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244・帰路
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ゆっくりと回る車輪の規則正しい振動が、荷車を押す腕を震わせる。だが必死に荷車を押しているかと言えばそうでも無く、只々縁へと手を掛けているだけで大した力は込めてはいない。
山道とは違う地面をしっかり踏み固めた大きな道は、それ程大層な力を込めずとも車輪はしっかり回るのだ。
勿論それはたった一人、前方で荷車を懸命に引いている男の努力の賜物でもあるのだが……。
一角兎の巣から離れてから凡そ三時間。小さな休憩を挟みながら、シェリー達は大きな街道を使って街に向かっていた。
山道から少し外れた場所にこんなに広い街道があったのかと、滅多に街の外まで出る事が無いシェリーは物珍しそうに辺りを見回す。
荷車同士がすれ違えそうな程に広い道幅、固い地面は平坦で凸凹した貧民街の道とは大違いである。更に道沿いに聳える木々の枝は適度に間引かれ、陽の光を遮ら無い様な工夫までされていた。
「こんな立派な道があるってのに、どうして兄貴はあんな山道を選んだんだろ?」
シェリーの尤もな呟きに、バーバルとラムザは顔を見合わせた。
「虎娘ちゃん達は貧民街から直ぐに山へ入ったんでしょう? 多分、巣穴まで最短距離の道を選んだんだと思う。わたし達は荷車があるからこの道を通るしかなかったけどねー」
「でも、こっちの道の方が安全なんだろ? 慎重な兄貴なら絶対こっちの道を使いそうなのに……」
腑に落ちないとシェリーは頭を傾げる。シェリーから見たヘイズは聡明かつ慎重な男である。今回の様な素人も参加する依頼の場合、ヘイズなら多少遠回りしてでも安全を取るように思えた。
「街道を使う冒険者なんて滅多に居ないさ。何せこの道を通るには税を払わなきゃならないからねぇ」
周辺の街や村から商人が行き来する街道を使用するには基本的に税が掛かる。所謂通行税と言うやつだ。その代わりに道はしっかり整備されるし、盗賊が出たと聞けば衛兵が派遣され、魔物や害獣を定期的に排除する様な事も行われる。比較的安全安心リスクの少ない道でなのである。
ただ金が掛かる為、使うのはもっぱら商人や貴族だけ、金が無い旅人や冒険者などは立派な街道では無く険しい山道を通るのが通常である。
「道歩くだけで金掛かるのかよ!」
「そうさ、意地汚いだろう? 人族なんて金儲けにしか興味が無い奴らだからねぇ。まぁ、アタシらはそんな物、払う気なんてさらさら無いけどねーーさぁ、そろそろだね」
バーバルはそう言ってシェリーに片目を瞑って見せると、前方で荷車を引く男の方へと駆けて行った。
「払う気が無いったって、どうすんのさ?」
「門が見える前にまた山道へ戻るのよ。狭いけど何とかこの荷車も通れるわ」
どうやら無法者は無断で街道を使用しているらしい。成る程、賢いやり方だーーと、感心している先でバーバルが男と言い争う様な声が聞こえて来た。
「なんか揉めてるー?」
「あ~、アイツ、衛兵に捕まるのをヤケに嫌がるからなぁ」
男はちょっとした盗みでさえ断固として拒否をする。宿屋のゴミ箱を漁る時、そこの店主に断りを入れに行った時は本物の馬鹿だと思ったものだ。
(そろそろ貧民街のやり方に馴染みやがれっての……)
今回、自分よりも先に食事に手を付けても怒りが湧かない程に男への評価を改めたシェリーは、その頑なに潔癖な男の態度を歯痒く思い始めていた。
ーーギリギリ ギリギリ
車輪を大きく軋ませながら荷車はが右へと向きを変える。バーバルは街道からの抜け道を隠していた薮を取り除くと荷車を山道へと誘導するが、車輪はピクリとも動かない。
「さっさとしないと見回りの衛兵に見つかっちまうよ! そうなりゃアンタもアタシも罰金だけじゃ済まないさね」
そう怒鳴られ、男は渋々と言う様にようやく荷車を引く手に力を込めた。
◇
街道とは違う登り降りが激しい山道。流石に男の力だけと言う訳にはいかず、シェリー達は必死で荷車を押す羽目となった。
疲労した身体が悲鳴を上げ始めた頃、ようやく見えて来た見慣れた風景にシェリーはホッと胸を撫で下ろす。
(何だか、夢でも見てた気分だ……)
一つ一つが普段とは比べ物にならぬ程の大変な事件だった。
居る筈の無いガウルが攫われ、それを取り戻しに行ったヘイズが重傷、しかも相手は魔獣人で生き別れた自分の弟である。
次々と押し寄せる大波の様な出来事に記憶も感情も纏めて流されてしまったのか、今や全てが朧気ではあるが、それが只の白昼夢では無い事を示すかの様にシェリーの腕にはしっかりと深い傷跡が残っていた。
(そうだな、夢なんかじゃなかったよな)
薄皮一枚貼った傷跡をそっと指でなぞると、少し盛り上がった皮膚の感触と痛い様なくすぐったい様な、何だか奇妙な感覚が腕に走った。
ーービュウッ!
突風が枯葉を舞い上げる。
それは戯れる様にシェリーの足へと纏わり付くと、そのまま森の奥へと吹き抜けてゆく。風を追って振り返ったシェリーは、遠ざかる木々の揺れを見ながらポツリと呟いた。
「……会いに行くから」
汗だくの顔に冷たい風を受けたバーバルとラムザは、シェリーの言葉に顔を見合わせる。
「虎娘ちゃんたら嬉しい事言うじゃない!」
「別れの挨拶にはまだ早いと思うけどねぇ」
「べ、別に、アンタらに言った訳じゃねぇよ!」
ニヤニヤと揶揄う二人から逃げる様にシェリーは力いっぱい荷車を押した。
街にポツポツと竈の火が灯るのが見える。夕暮れに立ち上る煙は淡い筆致で線を描くように橙色の空へと広がっていった。
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