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243・コイバナ
しおりを挟むーーバシンッ!
背中を張る心地良い音が、秋空に吸い込まれる様に響いた。
女性と言っても力の強い獅子族、服の布越しに伝わる衝撃は力自慢の大男が繰り出した物と大差が無い。
しかも、バーバルは自身の掌を魔力で強化して叩いたのだからたまったものじゃない。
「ーーぐぶぉっ!?」
肉を焼いていると見せかけコッソリ兎肉を口いっぱいに詰め込んでいた俺は、余りの衝撃に全てを吐き出しそうになった。
ーーこれは、この肉は、俺がここに来てから初めて手に入れた良質なタンパク質なのだ!
『それを すてるなんて とんでもない!』
慌てて両手で口を塞いだ結果、俺は目を白黒させながら悶絶する羽目となる。
「うぐっ!? ぐっ、ぐふっ!」
「ーーほらっ、水っ」
呆れた顔のシェリーから手渡された水を一気に飲み込む。何度か咽せながらもどうにか肉を胃袋まで押し込む事に成功するが、涙と鼻水で顔はグチャグチャのベチョベチョだ。
(ーーったく、なんて乱暴なんだあの女!)
水(水中)も毒(一酸化炭素)もクリアしたってのに、兎肉で窒息死とか洒落にならないわ。
俺はキッとバーバルを睨み付けるが、こんな鼻水が垂れた顔では威嚇よりも情け無さの方が勝るらしい。
両手を腰に当て汚物でも見るかの様に見下しているバーバルは、「フンッ」と鼻で笑うだけであった。ーーキィッ! くやしいっ!
「でもー、何だかちょっと残念だったりー?」
突然そうポツリと溢したのは、シェリーと一緒に兎肉を捌いているラムザだ。
精悍で凛々しいバーバルとは対象的にどこかおっとりとした印象のラムザ。煤で汚れたシャツで顔を拭くという愚行を行う男を見ながら、その大きな垂れ目を細めた。
「本気かい!? 貧弱な人族だよ!」
バーバルはゲテモノ料理に手を付けようとする友人を見る様な引き攣った顔でラムザを見る。
「貧弱って、このお兄さん。シルバとギャレクをやっつけちゃったじゃない」
そう言って地べたで丸まるシルバとギャレクを指差さすラムザにバーバルはグゥの音も出ない。
「わたし、強い男は好きよ。それにお兄さんからは何だか良い具合の駄目男臭がするし?」
「駄目男臭! 褒められてる気が微塵もしない!?」
「何よー、駄目男はモテ男の第二条件じゃない。もちろん一番は強さっ。ね?」
そう言ってラムザは馴れ馴れしくも男の腕にスルリと組み付いた。
「おわっ!」
さっきまでシェリーの隣りにいた筈なのにこの速さ。おっとり見えるが流石獅子族、侮れない。
「ハッ、駄目男って言われてんのに鼻の下伸ばしてんじゃねーや。馬っ鹿じゃねーの」
「やーね、冗談よ? 取ったりしないから大丈夫」
再び機嫌が悪くなったシェリーを見るや否や、ラムザは直ぐに男の腕を離してクスクスと意味有り気に笑う。
「はっ、はぁ? 別に勝手にすればいいだろ! アタシには関係ないしさぁ!」
さっきまで手際良く捌いていた一角兎は今やクズ肉かと思う程にガタガタだ。そんな動揺を隠せないシェリーの肩に、そっと手を乗せてバーバルは年上らしく諭す様に言った。
「……そうだねぇ、悪い事は言わない。あの男だけはやめときな」
「ーーっ!? なっ、だっ、だから、誰がアイツなんかっ!」
「あら? これからドンドン良い女になる虎娘ちゃんならきっと大丈夫よ」
「そう言う問題じゃ無いさね、もっと、その……根本的な問題が有るんだよ、あの男にはさ!」
「恋は障害があるほうが燃えるって言うじゃない!」
「こ、恋!? だ、だから、アタシはっ!」
「でもぉ、嫌いじゃないでしょー?」
そう言って覗き込むラムザに、シェリーは真っ赤になった顔を背けながらボソボソと囁く様に呟いた。
「……そ、そりゃまぁ、今回は結構助けてくれたし、その……強さは認めてもよいかな……とかは思ってる。けど、別にそれは……そんなんじゃなくて……」
「はぁ、報われない恋に散るのも若者の特権かねぇ」
「散るだなんて失礼ねバーバル。まだどうなるかは分からないじゃない! ねぇ、虎娘ちゃん?」
「ーーだから違うって!」
◇
(何なんコレ、地獄?)
ーー唐突に始まった女子会。
一人取り残された男子が、余りに居た堪れなくなって洞窟内へと逃げ出したのは仕方ないと思うんだ。
(おじさんにあの桃色の空気はキツ過ぎる。ーーはぁ、女性ってのは何で恋話が好きかね?)
よりによって話題が俺とシェリーだ。一体どれだけ歳が離れてると思ってんだろう? それにシェリーのタイプは多分ヘイズみたいな頼れる男だ。俺の事なんて大きな筋肉にしか見えて無い筈。
しかしまぁ、火の無い場所にも煙を立たせるのがあの手の女子だからなぁ。後々人間関係がギクシャクしそうだからやめて欲しいんだがーー。
「下手な事言うと余計酷くなりそうだし……」
アレはアレで放って置くしか無いだろう。俺は軽くストレッチをしながら気持ちを切り替える。
まだまだ肉は食べ足りないが、今日中に街に帰る為にはさっさと撤収作業を終わらせないと。腹一杯食べてしまうと動くのが億劫になってしまうから、丁度良かったかもしれないな。
(荷車への積み込みは女性陣にも手伝ってもらうとしてーー)
取り敢えず、洞窟内にある残りの一角兎を外へと出しておこう。
俺は洞窟の一番奥へ行くと、その辺に転がっている一角兎を入り口へ向かってポイポイと放り始める。物凄い量の獲物に、まるで繁忙期の運送会社で仕分けのバイトしてるみたいな気分になる。
今回の報酬とか、一角兎の相場とか、俺は一切知らないが、これだけの大収穫なら二人の治療費ぐらい簡単に補えるだろう。
「冬には新しい毛布で寝れそうだな」
俺は傷一つ無い一角兎をしげしげと眺める。
「へぇ、こうして間近で見ると、本当に角が生えた兎だな」
イメージ的にドリルみたいな螺旋状になっているのかと思っていた角は、よく見ると牛の角みたいに骨が変化した物だと分かる。そして角の形は個体によってバラバラだ。変わった形の物以外は食器や服飾の材料になるらしい。
そういえば、さっき食べた時は空腹過ぎて何とも思わなかったが、血抜きしてない肉って売れるのだろうか?
(まぁ、もし肉が売れなくとも、毛皮の方は高値で売れそうだから何とかなるか)
◇
ーーその後、女子会を終えた女性陣と手分けして大量の一角兎を荷車へ積め終えると、俺は荷車へとシルバとギャレクを放り投げた。
一角兎の山の頂上で力無く横たわる二人は、何だか狩られた大きな獲物に見え無くも無い。「ミイラ取りがミイラになる」ってのはこう言う事なんだろうなと思いながら、俺は荷車の持ち手に手を掛けた。
「ーーさて、忘れ物は無いよね?」
先頭で荷車を引くのは俺、女性陣には荷車を後から押して貰う。帰り道が心配だったが、地面に付いた轍の跡を遡れば迷わずに森から出られるとラムザが教えてくれた。
「今からだと街に付くのは夕方ぐらいか。ヘイズも心配してるだろうし、寄り道しないで真っ直ぐ帰るぞ」
ーーギィ ギギィ
俺の上腕三頭筋が盛り上がるーーと、同時に荷車の固い木製の車輪が軋みながらゆっくり回り出した。
この手の荷車は最初が大変だが、一度動き出せば案外スムーズに動いてくれるもの。ただ、街道の様な舗装された道では無く、登り降りのある山道では、頻繁に力を込める必要があり中々の重労働だ。
「…………これだけの荷物を乗せた荷車をよくもまあ引けるもんだねぇ」
人族嫌いなバーバルにしては珍しく、心底感心した様な声を上げる。
「ーー100kgの荷物を担いで山道を1時間以上歩いた時に比べれば楽なもんさ」
ーー懐かしいな。
初めてイアマの街へと来た時も、今みたいに大量の肉を運んでたっけ。
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