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225・滝壺からの脱出
しおりを挟むシェリーの手を取り、常人では到底進む事が出来無い水流が渦巻く難所へと向かう。ここを突破出来なければ俺達に待っているのは冷たい死だ。
(さぁ、行くぞ!)
合図の代わりに握った手に力を込めるが、グッタリとしたシェリーからの返答は無い。
ーーだが、それで良い。
水難救助時に浮き輪などが無い場合、溺れている者が一旦沈むまで待機していた方が良いとされる。何故なら、不用意に近付くとパニックになった溺れている者がしがみ付いて来るからだ。こうなると、どんなに泳ぎが得意な者でも一緒に溺れてしまう恐れがある。
酷いようにも見えるが、二人が助かるにはシェリーが酸欠で目を回している今の状態がベストなのだ。
四方八方から襲い掛かる水流は、まるで実態の無い水龍が体当たりをして来るみたいな衝撃を生み出す。それを力で捩じ伏せ、井戸みたいに上へと伸びる滝壺を進んで行く。
暗い岩に閉ざされた冷たい水の世界には、魚は勿論の事、揺らめく水草一つも見えない。殺風景さに関してはコンクリートで造られたダイビングの練習用プールと変わらない。
大きな手の平で水を掴む様に水を掻く度、そしてくっきりと筋肉の凹凸が浮かぶ健脚が交互に水を蹴る度に、身体に掛かる水圧が増して行くのをひしひしと感じる。
一体、水面近くではどれ程の水圧になるのだろうか。
(俺の筋力を舐めるなよ! このくらいの水圧……力で押し通るっ!)
しかし、シェリーがモガモガと懸命に溺れていた辺りを過ぎて、水面まで後10m程と思われる場所まで来ると、急に見えない壁が立ち塞がっているんじゃないかと思う程に身体が全く進まなくなった。
それどころか休み無く泳ぎ続けていると言うのに、ジリジリと押され始めたではないか!
(覚悟はしてたけど……水圧、半端無いな!)
例えるなら、10台くらいの放水砲を常に真上から浴び続ける様な水圧。
放水砲とは機動隊などが暴徒鎮圧時に使う非殺傷武器である。非殺傷武器とは言え、その威力は15m先から直撃を受けた人の顔面を骨折させた上に、片目を失明させた事例がある程に強力だ。
しかも此処から先は1センチ毎に水圧が高まって行く。少しでも力を抜けばあっという間に数十メール湖底へと押し戻されそうだ。
少しでも泳ぐのを止めるとアウトな究極の有酸素運動っぽい無酸素運動ーー想像の100倍辛い!
そんな尋常では無い水圧の中、俺は今までのバタ足を使ったクロールに近い泳法から、魚の様に身体を滑らかにくねらせる泳法へと切り替えた。
ーー身体を取り囲む水の抵抗がガラリと変わり、先程の鈍重はどこへやら、俺の身体は一気に水を掻き分け急浮上して行く。
上半身の力を腰から下に、しなりと筋力を使ってロス無くスムーズに伝えるこの泳法は、水中を生きる獣人、魚人や人魚が得意とするものだ。
腰への負担が多い為、ギリギリまで温存していたが、今こそ解放する時だ!
えっ、何でそんな泳法を使えるのかって?
だって俺は、娼館での特訓を経て人魚直伝ドルフィンキックを習得しているからね!
60分間、人魚三人ががりでみっちりと教え込まれたドルフィンキックは、最終的に「そこらの魚人にも負けないんじゃない?」と人魚のお姉さんからお墨付きを貰うまでとなっている。
ーーあの時の60分は、決して無駄じゃなかったのだ!
しかし、魚人にも負けぬ泳法を使っても、滝壺の入り口に近付くに連れ水圧は更に強まり、俺は再びジリジリと一進一退を繰り返す事になる。
そりゃそうだ、残念ながら俺にはヒレも水掻きも無いのだ。いくら魚人と同じ泳法が使えても、根本的に身体の造りが違う。
しかも俺の手にはシェリーの手が握られている、ここで片手しか使えないのはキツい。
(くそっ、足ヒレみたいなのがあれば……いや、せめて両手が使えたらっ!)
そう思った瞬間ーー、
「ゴボッっ!?」(あっ!?)
シェリーを掴んでいた手が、ヌルリとした感触と共に………………抜けた。
ーー血だっ!! シェリーの手から流れる血が俺の手を滑らせた。
一瞬だった。
吸い込まれる様に深く沈んでゆくシェリーの姿が見る見るうちに遠ざかって行く。
(しまった! シェリー!!)
しかし、俺は追いかけるのを躊躇った。
実は思ったよりも筋力を使った所為で酸素が足りない。今からシェリーを追いかけ、再びこの難所に挑戦するのはーーーー無理だっ!
(一旦上に行って、一呼吸してからまた潜るか? いや、シェリーは既に溺れてる状態だ、これ以上時間を掛けるのは不味い!)
水に落ちてから3分は経過している。シェリーの意識が無くなったのは1分前、獣人の心肺機能は人のそれよりも強い様だが……もっても5分くらいか?
その後は蘇生したとしても言語障害などの後遺症リスクが格段に上がる。
そして、そのリスクは当然俺も同じ。
(それでも……それでも、見捨てる訳にはっ!!)
俺は泳ぐのを止め、ダラリと脱力したまま流れに乗って下降して行く。
しかし、そんな俺に更なる最悪が降り掛かる。死体の様に水流に流されながら、フラフラと漂っていた魔獣人の長い手が沈むシェリーの腕を掴んだのだ!
(ーーッ!? ア、アイツっ。よりによって一刻の猶予も無いって時に!)
酸素残量など気にしている場合では無いと、俺は流水に任せていた身体に力を込めてシェリーの奪還へと向かう。もう既にこの時点で俺がシェリーを無事に水面まで連れ戻る可能性は無くなった。
ーー滝が止まるような奇跡でも起きない限り。
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