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246・プロ

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 ーードンドン、ドンドン

 早朝と言う時間帯を全く考慮しない無遠慮なノックは、建付けが悪い扉をガタガタと大袈裟に揺らす。

 ーー教会奥の応接間。

 回復魔法に頼る人がおらず、体裁として維持されているだけの教会に入院施設があろう訳が無く、俺が初めて来た時に通された応接間が今は臨時の病室となっていた。
 ヘイズとガウルは暫くの間、この部屋で治療に専念するのだとグルルカは言っていた。

 因みに、俺は帰って来てからまだ二人に会っていない。

 本当ならば直ぐに顔を見せるべきだったのだろうが、荷車から一角兎アルミラージを下ろした後に川へ沈めたり、付いて来た野次馬を追い払ったりと、昨晩は何やかんやと忙しく、落ち着いたのはもう真夜中だったからだ。

 ーードンドン

 返事が無い扉をもう一度叩く。

「うーん、流石に早過ぎたか?」

 怪我人を叩き起こす様な真似はしたくないが、此方も時間に余裕が無い。「任せろ!」と言った手前、このまま手ぶらで帰る訳にもいかないし……。

(こうなったら、『テヘッ、強めにノックしたら扉が外れちゃった⭐︎』作戦で突入するか)

 元々ガタが来ている扉だ、何かの弾みで壊れても不思議じゃない。どうせ修理するのは俺なのだ。

 拳を大きく振り被ったその時、何かを察したのか、中からガタンと椅子が倒れる様な音がした。そしてようやく扉が軋みながら半分ほど開く。

「朝早く悪いなヘイズ、ちょっと聞きたい事がーー、」
「あら、二人はまだ寝ていますよ?」

 しかし扉から顔を覗かせたのは、この教会唯一の聖職者であり、孤児院の管理者でもあるティズだった。
 看病の途中で寝落ちしたのか、その頬にはシーツの痕がバッチリ付いている。

「あれっ、ティズさん!? 起こしちゃって悪い! ちょっとヘイズと話しをしたいんだけどさ」
 
 ティズは少し困った様に眉を八の字に下げるとフルフルと小さな頭を横に振る。

「二人の無事を聞いて気が抜けたのでしょう、ヘイズさんは昨晩から深い眠りについてます。獣人の皆さんは深く睡眠を取る事で回復を促しますので、恐らく3日は目醒めないかと」
「ーー3日!?」

 ティズの視線につられて扉の奥のベッドを見れば、痛々しい程にグルグルと包帯を巻かれた二人が寝ているのが見えた。

 ーー俺はガウルやヘイズの怪我の具合がどの程度だったのか良く分かってなかったのだが、聞けば命に関わる様な重傷で後数時間回復魔法が遅ければ危なかったらしい。現在は峠は越え、獣人特有の自己治癒能力を最大限まで高めている状態。つまり一種の冬眠状態になっているとの事。

(……そんな状態で俺達の為に無法者バンディスと交渉したのか)

 クリア寸前の依頼を途中で他人に譲るなんてーー、と思っていたが、肩が半分削れ、腹に穴が空いた状態で碌な交渉など出来る訳が無い。
 それでも俺達と孤児の為に最低限の条件をシルバに了承させるのだから、全くチャラい見た目のクセに仲間想いで責任感の強い奴である。
 お陰で大量の獲物と運搬手段人手が手に入ったのだから、ヘイズには感謝しかない。

「そっか、じゃあ話は無理か。ーーそうだ、ティズさんは無法者バンディスが普段居る場所って知ってる?」
「ごめんなさい、お名前は知ってますが居場所までは……。あの方々に何かご用事が?」

 俺はティズさんに獲ってきた獲物が多すぎて人手が足りない旨を伝えた。

「気温が低いからまだ腐ってはいないけど、このままじゃ殆どの肉が駄目になっちゃいそうで……」
「それは、困りましたねぇ……」

 俺とシェリーの取り分はそのまま孤児院の物となるだけに、ティズさんとしても他人事では無い。

 ひたい白魚しらうおの様な人差し指を当てながら、暫く目を閉じていたティズは、おもむろにポンっと両手を合わせて言った。

「…………いっそプロにお任せしてはどうでしょう?」
「えっ、プロ?」

 何とこっちの世界には一角兎アルミラージの皮を剥ぐプロがいるらしい! 流石異世界、変わった職業があるものだ。

「手数料などは掛かかりますが、折角のお肉を腐らせてしまうよりは良いかと……」
「成る程! でも、勝手に決めちゃって大丈夫かな? 一応ヘイズの獲物だし……」

 そう、今回の獲物は俺が狩った(?)とは言え所有権はあくまでヘイズにある。費用が掛かる様な事を俺が勝手に決めてしまって良いものだろうか?

「多少コストが掛かっても毛皮を綺麗に剥がして貰った方が売値は上がります。きっとヘイズさんも文句は言わないでしょう」

 そう言いながら俺を見上げるティズさんの距離感が相変わらずおかしい。ピッタリと寄り添うものだから柔らかな双璧の感触が俺の腕に! 娼館でされる様な事を清楚で潔癖な聖職者である彼女にされるのは背徳感がヤバい、何だか頭がクラクラしてきた。

 ジッと見つめる彼女の視線を切る様に頭を振った俺は、気合いを入れピシャリと両手で頬を挟んだ。ーー途端、頭の奥で薄いガラスが割れる様な音が響く。

(またこの音……)

 貧民街に来てから偶に鳴るこの音、鳴った後は妙に視界がスッキリするので変な病気とかでは無いとは思うのだが……、気圧の所為?

「…………やっぱり、効かない」

 男の態度に驚いたのか、ティズはその黒い瞳を少し見開くと、怪訝な面持ちでぼそりと何かを呟いた。

「えっ、何て?」
「いえ、こっちの話です。それよりお肉をどうするかを決めないと!」

 ティズは何かを誤魔化す様に、男の腕を掴んで玩具をせがむ園児みたいにグングンと引っ張った。

「あぁ、えっと……つまり、プロに頼んでも、結果的には損にはならないって事?」
「ーーそうです。それと加工や保存するにしても数が多過ぎます。必要分以外の肉と毛皮は売ってしまった方が良いでしょう。教会へ多額の寄付をする必要があるヘイズさんには、現物よりお金の方が良いでしょうし」

「寄付? ーーそうか、治療費もあるのか!」

 忘れていたが聖職者の回復魔法はタダじゃない。多額の寄付とは一体いくらぐらいのものだろう? 寄付とかお布施って具体的な金額が提示されてないから分かりづらいよなぁ。

(ヘイズ、金足りるのかな?)

 討伐依頼の基本報酬は無法者バンディスに譲渡してしまったから、今回の儲けは俺が持ってきた一角兎アルミラージの分しか無い。ーーであれば、ティズさんの言う通り少しでも高く売る為にプロに頼むのが正解か。きっとヘイズもその方が良いだろう。

「よし、じゃあその案でいこう!」
「ーー良かった、解決ですね! それでは私はもう一眠り……いえ、二人の看病に戻ります」

 そう言って部屋の中へと戻ろうとするティズの背に男が慌てて声を掛ける。

「待って待って、そのプロってのは何処に行けば会えるの?」

 男に取っては極々当然の疑問。しかし問われたティズは眉を顰めて振り返ると、奇異な物でも見る様に男の顔を覗き込む。

「…………それ、本気で言ってるんですか?」

 
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