246 / 276
246・プロ
しおりを挟むーードンドン、ドンドン
早朝と言う時間帯を全く考慮しない無遠慮なノックは、建付けが悪い扉をガタガタと大袈裟に揺らす。
ーー教会奥の応接間。
回復魔法に頼る人がおらず、体裁として維持されているだけの教会に入院施設があろう訳が無く、俺が初めて来た時に通された応接間が今は臨時の病室となっていた。
ヘイズとガウルは暫くの間、この部屋で治療に専念するのだとグルルカは言っていた。
因みに、俺は帰って来てからまだ二人に会っていない。
本当ならば直ぐに顔を見せるべきだったのだろうが、荷車から一角兎を下ろした後に川へ沈めたり、付いて来た野次馬を追い払ったりと、昨晩は何やかんやと忙しく、落ち着いたのはもう真夜中だったからだ。
ーードンドン
返事が無い扉をもう一度叩く。
「うーん、流石に早過ぎたか?」
怪我人を叩き起こす様な真似はしたくないが、此方も時間に余裕が無い。「任せろ!」と言った手前、このまま手ぶらで帰る訳にもいかないし……。
(こうなったら、『テヘッ、強めにノックしたら扉が外れちゃった⭐︎』作戦で突入するか)
元々ガタが来ている扉だ、何かの弾みで壊れても不思議じゃない。どうせ修理するのは俺なのだ。
拳を大きく振り被ったその時、何かを察したのか、中からガタンと椅子が倒れる様な音がした。そしてようやく扉が軋みながら半分ほど開く。
「朝早く悪いなヘイズ、ちょっと聞きたい事がーー、」
「あら、二人はまだ寝ていますよ?」
しかし扉から顔を覗かせたのは、この教会唯一の聖職者であり、孤児院の管理者でもあるティズだった。
看病の途中で寝落ちしたのか、その頬にはシーツの痕がバッチリ付いている。
「あれっ、ティズさん!? 起こしちゃって悪い! ちょっとヘイズと話しをしたいんだけどさ」
ティズは少し困った様に眉を八の字に下げるとフルフルと小さな頭を横に振る。
「二人の無事を聞いて気が抜けたのでしょう、ヘイズさんは昨晩から深い眠りについてます。獣人の皆さんは深く睡眠を取る事で回復を促しますので、恐らく3日は目醒めないかと」
「ーー3日!?」
ティズの視線につられて扉の奥のベッドを見れば、痛々しい程にグルグルと包帯を巻かれた二人が寝ているのが見えた。
ーー俺はガウルやヘイズの怪我の具合がどの程度だったのか良く分かってなかったのだが、聞けば命に関わる様な重傷で後数時間回復魔法が遅ければ危なかったらしい。現在は峠は越え、獣人特有の自己治癒能力を最大限まで高めている状態。つまり一種の冬眠状態になっているとの事。
(……そんな状態で俺達の為に無法者と交渉したのか)
クリア寸前の依頼を途中で他人に譲るなんてーー、と思っていたが、肩が半分削れ、腹に穴が空いた状態で碌な交渉など出来る訳が無い。
それでも俺達と孤児の為に最低限の条件をシルバに了承させるのだから、全くチャラい見た目のクセに仲間想いで責任感の強い奴である。
お陰で大量の獲物と運搬手段が手に入ったのだから、ヘイズには感謝しかない。
「そっか、じゃあ話は無理か。ーーそうだ、ティズさんは無法者が普段居る場所って知ってる?」
「ごめんなさい、お名前は知ってますが居場所までは……。あの方々に何かご用事が?」
俺はティズさんに獲ってきた獲物が多すぎて人手が足りない旨を伝えた。
「気温が低いからまだ腐ってはいないけど、このままじゃ殆どの肉が駄目になっちゃいそうで……」
「それは、困りましたねぇ……」
俺とシェリーの取り分はそのまま孤児院の物となるだけに、ティズさんとしても他人事では無い。
額に白魚の様な人差し指を当てながら、暫く目を閉じていたティズは、徐にポンっと両手を合わせて言った。
「…………いっそプロにお任せしてはどうでしょう?」
「えっ、プロ?」
何とこっちの世界には一角兎の皮を剥ぐプロがいるらしい! 流石異世界、変わった職業があるものだ。
「手数料などは掛かかりますが、折角のお肉を腐らせてしまうよりは良いかと……」
「成る程! でも、勝手に決めちゃって大丈夫かな? 一応ヘイズの獲物だし……」
そう、今回の獲物は俺が狩った(?)とは言え所有権はあくまでヘイズにある。費用が掛かる様な事を俺が勝手に決めてしまって良いものだろうか?
「多少コストが掛かっても毛皮を綺麗に剥がして貰った方が売値は上がります。きっとヘイズさんも文句は言わないでしょう」
そう言いながら俺を見上げるティズさんの距離感が相変わらずおかしい。ピッタリと寄り添うものだから柔らかな双璧の感触が俺の腕に! 娼館でされる様な事を清楚で潔癖な聖職者である彼女にされるのは背徳感がヤバい、何だか頭がクラクラしてきた。
ジッと見つめる彼女の視線を切る様に頭を振った俺は、気合いを入れピシャリと両手で頬を挟んだ。ーー途端、頭の奥で薄いガラスが割れる様な音が響く。
(またこの音……)
貧民街に来てから偶に鳴るこの音、鳴った後は妙に視界がスッキリするので変な病気とかでは無いとは思うのだが……、気圧の所為?
「…………やっぱり、効かない」
男の態度に驚いたのか、ティズはその黒い瞳を少し見開くと、怪訝な面持ちでぼそりと何かを呟いた。
「えっ、何て?」
「いえ、こっちの話です。それよりお肉をどうするかを決めないと!」
ティズは何かを誤魔化す様に、男の腕を掴んで玩具をせがむ園児みたいにグングンと引っ張った。
「あぁ、えっと……つまり、プロに頼んでも、結果的には損にはならないって事?」
「ーーそうです。それと加工や保存するにしても数が多過ぎます。必要分以外の肉と毛皮は売ってしまった方が良いでしょう。教会へ多額の寄付をする必要があるヘイズさんには、現物よりお金の方が良いでしょうし」
「寄付? ーーそうか、治療費もあるのか!」
忘れていたが聖職者の回復魔法はタダじゃない。多額の寄付とは一体いくらぐらいのものだろう? 寄付とかお布施って具体的な金額が提示されてないから分かりづらいよなぁ。
(ヘイズ、金足りるのかな?)
討伐依頼の基本報酬は無法者に譲渡してしまったから、今回の儲けは俺が持ってきた一角兎の分しか無い。ーーであれば、ティズさんの言う通り少しでも高く売る為にプロに頼むのが正解か。きっとヘイズもその方が良いだろう。
「よし、じゃあその案でいこう!」
「ーー良かった、解決ですね! それでは私はもう一眠り……いえ、二人の看病に戻ります」
そう言って部屋の中へと戻ろうとするティズの背に男が慌てて声を掛ける。
「待って待って、そのプロってのは何処に行けば会えるの?」
男に取っては極々当然の疑問。しかし問われたティズは眉を顰めて振り返ると、奇異な物でも見る様に男の顔を覗き込む。
「…………それ、本気で言ってるんですか?」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる