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241・大人の話し合い
しおりを挟む「ーーいや、それは無理」
ギャレクだけで勘弁して欲しい? 俺は彼女の言葉に呆れて首を振る。
「くっ、ギャレク一人じゃ足りないってのかい!」
「え? そりゃあ、全然足りないよ!」
洞窟から一角兎を運ぶにも、それを荷車に積み込むのにも、そしてその荷車を押すのにだって人手は必要だ。
そんな時に気絶てるギャレク一人寄越されてどうしろと? 今のアイツは猫科の癖に猫の手にも劣るんだぞ!
(いや待てよ、これはもしかしてーー)
「ギャレクだけ」ってのは、一万円の商品を「三千円にしろ」みたいな無茶を言う様なものだ。恐らく言った本人も無理なのは分かっている。これは最初に到底無理な条件を提示して、その後の交渉を有利に進める為の交渉術に違いない。海外で観光客と地元の土産屋がやる値引き交渉的なヤツだ。
(……交渉はもう始まってるって事か。まだ何も言ってないのに向こうから仕掛けてくるなんて、こっちの欲しい物なんて予想済みって事? もしくは条件を誘導している?)
中々に交渉上手みたいだが、俺だって大人の話し合いにはちょっと自信があるんだ。
「それじゃあ、シルバも差し出せってかい? 冗談じゃないね、シルバはアタシらの旦那だよ! アンタの好きにはさせらないね!」
「いやいや、シルバなんか要らないよ。そもそも動けない奴は使えないだろ?」
「ーーっ!? 生きの良いのが好みって事かい!」
生きが良い?? 「今年は生きの良い新入生が入ってきたな」みたいな感じだろうか? 異世界言語には慣れてきたけど、地域独特な言い回しはまだ分からんなぁ。
「生きが良いっていうか、やる気があるに越した事は無いけど……」
「はっ、アタシにやる気があるとでも思ってるのかい?」
そう挑戦的な笑を浮かべ、彼女は虫ケラでも見る様なキツい視線で俺を見下す。
何かこの人、さっきから人族への当たりが強い気がするな。でもまぁ、彼女からすれば自分達の物になる予定だった獲物だ。手に入らない上に手伝いなんてやってられないと言う事だろう。代わりに動けないあっちの二人もちゃんと街まで乗せて行くんだから、そう悪い取り引きじゃ無いと思うんだけどなぁ。
「大丈夫、皆んなでやれば直ぐに終わる。難しい事は何も無い、俺の言う通りに動いてくれればそれで良いんだ」
「皆んなでだって!? ま、まさかその中にアンタの連れのあの娘も入ってんじゃないだろうね?」
「当然入ってるよ。ちゃんとやらせるさ、当たり前だろ?」
彼女は驚きに目を剥くが、俺は人に仕事を押し付けて、自分達だけが高みの見物を決めようなんて鼻っから思って無いからな。
「ーーこのっ、獣っ!」
良く分からないが、彼女がそれ以上文句を言ってくる事は無かった。
どれが決め手だったのかは分からないが、どうやら交渉は俺の勝ちみたいだ。荷車は勿論、しっかり撤収作業も手伝ってもらおう。
ーーって言うか、何で俺、獣って言われたの? 獣人の罵倒の仕方が良く分からない。
◇
(…………こいつには種族も性別も、年齢すら関係無いってのかい)
とんだ性豪がいたもんだとバーバルは全身の毛を逆立てた。
ギャレクの下半身をボロボロにし、シルバの唇を奪った上に、「動かないヤツはもう使えない」など宣う男は、「俺の言う通りに動けば良い」「皆んなでやれば直ぐ終わる」などとバーバル達の身体まで要求してきた。そしてその中には、当然の如く仲間である筈のあの娘も入っていると言うのだから驚きだ。理性もへったくれも無い、正に獣の所業である。
(全く、発情期のオス共よりタチが悪い。それでも、あの虎娘ぐらいは何とかしてやりたいねぇ)
しかしバーバルの見立てでは、当の娘はまだ自覚は薄いながら男に惹かれている。無理に引き離そうとすれば反発して余計に危なかしい事になりかねない。
(アタシらも人の事は言え無いけど、あの年頃ってのはどうしようも無い男に惹かれるもんさねえ……)
ーー獅子族の女性が駄目男好きなのは有名である。
彼女達は惚れた男に尽くすのが生き甲斐だ。よって駄目であれば駄目な程に尽くし甲斐があると言うもの。
幼い子の母親の様にせっせと世話を焼き、結果それが更に男を堕落させる。そうして自分から離れられ無い様に依存させるのが彼女達の愛し方だ。
勿論、シルバも腕っぷし以外は基本駄目男である。
「あれぇー? 何でシルバ達が寝てるの~??」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはもう一人の女性メンバーであるラムザがのんびりと此方に向かって来るのが見えた。
「ラムザ! 何でこっちに来るんだい!」
「だってぇ、私だけ除け者みたいで嫌だったんだものー」
「あの娘を見張っててって頼んだじゃないか!」
「大丈夫よー、虎娘ちゃんも連れてきたからー」
そう言ってラムザはクルリと振り返る。ラムザの背中は、何かを諦めた虚無の表情をしたシェリーが背負われていた。あれからずっと毛繕いされていたのか、その疲れきった顔に反してシェリーの毛艶はすこぶる良い。
「なぁ、もう勘弁してくれ。アタシは一日中毛繕いされる様な子供じゃないんだって……」
「何言ってるのよ虎娘ちゃん、私達から見ればまだまだ子供でしょう?」
すっかりラムザに気に入られたシェリーは、反論する気力も無いのかそのまま項垂れた。
ーーパン パン!
「よしよし、皆んな揃ったみたいだし、時間も勿体無いから早速始めようか! 俺はもう限界だ!」
そう言って男は舌舐めずりしながら両手を打ち鳴らす。
「待ちな! まだ話はーー」
食い下がろうとしたバーバルへと問答無用とばかりに片手を翳す男。魔法を使う人族が手を翳すのは、相手に銃口を向けるのと同じ意味を持つ事ぐらいバーバルは知っている。
「あんまり時間を掛けるのはシルバ達にも良くないと思うぞ?」
「…………クッ、」
男にそう脅されバーバルは口を噤む。そもそも群れのリーダーがやられたバーバル達に拒否権は無い。敗者は勝者に従うのが絶対的なルールなのだ。
「ーーはぁ、仕方ない。こうなったら腹括るしかないようだねぇ」
「えぇー、なになに? 何の話? 」
そう無邪気に尋ねるラムザに、バーバルは悔しげに首を振って答えた。
「アタシ達無法者が、一人残らず全員、この男に喰われちまうって話さ」
「それって、性的な意味? ふーん、そうなんだ? お兄さんって欲望に忠実なタイプだ?」
身を屈め、下から男を睨む様に覗き込むラムザ。そしてラムザの背後から聞こえるもう一人の恐ろしい唸り声に男は焦った様に叫び出す。
「ーーはっ? ちょっと待って! ど、どっからそんな話になった!?」
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