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228・お姫様

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「ーー全くの誤解なんだよ!」

 俺は硬い地面に正座をしながら、仁王立ちするシェリーに向かって必死で弁明を開始する。

 今となっては何故あんな事をしたのか俺自身にだって分りゃしないが……結局の所、俺は自分が思ってた以上にテンパっていたって事なんだろう。
 前の世界じゃ知識はあっても実際に人命救助する機会なんて無かったし、こっちに来てからは「回復魔法士」が対処してくれていたしなぁ……。

「えーとだな、俺の故郷世界じゃ目を覚さないお姫様にはキス、みたいな? 話があってだな……つまり、それと人工呼吸が混ざったと言うか、こんがらがったと言うかーー」
「は、はぁ!? お姫様にキスって! な、何だよ、急に、意味が分からねえって!」

 俺だって分からない、分からないが嘘は付いていない。白雪姫やオーロラ姫が王子様のキスで目覚めるなんて話は元の世界じゃ誰もが知っている事であり、なんならカエルを王子様に戻したのだってキスであるーーまだ子供だったあの頃の俺はキスの万能さに驚いたものだ。

 しかし、何故か魔法がこんなにも蔓延はびこるこの世界には魔法みたいな接吻キスでお姫様を救う王子様は居なかったらしい。
 今回の事柄は互いの共通認識が無いと伝わり辛いんだけど…………いないのかぁ、接吻キス魔法士。

「いや分かる、分かるよ! 意味分からないよな? でも、俺はあの時、ふざけてた訳じゃない、本気マジだったんだ!」
「ーーは、はあっ?」

(此処だッ、上級謝罪『連続土下座』発動!!)

 俺は正座のまま何度も額を地面に打ち付ける上級謝罪『連続土下座』を発動する。

 相手に謝罪を受け入れさせる為には「お詫びの品を差し出す」「それっぽい理屈を並べる」「泣き落とし」など様々な手法があるが、経験上「相手が引く程の圧倒的な態度パフォーマンス」に勝る物はない。

 此処で危惧されるのが「文化が違う異世界で日本式の謝罪が通用するのか?」と言う事だが、実はこの上級謝罪である土下座は異世界でもちゃんと通用する。
 魔法発動の引き金トリガーである両手を相手に見せる様に地面に伏せ置く事が、降伏している証に捉えられるのだ!

 まぁ、俺以外にやってる奴は見た事ないけど……。
 
本気マジって…………いやっ、それでもっ! き、急に…………その、キ、キスとか……駄目だろっ!」

 ゴンゴンと地面に額を打ち付け始めた俺に圧倒されたのか、シェリーは歯切れ悪くそう言うと、腕を組みながらプイッと顔を背けた。

(よし、効いてる!)

 流石、上級謝罪だ。明らかにシェリーの態度は最初よりも軟化し始めている。だが、ここで止めるのは三流。許しが言葉になるまでは土下座を継続すべきだ。

「マジ悪かった! この通り!」

 鳴り止まないどころか更に勢いを増す『連続土下座』の音が洞窟に響く。シェリーは暫く何やらモゴモゴと口籠っていたが、遂に「はぁーっ」と大きな溜息を吐き出し肩を落とした。

「ーーまぁ、アンタの気持ちは分かったよ。分かったけどさ! ……ちょっと強引過ぎるだろ? アタシにだって気持ちの整理ってもんが……」

「気持ちの整理?」

 俺は今回の人工呼吸キス未遂は、あくまでシェリーを助ける為の行動であり、決してよこしまな気持ちは無かったーーって事を伝えたかったのだが……気持ちの整理とはどう言う意味だろう?

 キョトンとしたまま顔を上げると何だかモジモジしているシェリーと目が合った。

「……………?」

 暫くの沈黙の後、バツが悪かったのか、シェリーは急に両手をバタバタさせ早口で捲し立て始めた。

「だ、だからっ! 今はそんな話してる場合じゃないだろって事だよ! ヘイズの兄貴が無事に街に着いたかも分からねぇし、ガウルの怪我だってーーだから……そ、その、その話は、色々全部終わってからな!」

「全部終わってから……か、」

 今回の件が終わってから改めて皆の前で糾弾されると言う事だろうか? いや、シェリーの声に先程の怒気が感じられない事から、逆に挽回の猶予を貰ったと見るべきか。

(街に戻るまでに、何とかシェリーの機嫌を取る方法を考えなきゃだな)
 
