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247・常識

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「成る程、肉屋ね~。そりゃ肉を捌くんだから皮だって剥ぐよな」

 全く盲点だった。こっちの世界では肉は冷凍ブロックで運ばれてくる訳じゃない、肉屋が一から捌いて売っているのだ。

 ーーと言う訳で、早速俺は肉屋を探して早朝の貧民街を彷徨うろついているのだが…………。

「どれが何の店かサッパリ分からない!」

 俺が知っている店は初日に入った娼館とヘイズとの待ち合わせに使った繁華街の酒屋ぐらいなものである。それでなくとも日によって売り物を変える独特なスタイルの貧民街の店だ、目当ての店を探すのは中々に難易度が高い。

「何でも売ってる闇市なら肉屋もあるかな?」

 しかし、いくら俺が貧民街に馴染んできたと言っても、情弱と見れば容赦無くぼったくる闇市の商人相手に上手く買い物が出来るだろうか? 
 結構な大口取引だ、失敗したら目も当てられ無い。

「急いでいたとは言え、誰かしら連れて来るべきだったかな……。取り敢えず闇市は様子見で、繁華街の方に行ってみるか」





「ふざけてる様には見えなかったですが……」

 扉越しに遠ざかる足音を聞きながら、自身の胸元に両手を重ねたティズは首を傾げる。

 獲物を解体して売るのが肉屋、勿論その過程で皮も剥ぐ。これは魚屋が魚を捌いたり、武器屋が買い取った武具をバラすのと同じ事。貧民も平民も貴族でも知り得る、の事である。

 そんな事も知らないなんて、王国に住む者として余りに常識を知らな過ぎやしないだろうか?

 例えば閉鎖された小さな開拓村出身で、何の教育もされずに育ったのならばそう言う事もあるかもしれない。
 しかし、男の言動や振る舞いには明らかな教養が見え、知識においてはティズよりもずっと深い。恐らく、回復魔法士として魔法大学で高度な教育を受けてきたティズよりもーー。


 ーーあれはいつだったか、夏の日照りで枯れかけた畑を見て、男がこんな事を言った。

「あぁ俺も魔法が使えたらなぁ。雷魔法で畑にバーっと雨を降らしてやるのに……」
「バーカ、そんなの水魔法でいいだろ」
「はっはっはっ、思慮が浅いなシェリー。雨ならチマチマと水撒きしなくて良いんだぞ?」

 男はそう言って水桶をシェリーへ渡す。
 確かに手元から流れ落ちる水魔法では一度水桶に溜める必要がある。
 
「ってかよー、そもそも雨降らすのに何で雷よ。雷撃で作物全滅すんだろう、馬鹿なのか?」
「うふふ、確かに雷と雨は一緒の事が多いですからね。でも雷魔法は雷雲を作るだけで、雨を降らす事は出来ないんですよ」

 「雷と雨を結び付けるなんて可愛らしいですね」とティズは笑った。その大きな身体に似合わない、随分と子供じみた発想をするものだと。

「あぁ、こっちの世界じゃまだ知らないのか……」

 しかし、男は至って真面目な顔付きでこう言った。
 
「雲の中で雷を放つと帯電するだろ? そうすると中で小さな水滴同士が結合するんだ。水滴を大きくする事で雨を降らせるんだ」

 ーーティズはその言葉に耳を疑った。

 尤もらしい説明が返って来た事もそうだが、それよりも驚いたのは、男がだ。これは魔法大学で教わる事で、一般の者が持つ知識では無い。

 男の言葉にティズが固まっていると、シェリーが持っていた水桶で男の頭をゴツンと叩く。

「痛っ!?」
「適当な事言ってんじゃねえよ!」

 突然の暴力に目を白黒させる男の胸をズンっと人差し指を突いて、シェリーは下から睨みを効かせる。

「アンタの戯言は今に始まった事じゃないけど、他の人にとってはそうじゃないんだからな。見ろ、シスターが困ってるだろ?」
「いやいや、アラブがドローンを使って実験したらちゃんと大雨が降ったのはマジな話でーー、」

「誰だよそのアラブとドロンってのは! いいから川から水汲んで来いよ。本当に枯れちまうだろ」
「えぇっ、俺一人で!?」

「変な事言ってシスターを困らせた罰だ」

 抱えきれぬ程の水桶を持たされた男は渋々川へ向かう。その後ろ姿を「フンッ」と鼻を鳴らして見送るシェリーは、未だ困惑気味のティズを見て肩をすくめた。

「シスター、アイツは灯火トーチも使えねえのに騎士団に居ただなんて言う奴だぜ。真面目に聞くだけ無駄ってもんさ」
「そ、そうなんですか?」

 ーー戯言、想像、作り話。

 例えそうだとしても「雲の中で雷を放つ」なんて発想が出て来るのは、どう考えても専門知識があってこそだ。全く知識が無い者の考え付く事では無い。

 ーーそんな事もあり、男が高度な教育を受けてきたどこかの貴族の子息なんだろうとティズは考えた。
 貴族だと思ったのは、男が最初に持って来た紹介状が一般には出回らない程上質な紙を使っていたからである。

 そんな男が極当たり前の常識を知らないと言う。

 ーーいぶかる気持ちが疑念に変わる。

 隣国での争いが飛び火しそうなこの時期、王国にもよこしまな考えを持つ者達が、水面下で密かに動き出していると言う話はティズも知っている。

(悪い人には見えませんが……)

 しかし、思えば他にも読み書きが出来なかったり、人族ヒューマンでありながら獣人の子供が使える様な初級魔法も発動出来無かったりと、男には不審な点が多いのも確かだ。

 そして何より一番の懸念は自分の魔法が男に効かない事だ。

 発動条件がやや特殊なティズの魔法は、状況によっては効果が充分に発揮できない場合がある。しかし今回は距離も条件も十二分だったのにもかかわらず、男には何の効果も得られ無かった。

「このままでは何かあった時に対処するすべがありません。一度フレイレル様にお伺いをたてた方が良さそうです」
 
 年相応の寝顔を見せるガウルの頭をそっと撫でながら、ティズは小さく溜息を吐いた。
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