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250・ティズ・ブライデッド②
しおりを挟む「魅了の魔眼持ちじゃと!?」
礼拝堂に響く大声に、その場に居合わせた修道士達が驚き目を見合わせる。そして、その不吉な単語の響きに恐れを抱いたのか、大急ぎで準備を終えると怱怱に礼拝堂から出て行ってしまった。
ーー残ったのは六人の男と一人の幼子。
「会議はまだ始まってないのじゃがの?」
「部外者に余計な話を聞かせおって」と、六人の中でも一番老齢な男が、額に刻まれた深い皺を寄せながら、声を張り上げた男を咎める様な目で睨む。
「議論する必要も無い、死罪に決まっておろう!」
悪びれもせずにそう言い放つ男へ向かって、一番若い壮年の男が異議を唱えた。
「しかし、相手は年端の行かぬ幼子です。それは余りに不憫ではありませぬか?」
「確かにいきなり死罪は乱暴じゃの。過去の例に倣って魔眼を刳り抜くだけでは駄目か? その後は修道士としてじゃなーー」
「馬鹿言うな、魅了の魔眼じゃぞ? 嘗て魅了魔法がどれ程の被害を出したかを知らぬ訳ではあるまい!」
「そもそも、今の教会に盲目の修道士なぞ雇う余裕は無いですぞ。それに目を刳り抜いたとしても魅了の素質は変わらぬ。何かの拍子に知識を得ればどうなる事か」
「やはり死罪が妥当か……」
「厄災の種になるのならば仕方無し」
目を術布で覆った幼子を囲み、声を荒げるは六人の司教。サーシゥ王国に広がる教会の全ての管理と指導をする者達である。
彼等が今回行う六会議の議題は、言うまでもなく魅了の魔眼を持つ幼子の処遇についてだ。
「そういえば、これを報告した司祭から言伝があったの。ーーこの幼子の両親は、財産の全てを教会へ寄付すると言い残して自害したそうじゃ。名は確か……、ブライデッドとか言った貴族じゃ」
「ふぅむ、ブライデッド家といえばそこそこ裕福な貴族、ざっと見積もってもかなりの額となりそうだ」
「全て寄付とは殊勝な事じゃが、見返りはこの子への処遇と言う事か?」
「それは駄目じゃ、儂は受け入れられん!」
「だが、突き返すにも最早その相手が居らぬのだぞ?」
「成る程、その為の自害……。褒められたものでは無いが、尋常ならぬ覚悟が見えるな」
「寄付を受け取る以上、我々はその嘆願を無碍には出来んと言う事じゃな」
多くの村が開拓されていたこの頃、司祭の派遣や新たな教会の建築などで教会の資金繰りは苦しく、ブライデッド家の多額な寄付はかなり魅力的な提案であった。
しかし、それだけの寄付を受け取るからには魅了の魔眼持ちと言う厄介ごとを引き受けなければならない。
白熱した討論は続き、六会議が終わったのは夜も更けた頃だった。
「賛成5、反対1か、賛成多数じゃ。よって、魔眼持ちの子の処遇は幽閉。更に、魅了の恐れがある為、一切の接触を禁ずる物とする」
「「異議なし!」」
一利一害ではあるが、司教達は多額の寄付の為にリスクを受け入れる事を選択した。ーーが、この決議に猛反発したのが、当時まだ司教だったイスラだ。
「私は反対です! この案では多額の寄付を申し出た両親の意図を汲んだとはいえませぬ。ーーご再考願います!」
「今更蒸し返してもこれ以上結果は変わらんじゃろう」
議長役である老齢の司教はイスラの言葉を片手で遮ると、教皇へ提出する決議書へのサインを促す。
「決議は済んだ、さぁ承認するのじゃ」
◇
幽閉、それは一見すると死罪に比べてかなり譲歩した処遇にも思えるが、そこには老獪なる司教達の思惑があった。
幽閉後、一切の接触を禁ずる。
最低限の食事などは提供するとしても、辺境の冷たい塔の中、誰の助けも受けられぬ二歳の幼子は、一体どれ程生きられるだろうか? ティズはその生死も分からぬまま永遠と幽閉されるのだ。
