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233・シルバの計画
しおりを挟む「う、うんん」
限界まで疲労していた所為か、思った以上に深い眠りについていたシェリーが目を覚ましたのは、もう朝日が山肌を薄っすらと滲ませる朝方だった。
ガラガラと岩が崩れる様な音で目が覚めたシェリーは、寝惚け眼を擦りながら音がした方を見る。すると巣穴の側で袖口で顔下を覆った男が渋い顔して穴の中を覗き込んでいるのが見えた。
男の後で見る影も無く崩れた蓋代わりの岩を見てシェリーの眠気は一瞬で吹っ飛んだ。
(やっぱりあんな岩一枚じゃ保たなかったんだ!)
既に周りが薄ら明るくなってきている事に、シェリーは入社初日に寝坊した新入社員の如くその場から跳ね起きた。あちこちと痛む体に戸惑いながらも慌ただしく起き上がるシェリーに気付いた男が振り向き手を上げる。
「おっ、おはよう。良く寝てたな」
「おはよう…………じゃなくて! 岩蓋! 巣穴の蓋はどうしたんだよ!?」
「あぁ、さっきサウナに入ろうと思って取っ払った」
「アンタが壊したのかよ!?」
岩蓋一枚で一角兎を閉じ込められたのは奇跡みたいな物なのに、それを自ら開けるとは……しかもそれがサウナに入る為とか、正気の沙汰では無い。
「いやぁ、まぁそれで……ちょっと問題がーー」
男は巣穴の中をチラリと見ながら困った様に頭を掻いた。
「あ、当たり前だろ!?」
朝方はまだ一角兎の活動時間である。そんな中、数百匹の魔獣が犇めくパンドラの箱を開けたのだ、寧ろ問題しか無い。
シェリーは近くに転がっていた薪を手に取ると、まだ薄暗い周囲に向かって牽制する様に振り回した。巣穴を塞ぐ岩蓋が無くなった今、あの鋭い角を持つ一角兎がいつ飛び出して来てもおかしくは無いからだ。
(…………? 出て来ない??)
しかし、今か今かと待ち構えるも一角兎は一匹も出て来ない。不思議に思ったシェリーはぼさっと穴の側に立つ男の方へとジリジリと躙り寄る。
「……何で出てこないんだ??」
「おっとシェリー、そこまでだ」
覗き込もうと近付くシェリーの首根っこをむんずと掴んだ男は、そのまま巣穴から遠ざける様に放り出した。
「ふぎゃっ!?」
何の抵抗する間も無く地面に尻餅を付かされたシェリーは唐突な暴力に抗議の声を上げる。
「痛ってぇ、何すんだよ!」
「ーー悪い悪い、でも中に入ったらマジヤバいからさ。多分、覗くだけでもヤバい!」
「はあ? 覗くだけでもヤバいってどう言う事だよ」
男の言う事がさっぱり分から無い。
どう言う事か問い正そうと立ち上がったシェリーは、背後からの衝撃にもんどり打って再び地面に倒れ込んだ。
「ーーうぎゅっ!?」
「シェリー!!」
いつのまにかシェリーの背後に忍び寄った何者かに肩を蹴押されたのだ。うつ伏せに転がった背中を踏まれ、地面に押しやられるシェリーの肺から空気が漏れる。
「おいおい、話が違うじゃねーかよ」
背に掛かる重圧に踠くシェリーを不満気に見下ろすのは、真っ黒な毛並みの黒豹族ーー無法者斥候のギャレクであった。
◇
~前日~
「何だってあんな事引き受けちまったんだシルバ! 魔獣人だぞ!? 俺は行かねぇからな!」
教会から出て闇市へと向かう[無法者』。その途中、何の説明も無いままズンズンと前を歩くシルバに向かってギャレクは不満げな声を上げた。
「ーーうるせぇな。出たのは虎族の魔獣人だって言ってたろうが」
「あぁそうだな、だが虎族は俺から見れば遠い親戚みてぇなもんだろ? アンタだってそうじゃねぇのかシルバ」
自分の種族に誇りを持つ獣人達は同種に対しての仲間意識が強い。そんな彼等にとって、特に同種の魔獣人との対峙は、奇形が故に追い出した自分の甥っ子や姪っ子に会う様なもの。そこには嫌悪感と負い目が入り混じった複雑な感情が渦巻いているのだ。
「男がギャーギャーと喚くんじゃないよ、みっともない。ーーでもシルバ、今回の件はアタシもギャレクと同じ意見だねぇ」
「そうよ、その魔獣人って普通じゃないんでしょう? だいぶヤバそうじゃない?」
《ワンバイト》のヘイズ。同じ中級冒険者としてはそこそこ名のある男である。その男にあそこまで深い傷を負わせるのだ、普通の魔獣人では無い、その上に風まで操ると言う。最早、魔獣人だからと言う理由だけでは無く、単純に獲物としての危険度が高い。
依頼主であるヘイズも出来れば『鉄の牙』にも声を掛けて欲しいと言っていた。他のメンバーが慎重になるのは仕方がないといえよう。
普段であれば背後で異を唱えるメンバーに苛立ち怒鳴る場面だが、今日のシルバはすこぶる機嫌が良い。それどころかニヤリと口角を上げると鋭い牙を剥き出しながら笑う。
「クハハ、勘違いしてんじゃねぇ。俺様はその魔獣人とやり合うつもりは無えからよ」
「あぁ? そりゃどう言う意味だ?」
「ーーまぁ聞け」
話が見えず首を傾げるギャレク達に向かい、シルバは得意気に話始めた。
ーーシルバの計画はこうだ。
出発は明日の早朝、その頃には魔獣人に襲われているヘイズの仲間とやらは奴の腹の中に収まっている筈だ。腹が膨れた奴は当然自分の巣穴で寝るに違いない。そして再び腹が減るまでは狩りはしない、野生ってのはそう言うもんだ。
要は救助は二の次、邪魔者が居ない間にゆっくりと依頼を片付けちまおうと言う算段である。
「俺達がまず向かうのは一角兎の巣穴よ。そこでしっかり稼いだ後に遺品の一つや二つを拾って帰りゃヘイズも納得するだろう」
シルバの計画にギャレクは感心したように何度も頷いた。
「なるほど、そう言う事なら何の問題無えな。俺はてっきり救助を先にするんだと思ってたからよ」
「ヘイズが最後に見た時にはもう既に追い詰められてたんだろ? 今から行っても間に合わ無えよ。多分ヘイズもそいつは分かってる筈だ」
「凄いじゃん! シルバ、そんな事考えてたんだ」
「でも、もしもそいつらが魔獣人から逃げおおせてたらどうすんだい?」
「クハッ、無ぇよ! 仲間って言っても『鉄の牙』の奴らじゃなく、只のガキと魔法も使えない人族だって言うじゃねえか」
普通の魔獣人なら兎も角、ヘイズの話が本当であれば複数パーティーで対応するべき相手であるーーとても二人が無事とは思えない。
「随分と沢山の兎がいるって話だ。まずはデカい荷車を手に入れなきゃなあ」
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