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236・熱波
しおりを挟む山の斜面にある一角兎の巣穴がある洞窟、その少し離れた場所に立つ小型テントを一通り漁ったギャレクは、およそ数百の獲物を狩るには少な過ぎる物資に不信感を募らせる。
これは当初ヘイズが「獲物は精々数十匹ぐらいだろう」と予想していた所為なのだが、そんな事ギャレクに分かる由もない。
二人が生きていた事で全てがヘイズの誇張だと思い始めているギャレクからすれば、獲物の数すら出鱈目かもしれないとの不安材料が増えただけである。
「…………本当なんだよな? いなかったらどうするよシルバ」
そう言ってギャレクはテント前で腕を組むシルバをチラリと見やる。しかしシルバの表情は何一つ変わらない。ギャレクは短く息を吐き空を見上げた。
朝日はすっかり山から顔を出し、朝露に濡れた雑草をキラキラと輝かせている。夜を謳歌した一角兎達が一斉に巣穴へと潜り込み、深い眠りにつく頃であるーーつまり頃合いである。
ギャレクは頭をボリボリと掻きながら洞窟の入り口へと向かった。そして中の様子を探る為に聞き耳を立てる。
中からは物音一つ聞こえない。
「さぁ、頼むぞ!」
ギャレクは目を瞑り、祈る様な気持ちで暗い洞窟へと足を一歩踏み入れた。
「ーー暑っつ!?」
途端、思わず声が出る程の熱波がギャレクを襲う。予想外の出来事に、驚いたギャレクは慌てて洞窟から飛び出した。
「ギャレク! テメェ遊んでんじゃねぇぞ!」
間髪入れずに飛んで来るシルバの怒号に、慌てて洞窟の中を指差しギャレクは喚いた。
「いやいや違うんだって! この中、めちゃくちゃ暑ちーんだよ!」
「あぁ? んなもん中で火を焚いたからだろうが。テメェのその足下見てみろ」
「…………足下?」
シルバに言われるがまま自分の足下を見ると、幾つもの木片が白い灰になって転がっている。燃え尽きた炭が崩れた跡だ。
「人族は寒がりだ。夜に火でも焚いたんだろ」
シルバの言う通り、毛皮の持たない人族は寒さにめっぽう弱い。冬の闇市に来る馬鹿みたいに着込んだ人族を見て「あれじゃまともに走れねぇな」と笑った記憶が蘇る。
「そうだな……いや、そうだった。人族は確かに寒がりだ」
ギャレクはシルバの言葉に何処か引っ掛かりを感じながらも、夜に火を焚くのは別段普通の事であると一先ず納得した。
「ーーでもよ、怒鳴るこたぁ無いだろ? 何か異常があれば引くってのは間違っちゃいねぇよな」
「うるせぇ、理由が分かったんならさっさと中ァ確認してきやがれ!」
理由が分かったからと言って暑さが引く訳では無いのだが……ギャレクは釈然としないながらも再び熱の篭る巣穴へと潜り込む。
「寒がりにも程があるだろうよ……」
耐えらなくはないが、目眩がする様なこの暑さが不快な事には変わりない。後に、この暑さの中で何時間も作業をしなくてはならない事にウンザリしながらもギャレクは暗い洞窟内を見回した。
「何てこった…………」
ヘイズの言葉通り、数百もの一角兎は確かに居た。しかしそれは、ギャレクが想像していたのとは違う形で現れた。
思ったよりも奥行きがある洞窟。その床一面をまるで銀灰色の絨毯が広がっている様に、数え切れぬ程の一角兎が折り重なって死んでいたのだ。
予想外の光景にしばらく言葉を失っていたギャレクは、突然思い出したかの様に外の世界に向かって叫んだ。
「おいシルバ! 来てくれ、今すぐだっ!」
◇
「事の成り行きによっちゃ……当初の予定通り、遺品だけ持ち帰える事になるかもな」
洞窟内の惨状を見たシルバはそう言ってコキリと首を回す。
ヘイズと交わした「相手が狩った獲物は渡す」と言う条件をそのまま呑むならば無法者は間違い無く大損をする。しかも「契約の握手」をしている所為で嘘を付くなどの不正は出来ない。
回避する為には、あの男と雌ガキに獲物の権利を放棄させる必要がある。もしくはーー、
「遺品だけだと?……まさか、二人は見つからなかったって事にするのかよ!?」
シルバの考えを察したギャレクは驚き声を張り上げた。洞窟内で反響するその声に、シルバは顔を顰めてギャレクの口元を押さえて脅す様に唸る。
「成り行き次第だって言ってる。そうなんねぇようにテメェがしっかり話して聞かせろ。やり方は……分かるな?」
「ーー俺がかよっ!?」
首を振ってシルバの手を振り解いたギャレクはそのまま頭を抱え込んだ。
「はぁ~、頭が痛くなってきやがった。だがよ、あの人族だけだ。餓鬼はやらねぇからなっ!」
「クハッ、餓鬼なんて男の腕が飛ぶとこでも見せりゃ素直になる。それにしてもーー」
シルバは改めて洞窟内を見回すと、露骨に嫌な顔をしているギャレクに向かってこう尋ねた。
「おい、テメェだったらこの数の一角兎、どうやって狩る?」
「ーーあ? んなもん…………地道にやるしかねぇんじゃねぇのか?」
そう言って肩をすくめたギャレクは、壁に空いた無数の巣穴をウンザリと眺めた。
一角兎の狩り方は至極シンプルだ。朝、寝ている隙を突いて、巣穴へ槍を無情に突き刺す。ただそれだけである。しかし数百ともなる巣穴となればかなりの時間と手間が掛かる。
「地道にか……だが、それじゃあ一晩でこうはならねぇ。ーーそれにだ、これだけの死骸があるってのに血の臭いが全くしねぇってのはどう言う訳だ?」
転がる死骸の一つを無造作に拾い上げたシルバはその身体に付いた死の痕跡を探す。しかし幾ら探しても一角兎の身体の何処にも傷が見当たら無かった。
「首が折れてる訳でもねぇしなぁ、一体何をしたらこんな事になるかね? あぁ~、考えてたら益々頭が痛くなってきた」
同じ様に一角兎を調べていたギャレクがそうぼやいた瞬間、フッと蝋燭の火が消える様に辺りが暗闇に包まれた。
「何だぁ?」
夜目が効く二人は、大した動揺も無く入り口を振り返る。すると、洞窟内を照らす唯一の入り口を何者かの影が塞いでいるのが見えた。
「おい、アンタら早く洞窟から出ろ! 今すぐ、ナウだ!
暗闇の中、洞窟に響いたのは先程の男の声であった。
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