230 / 276
230・要求
しおりを挟む「グルルカにぃ。俺、肉が食いたいよ……」
大鍋の中で回る芋の欠片に合わせ、クルクルと首を振っていた山羊族の男の子がそう呟いた。
「アフ、芋は嫌いか?」
「嫌いじゃないよ、けど……」
「じゃあ文句言うな、具が入ってるだけマシだろ?」
「…………うん」
今、孤児院の食料事情はすこぶる悪い。
この時期は皆が冬に備え食料集めに躍起となる為、カスみたいな野菜の端くれでさえ値段が上がるのはいつもの事だが、それに加え今年は貴族達が狩猟を自粛した為にクズ肉の価格が異常に高騰したのだ。
貴族達が狩った獲物は角や毛皮などの戦利品を剥ぎ取った後、そのまま街の肉屋へ、そしてクズ肉は貧民街へと流れる仕組みになっていたからである。
まだ多少新入りが持って来た芋が残ってはいるが、このままでは冬を越すのは厳しい。そんな事情から孤児院では食材を節約している最中であった。
「俺、明日からもっと仕事頑張るよ! そうしたら皆んな腹一杯食える様になるんだろ?」
グルルカは薄いスープを掻き混ぜていた手を止め、血気盛んに両手を振り上げるアフの頭をポンポンと叩くと、コッソリ耳打ちする様に小声で囁いた。
「ーー姉貴達が帰って来れば、このスープにも肉が混ざるかもしれないぞ?」
「えっ、ほんと!? 姉貴はいつ帰ってくるの?」
「そうだな、早ければ今晩にでも…………ん?」
グルルカの耳がアルニーとミルニーの甲高い声を捉えてピクリと動く。どうやら入り口付近で何かあったらしい。
「……双子が騒いでるな」
「姉貴が帰って来たのかも!」
シェリー達が帰るには少し時間が早過ぎる、それに双子達の声には警戒する様な焦りが混じっていた。
「…………ちょっと見て来るから代わりに混ぜてろ、焦がすなよ」
グルルカは持っていた木べらをアフに握らせると炊事場の外へと向かう。すると、門から物凄い勢いで双子達が跳ねて来るのが見えた。
「アル、ミル、何があった?」
「二人が大変なの! 早くシスターを呼んで来なきゃ!」
「ーー呼んで来なきゃ!」
二人は青い顔でグルルカの前を駆け抜けると、教会の扉を打ち破る様にして中へと飛び込んで行った。
「……二人? 一体誰の事だ? まさか、姉貴達の事じゃないよな」
グルルカは鳩尾から上がる不安に軽い吐き気を覚えながらも、双子達が来た入り口へと走り出した。
◇
「ぐっ、ううっ……」
強烈な頭痛と燃える様な身体の痛みに思わず声が漏れる。今までの人生で経験した事の無い程の最悪な目覚めだ。
「まだ動かない方がいいですよ? 大きな傷は塞ぎましたが、最低限の処置しかしてないですし……」
「…………ティズ、か?」
聞き慣れたその声にヘイズの顔がホッと緩む。どうやら上手く教会まで辿り着けたらしい、これでガウルもーー、
「そ、そうだ…………ガウルっ、ガウルはどうした!」
自分よりも重傷であったガウルの身を案じ、痛む身体を無理矢理起こそうとするヘイズをティズが慌てて押さえ付ける。
「安心しろーーとは言えねえが、取り敢えず死んじゃいねえな」
予想と違う者からの返答にヘイズは暫し混乱する。それは此処に居る筈の無い者からの言葉だったからだ。
「ーー何でアンタが此処に居る? シルバ」
ヘイズの声には隠し切れない棘があった。敵対ーーとまではいかないが、馴れ合う程の関係でも無いシルバが、一度も来た事の無い教会に居る事にヘイズが警戒を抱くのは当然だ。
「つれないねぇ。アンタ方を此処まで連れて来たのは誰だと思ってるんだい?」
「大変な思いで運んで来たってのに、さっきの長耳も、突っかかってきた犬コロも、此処には恩知らずしか居ないのねぇ」
「…………お前らは只歩いてただけだろうが」
「ギャレク、黙りな」
コントみたいなやり取りを他所に、シルバをヘイズをジッと見つめる。
目を覚さないヘイズを街まで連れて行く事を決めたのはシルバだ。勿論、それはシルバなりの思惑があっての事。
「よぉヘイズ、随分やられたな? 俺様が見つけてやらなきゃ、今頃ボアの糞になってたな」
「…………あぁそうかもな。それに関しては礼を言う。ーーで、何が望みだ?」
「クハハッ、分かってるじゃねぇか!」
シルバはその獰猛な笑顔を見せながらヘイズが横たわるベッドに近付くと、側にある椅子にドカッと座る。
「お前、貴族の依頼を受けてんな? そいつをそっくりこっちに渡せ」
「ーーな、何っ!?」
直球過ぎるシルバの要求にヘイズは苦虫を噛み潰す。何らかの思惑はあるとは思っていたが、まさか依頼その物を横取りするつもりだとは……。
「……………………………………糞っ、分かった。だが、条件が有る!」
暫く考えていたヘイズは、二つの条件を付けた上で依頼を譲る事を了承した。
「一つは、既に俺たちが狩った一角兎はこっちにくれ。見ての通り、ガキ共を食わしてかなきゃならねぇんだ」
「……まぁ良いだろう。だが残ってるのは全部貰う。もう一つは?」
ヘイズはヨロヨロと上体を起こすと、シルバに向かって頭を下げた。
「ーー頼む! 魔獣人の所に居るシェリーと兄弟を助け出してやってくれ!」
ヘイズの言葉を聞いたギャレクが大声で叫んだ。
「魔獣人だって!? 冗談だろ、誰が頼まれるかよっ」
獅子族の女二人も明らかに嫌な顔をしている。それはそうだ、魔獣人がいるからこそ誰も受けなかった依頼なのだ。
「クハッハハッ、いいぜ契約成立だ!」
「おい、シルバ!!」
「うるせぇ! いまァ、俺が交渉中だろうが! 引っ込んでろ!」
シルバは騒ぐギャレクを叱り飛ばすと、獰猛な笑顔でヘイズの手を握り囁いた。
「だがよ……もしその二人が既に死んでても、文句を言うのは無しだ」
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。
▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ......
どうしようΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!!
R指定は念のためです。
マイペースに更新していきます。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる