれば、衛兵は今日中にでも男を捕縛するだろう。
「ーーいや待て。その男には我が直接会う事にする」
予想外の答えにイスラの片眉がピクリと上がる。
「今、フレイレル様が自らお会いになるとおっしゃいましたかな?」
イスラは耳を疑った。フレイレルは一部の聖職者と王族のみが謁見を許される高位の存在。一般の、ましてや他国の間者が会える様な存在では無い。
「うむ、少々気になる事があっての。ティズにはそれまでの間、男の監視と引き留め役をしてもらう。……何じゃ、不服か?」
「いえいえ、不服など。……ただ、得体の知れぬ男をフレイレル様へ会わせるのが不安なだけでございます。それにーー、」
前例の無い事ではあるが、それがフレイレルの下命であれば従うのがイスラの役目。しかし、実現するには膨大な手続きと各所への説明、警備の見直しなどが必要となる。
降って湧いた大仕事、イスラは喉まで出かかった溜息を飲み込むと、もう一つの懸念を進言する。
「魅了が効かぬ相手に、ティズでは些か力足らずではありませぬか?」
これと言った攻撃魔法を持たないティズに、あの魔獣を倒したかもしれぬ男を制する術は無い。此方の思惑が男に知れた時、逃すだけなら兎も角、ティズに危険が及ぶ可能性がある。
ティズの身を案じるイスラは「もっと人員を増やすべきでは?」と強く献言するが、フレイレルは事を見定めるまで大事にしたくないと言う。
「むぅ、大事にしたくないのならば、尚更さっさと捕縛してしまった方が良い気がするのは、きっと私が未熟な所為なのでしょうな」
「そう剝れるな。今王国内に他国の間者が居るのを知られるのは避けたいのじゃ、特に貴族連中にはの。ーーここまで言えば分かるじゃろ?」
「………………共闘派ですか」
ーー共闘か中立か、時期国王は誰なのか?
現在、王国の政治は非常に不安定な状況だ。表向き、フレイレルの神託により穏健派の第一王子ルクフェンが次期国王となる流れではあるが、それを認めない共闘派の貴族や大商人達が水面下で色々と策を練っている。
そんな中、他国の間者が捕まったとの噂が立てば、今の流れが一気に変わる可能性が有り得る。例えばテロが起き多数犠牲が出たとして、それを間者の所為にすれば、きっと民の多くは共闘へと心が動くだろう。その為に自らテロを実行するーー、そういった者が共闘派の中に居ないとは限らない。
中立を示唆したフレイレルはその展開は望んでいない。その為なるべく秘密裏に男との接触をフレイレルは考えていた。
それともう一つ、フレイレルが自身の目で確かめたい事もある。
(我の探知にも映らぬ高魔量保持者とはどう言う訳じゃ? どうもこの件、他の神が絡んでおる気がする)
神の一人が消滅した前回の大戦から、国同士の争いに直接手出しする事を禁止とした神々の協定。それを破ると言うならばフレイレルとて黙って見ている訳にいかない。
「共闘派が絡むなら、尚更何か手を打たなければなりますまい!」
大事にしたくない、その意図を理解したイスラに別の不安が持ち上がる。友好を気取る間者に過激な共闘派の動向、どちらも放っておく事は出来ないとイスラは言う。
「ーー何、そう心配する事は無い。最早貧民街に住む獣人達は全員ティズの味方じゃ、何かあればその身を挺してでもティズを守るじゃろう」
「しかしですな、万が一と言う事も。やはりイアマに誰かを……、いっそ暗部を送り、怪しげな者は全て排除しますかな!」
「…………お主、ティズの事になると少々過保護になるきらいがあるのを自覚した方が良いぞ?」
普段の神色自若はどこへやら、白髭を振り回し狼狽えるイスラの姿を見たフレイレルは、呆れた様に一つ溜息を吐いた。
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