 俺は未だブツブツと小さく呟くシェリーの赤い横顔を見ながら、気合いを入れる様に拳を握り締めた。





 お姫様ーーそれは言わずと知れたこの国の王様の娘である。

 自分の街を治める領主でさえ見た事が無いシェリーにとっては雲の上の存在。しかし、シェリーを始めとする孤児院の子供達は、王様とその四人の子供達の話を良く知っていた。

「お姫さんってのはよ、キラッキラした宝石をそこら中に付けた高かそうな服ば着てんのよ。でなぁ、立派な騎士様をズラッと引き連れてよぉ、あそこの家くれぇデッケェ馬車に乗ってんだぁ」
「家くらいデカい馬車!? 見たい!」
「ーー見たい!」
「ばーか、騙されるなよ。そんな馬車あっても引く馬がいねぇっての」

 昔、王都ギルドの仕事をした事もあると言う鼠族のハーベスト爺。月2回ある教会での炊き出しを目当てに来るこの爺が、お返しとばかりに子供らに王都での話を語って聞かせていたからだ。

「お姫さんの行列が行っちまった後になぁ、一粒くれぇ宝石が落ちちゃいねぇかってなぁ。大通りにへばり付いては衛兵に睨まれたもんよ、あひゃひゃ」

 そう言って、ハーベスト爺はシワだらけの顔を更にクシャクシャにしながら笑う。

 彼の話は創作が多過ぎて『ホラ吹きハーベスト』だなんて言われてはいるけれど、お姫様が綺麗な服を着て、立派な馬車に乗り、強い騎士に護られた特別な存在だと言う事は嘘では無いのだろう。
 少なくとも、くたびれた服を着て、素足で屋根を逃げ回る毎日を送る、今のシェリーとは真逆の存在である事だけは確かだ。

 そんな対極ともいえる自分が「お姫様」だなんて言われる日が来るなんて思ってもみなかった。
 例えそれがその場凌ぎの出まかせだったとしても、男勝りな姉貴肌で通してきたシェリーの乙女心を揺らすのに「お姫様」は充分過ぎる口説き文句ワードだったのだ。

(アタシが……お姫様だって? くふっ、悪くねぇな)

 緩む口元を隠す様に顔を背けてはみたものの、耳まで紅潮しているのが自分でも分かる。ここが薄暗い洞窟の中で良かったとシェリーは尻尾を震わせる。

「あー、それにしても随分とアチィな……この巣穴、こんなんだっけ?」

 両手でパタパタと火照ほてった顔を煽ぎながら、照れを隠す様にワザと怪訝そうな声を出す。

 確かにシェリーの感情抜きで周囲は尋常では無い程に蒸している。今が夏なら分かるがこの暑さは一体……。

「おっ、気付いた? シェリーが酷く震えてたからさ、巣穴に木炭を持ってきて焚き付けたんだよ。サウナみたいで暖まるだろ?」
「木炭って、そんなもん一体どっから……」

 巣穴の角を見ると確かに木炭が静かに燃えているが見える。だが、ヘイズが用意した道具の中に木炭みたいな高価な物は無かった筈だ。

「朝に盛大な焚き火をしてただろ? それが土の中でうまい具合に炭化してたんだ」

 炭を作るには本格的な炭窯でやるものからドラム缶や一斗缶を利用した比較的簡易なものまで様々あるが、一番原始的な方法として「穴焼き」と言うものがある。
 穴の中で火を焚き、燃えてる最中に埋めてしまうと言う至ってシンプルな物だ。

 どうやら魔獣人マレフィクスを追い掛ける際に焚き火の火を消そうと土を被せたのが「穴焼き」と同様の効果をもたらしたらしく、外には大量の木炭が出来上がっていたのだ。

「…………全く、高価な炭を使って魔獣の巣穴をサウナにしようだなんて考えるのはアンタぐらいだろうよ」

 呆れた様にそう言ってシェリーは外へ出る。
 冷たい秋の風が心地良い、冷えた身体はすっかり熱を取り戻していた。

「もう出るの? 折角作ったのに……」

 巣穴から顔を出した男が残念そうに呟く。

「あれ以上いたら干からびちまうよ! それに……もう夜が近い……」

 そう言って空を見上げるシェリーの声にはどうしようもない憂いと不安が込められていた。

 無理も無いーーもうじき巣穴で眠る何百もの一角兎アルミラージが一斉に動き出す夜が来るのだから。
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