「これは余りに救いが無い。慈愛の女神に仕える我らの決断が、本当にこれで良いのですか!?」
「何を若造がっ! お主が言っておるのは所詮偽善じゃ!」
「一時の感情に流され大局を見誤るでないぞ」
「幼子と王国、どちらの未来が重要かは比べるまでも無い」
「これが最善なんじゃ」
「我等とて暇では無い。さっさと承認するのだ、司教イスラよ」
決議書を突き付けながらイスラを囲み捲し立てる司教達。厳かである筈の礼拝堂が喧噪に包まれたその時ーー、凛とした声が静かに響く。
「ーー随分と騒がしいの」
突如発せられた御簾からの言葉は、天啓の如く司教達の脳を貫いた。まるで背中に棒でも突っ込まれたかの様にその場で直立不動となった司教達は、老体とは思ぬ速さでその場に平伏する。
「こ、これはフレイレル様……、年寄りの会議に顔を出すとはお珍しい」
平伏したまま搾り出す震えた声に、フレイレルは皮肉めいた言葉を投げる。
「何、普段有識者面したお主らが、どんな顔でそう声を荒げておるのかを見に来ただけじゃ」
「それは、お戯を……」
御簾から透け見える影がゆったりと椅子に腰掛け足を組む。
御簾の内側にある神域は亜空間であり、通常フレイレルはその奥に存在とされる。必要によって此方側へとお呼び立てするまでは、滅多にその姿を顕現する事は無いのだが、今日は余りの騒がしさに顔を出したと言う。
「揉めていたのはその幼子の処遇か……。ふむ、魅了の魔眼持ち、主らが騒ぐ訳じゃな」
御簾に映る細身の影が、礼拝堂の隅で寝る幼子を覗く様に手を翳す。
「ご安心を、既にその子供は塔へ幽閉する事に只今決定いたしました」
「魅了の魔眼持ちではありますが、その子の両親は敬虔な者でして、通常死罪の所を恩赦を与える事にしましたのですじゃ」
「これならば、その子の両親も浮かばれましょうぞ」
「ふん、遺産は受け取り子は死罪。それでは余りに外聞が悪いと考えた故の幽閉じゃろう? 幽閉後に幼子が死んでも、接触を禁じておるなら世間に知られる事は無いからの」
言葉を繕いながら事の成り行きを説明していた司教達は、真意を見通す女神の言葉に一斉に声を噤む。一層深く下げた頭から脂汗が床へと垂れる静寂の中、老齢の司教が震え声で言った。
「…………全ては教会の為でございます」
ジリジリと背中を焼く様な緊張感は己の中の罪悪感からだろうか。心内を見透かされ、御簾より聞こえる衣擦れの音一つに身震いする司教達の怯えぶりに、フレイレルは「やれやれ」と哀憐の感情を言葉に乗せる。
「何、我は別にお主らを責めている訳では無い。もっと良い方法が有ると言っておるのだ」
「そ、それは一体?」
「その幼子、我が直々に見てやろう」
余りに意想外な提案に、思わず顔を上げた司教達は不遜にも声を上げた。
「ーーなんと!?」
「フレイレル様。それはもしや、この幼子を憑坐とすると言う事ですかな?」
悠久の時を生きるフレイレルの肉体は疾うに朽ちている。その為、数年毎にに魔力の多い子供を憑坐とし同化する。その儀式の時期が近々であるとされているのだ。
「いいや、その幼子の魔力は成長してもそう大きくならん。我の器にするには物足りぬ」
「では、何故……」
「ーーこの先、我に忠実な魅了魔法士は色々と役立ちそうじゃ。それに、我なら魅了される事も無く魔眼の制御を教える事も出来るしの」
どうやらフレイレルは儀式後に起こる自身の弱体化時期を見越してティズを育てる気らしい。
「ーーと言っても、流石に我も下の世話までする気は無い。そうじゃな……イスラ、当分の世話はお主に任せるとしよう」
「しょ、承知いたしました!」
正しく「天の声」により救われたティズは、この日よりフレイレルの直弟子となる。そして、それからの約十年の月日をフレイレルの側でイスラと共に過ごす事になったのだ。
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