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235・アローグルーミング
しおりを挟むギャレクと呼ばれた男を片手に引っ掛け、ズルズルと引き摺りながら背を向け歩き出した男。どうやら「敵じゃない」との言葉に嘘は無い……のか?
此方を振り向きもせずに俺達がキャンプをしていた方へと歩いて行く。
二人が射程外へと離れたのを確認した俺は、不意打ちに備え構えていた拳を下ろすと、襟首を掴まれたまま尻で砂煙を立てているギャレクが時折り此方に唾を飛ばしているのを黙って見送った。
「止められるとは思わなかったな」
俺は自分の右腕を見ながらそう呟く。
全力には程遠いが、それなりの力を込めた。シェリーを足蹴にしたギャレクを数メートルはぶっ飛ばすつもりで放った拳をまさか片手で受け止められるとは……どうやら今まで会った獣人とは違うらしい。
(パワー型の獣人は初めてだ)
今まで出会った獣人達の殆どが、距離を保ちながら隙を見て攻撃を仕掛ける奴等ばかりだった。
スピードを活かしたhit and away、つまりアウトボクサータイプである。鋭い爪や牙を使って攻撃してくるのだが、大抵は俺の筋肉に阻まれるので正直勝負にはならない。
そんな中現れた肉体派。大型の獣人に俺の筋肉がどの程度通用するのか非常に興味がある。
まぁ、今回は敵では無いらしいので力比べは叶いそうもないが……
それにしても、一体彼等は何者なんだろう?
「そういや、詳しくは後の女達に聞けって言ってたな」
女達とはギャレクに蹴りをくれていたお姉さん方に違いない。俺は詳しい事情を聞く為にシェリーを保護している女性達の方へと向かった。
◇
「やめろっ! さ、触るな!」
大きな荷車の影でシェリーが獅子族の女性二人に囲まれている。背が高い彼女達に挟まれたシェリーはまるで小さな子供みたいだ。
「うっふふ、可愛いわねー。食べちゃいたいぐらいに」
「やめな、その顔で言うと本気にされるよ」
彼女たちは興味津々な笑みを浮かべながら、シェリーの髪を触ったり、ペロペロと顔を舐め出した。
顔を真っ赤しながら抵抗するシェリーだが、彼女達の力は見た目よりも強いらしい。豊満な二人の身体に挟まれたシェリーはなす術もなく揉みくちゃにされている。
そんな光景を見た俺は少し安心していた。
会ったばかりの女の子を踏み付ける様な奴の仲間だ、もしかしたら酷い事をするかもしれないと思っていたからだ。敵では無いと言ってはいたが味方であるとは限らない。まだ彼等の目的が不明なのだ。
だが、どうやらそれは杞憂だった様だ。
きっとあれはアローグルーミングと言う奴だ。猫同士が毛繕いする様な極めて友好的な行為に見える。何て羨ましい……。
「ちょっ、見てないで早く助けてくれよ!」
無言で見ていた俺に気付いたシェリーは、柔らかそうな双丘から抜け出そうと必死に手を伸ばした。
「なぁに? お兄さんも混ざりたいの?」
伸ばしたシェリーの手を絡め取り、此方をあざとく見上げながら女性が艶っぽい声を出す。
「えっ、良いの!? あっ、いやぁ~、そんなつもりは……」
思わず発した心の声。慌てて取り繕うが、もう一人の女性がキツい声を上げた。
「何だい鼻の下伸ばして。悪いけどアタシは人族の貧相な皮を舐める趣味は無いからね!」
「ひ、貧相な皮!」
モフモフした獣人から見ると俺はそんな風に見えていたのか! 何だか恥ずかしくなってきた、今度から毛皮のコートを着て歩こうかな。
「まぁまぁ、一応このお兄さんもヘイズの仲間なんでしょう? あんまり虐めちゃ駄目じゃない」
「待った! 君たちヘイズを知ってるの?」
「知ってるも何も、アタシ達はヘイズからの依頼でアンタらを助けに来たのさ」
彼女達の口から出た思わぬ言葉に、顰めっ面だったシェリーの表情がパッと明るくなった。
「ーーって事は、ヘイズの兄貴は無事なんだな! ガウルは? なぁ、二人とも無事なんだよな!」
◇
二人の話では、彼女達のパーティー『無法者』に助けられたヘイズとガウルは、無事に教会へと辿り着き、今はティズさんの治療を受けているとの事。
「アタシ達は、アンタらが請け負った依頼を譲って貰う条件でヘイズに雇われたって訳さ」
「依頼を譲るだって!?」
シェリーは驚き大きな声を上げる。
今回の依頼は大量の肉と毛皮が手に入る上に依頼主である貴族ともお近付きになれる、魔獣人が出る以外は滅多に無い好条件な依頼だった筈だ。
それをまるっと譲るとは……ヘイズの奴、俺達の為とはいえ随分と思い切った提案をした物だ。
「で、でも、助けに来たって言っても、アタシ達は無事だったんだしーー」
「ダメよ、ちゃ~んと『契約の握手』まで交わしたんだから」
「う、うぅ……」
「なぁシェリー、契約の握手って何だ?」
「冒険者が依頼人と交わす儀式だよ」
「『契約の握手』は神様への誓いと同じ、だからその時の約束は反故には出来ないの」
「今回は教会で、しかも聖職者の目の前で交わしたんだ、絶対に守らなきゃならないって事さ」
成る程ね、識字率の少ない獣人達の契約書代わりの義式って事か。本当に神様が存在する以上、天罰もリアルにありそうだもんな。
「中々の太っ腹だねぇ、ヘイズって男はさ」
「ど、どうしよう、アタシ達の所為で……」
「俺のタンパク質が……」
ガックリと肩を落とす俺とシェリー。
ヘイズの気持ちは嬉しいが、ガッカリ感は否めない。骨折り損のくたびれ儲けとはこの事だ。
「良いじゃない、命があったんだから。あっ、だけど何か条件があった様な……」
「あぁ確か……アンタらが狩った獲物に関してはアンタらの物だって言ってたね。魔獣人に襲われる前に何匹か狩ったんだろう? 今回はそれ持って帰るんだね」
ーーほう、俺達が狩った獲物は俺達の物なのか。
「おっと、妙な考えを起こすんじゃないよ? これからシルバ達が残りの一角兎を一匹残らず狩り尽くすんだ、邪魔はさせないからねえ」
人族にキツい方のお姉さんが俺を射るような目で睨み付ける。その言葉から察するに、「アンタらが狩った獲物」に時間制限は無いって事か。
成る程、親切心からシェリーを保護しているのかと思えば、実は俺達がこれ以上一角兎狩りをしない様に見張るのが本当の役目と言う訳だ。
「あれ、待てよ? って事は…………さっきの二人はあの巣穴に入る気なのか!?」
今、あの巣穴に入られるのは非常に不味い! 彼奴が強盗じゃなく、ヘイズの知り合いって言うなら尚更だ。
「ちょ、ちょっと、あんた何処へ行く気だい!」
「逃がさないよ!」ーーと、俺の足に飛び付く女性の両腕を既所で跳び躱し、俺は巣穴に向かって全速力で駆け出した。
「いやいや、あそこはマジでヤバいんだって!」
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