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216・僅かな希望
しおりを挟む濡れた鉄梯子に苦戦しながら、シェリーは必死に滝の頂上を目指す。
「はぁ はぁ はぁ うわっ!? ーーっぶねぇ」
片足を踏み外し梯子にしがみついたシェリーは、ふと頂上を見上げた。暗い灰色掛かった霧が、段々と薄く白くなってきたのは太陽の光が近い所為だろうか?
予想した通り魔獣人が梯子を登ってきている気配は無い。あの体格で人族用の梯子は流石に無理があったのだろう。時折魔獣人の憤りを示すかの様にガチャガチャとした鎖を引っ掻く様な音が聞こえてくる。
(……このまま行けば、もしかしたら逃げ切れるんじゃないか?)
行き当たりばったりの行動だったが、ここに来て一筋の希望が見えてきた。
勿論ーーこの場を運良く逃げ切れたとしても無事に街まで戻れる保証など無いし、森には魔獣人の他にも赤熊や大猪などの猛獣は居る。夜になればそこら中が一角兎で溢れかえるだろう。
ヘイズとガウルの行方だってどうなったかは分からない。丈夫な舟じゃ無く、素人丸出しのシェリーが作った浮いてる木の寄せ集めで川を下って行ったのだ。途中で崩壊し街まで辿り着けて無い可能性だってある。
「あと少し、あと少しで頂上だ」
状況は何一つ好転してはいないがーーそれでも、その僅かな希望は疲労したシェリーの心と体に力を与えた。
柔らかな肉球で冷たい鎖を掴み、力を込めて身体を引き上げる。
掴んで引き上げるーー単純な動きだが、これがそれなりに神経を使う。木に、壁に、屋根に、どこかに登る時に頼った自慢の爪は、濡れた鉄との相性がすこぶる悪い。刺さりも引っ掛かりもしない上につるりと滑るのだ。その為、兎に角気を付けて登るのだが、爪を出さずに登るといういつもと逆の行動が中々に煩わしい。
一段、一段、もどかしくも慎重に鉄梯子を登るシェリー。その耳が黒板に爪を立てた様な甲高く不吉な音を捉えてビクリと跳ねる。
ーーガキンッ ガッキン ギリギリギリギリキリ
「な、何? 何の音だ?」
恐る恐る下を見れば、徐々に霧が竜巻に散らされるが如く雲散していく様子が見えるーーそして、その中で何かを乱暴に引っ張っる魔獣人の姿も……。
「まさか……あれって、この梯子!?」
シェリーは握っている鉄梯子と下の様子を見比べて、頭からザブリと冷水を浴びせられたかの様に身体中に冷たい汗が流れるのを感じた。
どうにも梯子を登れ無い事に腹を立てた魔獣人が、事もあろうか鉄梯子を岩壁から引き剥がし始めたのだ。不安を煽る様な金属音は、十段毎に鉄梯子を固定している鉄杭が硬い岩壁から抜け落ちる音だった。
金属が軋み、弾け、抜けるーー強固に打ち付けらていた鉄杭も、最初の一つ抜ければ次は速い。恐ろしい音を立てながら、ボタンが弾ける様に迫る鉄梯子の崩壊。
鉄梯子の先端は迫り出す崖上で固定されている為、鉄杭が抜け落ちた鉄梯子は岩壁から離れて大きく揺れ出した。
揺れる鉄梯子は、その重量をもって他の鉄杭が抜けるのをどんどん助長する。遥か下の出来事は今やシェリーの直ぐ足下である。
「ーーう、うわぁあああ!!」
突然の浮遊感ーーシェリーは必死に梯子に抱き付くと足を絡めて丸くなる。
頂上を残し全ての鉄杭を失った鉄梯子は、天井から吊られたロープみたいに何の支えも無くなってしまった。
この宙ぶらりんの状態の梯子、足を踏ん張っても力が逃げてしまう所為でバランスが非常に取りづらく、登る難易度は前よりも非常に高くなる。
先程の鉄梯子にも苦戦していたシェリーには、只々振り落とされない様にと鉄梯子へと縋り付くのが精一杯であった。
しかし、シェリーの不幸はこれで終わらない。
大きく揺れる鉄梯子が、突如、螺旋状にグルグルと回り出したのだ。ただでさえ滑る鉄梯子に遠心力が加わる事で、暴れ馬の尻尾にでもしがみ付いてるみたいにシェリーの体はブンブンと振り回される事になる。
「~~~~ッ、う、うぐぅ」
いくら丈夫な鉄梯子であっても、支える鉄杭の殆どが抜け、更にこれ程の力を加えられてはいつまで保つか分からない。
(せっかく此処まで来たのに……アタシ、死ぬのかな……)
身動きが取れないこの状況。ふと、そんな考えが浮かんだが、直ぐにそれを掻き消す様に大声を出してシェリーは自分を奮い立たせる。
「ーーだ、大丈夫さ! もう少しで頂上なんだ。この揺れが収まったらゆっくり登ればいい。どうせーー」
『どうせ魔獣人は登っては来れない』ーーそう言い掛けたシェリーが固まる。
ーーガフッ フッ フッ
荒々しい息づかいが、シェリーの直ぐ足下から聞こえて来る。それと共に下から突き上げる様な風が梯子を大きくガシャガシャと揺らす。
(ーーそうだ、そうだった。どうしてアタシは……)
激しく吹き上がる風とそれに混じる猛烈な臭い、自分が大きな思い違いをしていた事にシェリーの顔が盛大に引き攣った。
「ーーそうだった! ここは、魔獣人がずっと過ごしてきた場所だったんだ!」
考えてみれば、何十年もこの場所を縄張りとして過ごして来た魔獣人である。岩壁にある突起や窪み、崖上まで行くルートくらいは経験から熟知していたっておかしくは無い。それに加えて風を操る事が出来る魔獣人が、何故崖上まで登れ無いと思ったのかーー。
鉄梯子では無く、風を使って山羊の様に岩壁を登る魔獣人を見ながら、シェリーは自分がただ揶揄われていた事に気付き愕然とした。
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