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229・無法者《バンディス》
しおりを挟むまだ薄暗い森の中。朝露が濡らした枯れ草をグジュグジュと雑に踏み鳴らし、小刻みな移動を繰り返す人影が一つ。
膝丈の革ズボンに簡易な胸当て、背中には小型の弓に矢筒と、動き易さ重視の軽装備から推測するにその影は恐らく斥候なのだろう。
そして、その少し後ろをゆっくりとした歩調で三人の男女が歩いて来る。
暫くすると、先行していた男は歓喜の声を上げて踊り出した。
「おいおいっ、ホントにあったぜ!」
いくら目的の場所を見つけたからと言って、安全確認もせずに騒ぎ出すなど斥候としての自覚が足りない。
そう後を行く者達も思ったのだろう、直ぐにその行為を咎める様に大きな怒声が飛んで来る。
「ギャレク! 浮かれてねえで辺りを確認してこねえか!」
荒らげた声を飛ばしたのはシルバ、首元をぐるっと囲う赤褐色の立髪が特徴的な獅子族の男である。ガッシリとした体格に視線だけで人を殺せそうなその鋭い目付きは、『獣王』とも呼ばれた獅子族としての風格を存分に醸し出していた。
「わかってるって、そんな怒鳴んなよ」
いつもの事なのか、そんなシルバの怒声を物ともせず、ギャレクと呼ばれた黒豹族の男は片手をヒラヒラ振って合図を出すと、近くの木をスルスルと上って行った。
ーー彼等は『無法者』。
ヘイズ達『鉄の牙』と同じく、貧民街ギルドに登録する冒険者パーティーである。
その名が示す通り素行が悪く、碌な冒険者とは言え無いが実力はそこそこある。ヘイズが所属する『鉄の牙』とは同じ中級と言う事もあり、依頼を巡って両者が対立する事も珍しくは無かった。
そんな彼等が見下ろすのは、崖下に設置された冒険者用のテントである。
「あそこに一角兎の巣があるってのかい?」
「何百匹も居るって話だよね。もしホントなら大金ゲット出来ちゃう?」
そう艶っぽい声を掛けながら獅子族の女が二人、それぞれシルバの両腕に撓垂れ掛かる。
「ーーそうだな。情報通りなら、きっとそうなるだろうよ」
そう言って唇を舐めると、シルバは女達の腰を引き寄せ目を細めた。
◇
通常、ギルドで掲示している依頼内容は大雑把な概要のみが記載されているだけで、その詳細は依頼を受けた者にしか公開されない。
今回で言えば、貴族からの依頼であり、魔獣の討伐依頼である事とその報酬、そして特記として魔獣人が出る可能性があるとの事のみが掲示され、巣穴の具体的な場所などは記されてはいない。これは依頼の横取りや妨害を防止する為である。
では、どうして依頼を受けた者しか知らない筈の一角兎の巣穴の場所を『無法者』が知っているのだろうか?
ーーそれは昨日の夕刻近くの事だ。
「ボアが罠に掛かってないかを見て回る」と言う面白味の無い依頼を終えて帰路についていた『無法者』の一向は、偶然川の中州に引っ掛かる不恰好なイカダを見つける。
「おいっ、ありゃあ行き倒れじゃねぇか?」
イカダの上でピクリとも動かない二人を見たギャレクは、その身ぐるみを剥いでやろうと周囲が止める間も無く川へと飛び込んだ。
「あいつ、また勝手に……良いのかいシルバ?」
「今日の依頼はしけてたからな、ラッキーじゃねえか」
小ぶりのボアを背負いながらシルバはフンッと鼻を鳴らした。
「ヒュー! おいおい、誰かと思ったらこりゃあ《ワンバイト》のヘイズだぜ! もう一人は……え~と、ただのガキだな!」
「《ワンバイト》だぁ? まだ生きてんのか? おいギャレク、面倒臭えから殺すなよ」
既に死んでいる者の装備や金を奪うーーそれは最初に見つけた者の権利である。
時には弱っている者にトドメを刺して金品を奪う、なんて事もあるが、高価な回復魔法を受けられぬ者達にとってそれはある種の情けでも有った。
しかしその相手が同じ街の冒険者であれば少し話が変わってくる。素性の知れない旅人とは違い、その死に方に不審な点が無いか身内からギルドへ調査依頼が入る事もあるし、万が一殺したのがバレたらなら相手方のパーティーメンバーが報復しに来る事だってある。
格下であれば返り討ちする事も可能だろうが、同格である『鉄の牙』と事を構えるのはリスクが高過ぎた。
「ちっ、なーんも持って無ぇ…………どうするシルバ? まだ息はあるみてぇだけど」
一通りの物色を終わらせたギャレクは、ヘイズ達が金はおろか、武器すら持っていない事を知って露骨につまらなそうな顔をする。
「ーー関わりたくねぇな。そのイカダ、蹴って川に流しちまえ」
シルバはまるで犬でも追い払う様にシッシッと手を払ってギャレクに言った。
「はぁ? わざわざ流すのか? このまま放っておきゃ良いだろ?」
興味の失せたギャレクは面倒だと両手を上げて訴える。
「馬鹿ねー、それはシルバの優しさよ」
「川に流すのが、か? 別に優しかねーだろ」
「このままじゃ死ぬのは確実だけど、街まで流されて行く間に誰かの目に留まるかもしれないでしょ?」
「はー、それが優しさねぇ……でも、この傷じゃあ街までは持たねえ気もするけどな」
《ワンバイト》のヘイズと言えば、貧民街ではそこそこ知れた名の男である。そんなヘイズにこれ程の傷を負わせるとは相手は一体何者だろうか?
「ほぅ、そんなに深い傷なのか……どんなだ?」
少し興味をそそられたシルバは、もっと傷を調べるようギャレクに指示を出す。
「…………熊、いや違うか。とにかくデケェ爪痕だ。あー、もしかしたらアレじゃね? 森の奥に出るっちゅう噂の魔獣人」
「あり得るね、確かそんな依頼があった気がするよ」
「そういや、あの貴族からの依頼を受けたのはヘイズだったか……」
おいしいとは思いながらも、結局誰も手を出さなかった依頼である。誰が受けたか何て噂は直ぐに広まる。
「馬鹿だねぇ、欲に目が眩んだのかねぇ?」
あれ程の傷を負っていると言う事は恐らくヘイズは魔獣人に負けたんだろう。だがシルバの知るヘイズは決して馬鹿では無い、寧ろ慎重で狡猾な部類であった筈だ。
(あいつが無策で挑むとは思えねぇ。なら相手の魔獣人もそれなりにダメージを負ってるか? 確か依頼は魔獣の討伐で魔獣人は関係無かった筈だな)
ーー今なら魔獣人に邪魔される事無く魔獣を狩れる。
そう考えたシルバは、川へ蹴り出そうとイカダの縁に足を掛けたギャレクを止めると、自らも川へ入りイカダへと向かう。
そうして意識の無いヘイズの襟首をグイと掴み上げ、激しく身体を揺さぶった。
「おう、起きろっ! このシルバ様がお前を助けてやる」
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