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215・眼鏡橋
しおりを挟む「おぉ、凄い景色だ……」
高さ30mはあろうかと思える滝が轟々と鳴り響く。遥か下方は霞んではいるが、霧の合間に薄っすらと見える群青は、きっと山の頂きから長き旅路を経て辿り着いた水流達の一つの到着点なんだろう。
逃げた魔獣人を追いかけていた俺は、いつの間にか大きな滝の上に立っていた。
滝の上に立つとは比喩でも何でも無く、俺は川の流れが落水へと変わる丁度境目に架けられた石橋の上に立っているのだ。
人ひとりが渡れる位の幅しか無いこの橋は、所謂眼鏡橋(めがねばし)というやつで、二つアーチが連なった石造りの橋である。この二つのアーチ本体と水面に映るアーチとが合わさった姿が眼鏡のように見える事からこの名が付いたと言う。
尤も水面が常に波立っているこの流れでは、眼鏡に見える事など無さそうだけど……。
「一体何の為の橋なんだろう? こんな崖っぷちに……いや、滝っぷち?」
足下を流れる水が崖下へ吸い込まれる様に落ちて行く様は、まるで大きなウォータースライダーの入り口に立ってるみたいでちょっとゾワゾワする。
結構な流れがある川なのに、こんな細い眼鏡橋が良く流されないもんだと感心するが、おそらく何らかの魔法を使っているんだろう。間違って素手で触らない様にしなければ……。
さて、何故俺がこんな所に居るかというとーー。
急にカタコトを話し出した魔獣人に驚きうっかり逃してしまった俺は、魔獣人を追い掛けて森の中へと飛び込んた。しかし、思ったより動揺していた時間が長過ぎた所為で魔獣人の姿はすっかり消えていた。
「…………あれ、どっちに行った?」
漢字で『森』って書くだけあって、見渡しても木、木、木ばかりである。せめてこれが『林』だったならもう少し先まで見通す事が出来たかもしれない。
それか、さっきみたいに枯葉を巻き上げながら移動してくれていたら直ぐに分かるのだが……そんな気配は微塵も見当たらない。
「ヤバい、完全に見失った!」
痕跡なんかを辿れたら良かったのだが、俺にはまだそんな芸当は無理である。ーー途方に暮れた俺は、ふとヘイズが言っていた事を思い出した。
『多分、川の上流に魔獣人の巣があるんだ、そこにガウルが居るに違いねぇ』
「ーーそうか、川だ!」
傷付いた魔獣人はきっと巣に戻るつもりだ。俺だって具合悪くなった時にはお家に帰りたくなるーー多分間違い無い。
つまり川を、巣を見つければ、おのずと魔獣人も見つかると言う事だ。
「ふむふむ、闇雲に森を探すよりは確率は高いな」
冴え渡る閃きに俺は胸を張る。しかしガウルを救出する為、今頃ヘイズ達が巣に居るはずだ。魔獣人が戻れば大層不味い事になるのだが……そこは自分に暗示を掛けておく。
「大丈夫、まだ慌てるような時間じゃない」
川の方角はさっき懸垂していた時に見たから知っている。魔獣人は結構弱っていたし、もしかしたら巣に戻る前に追いつく事も出来るかもしれない。
思い立ったら直ぐ行動だ、「好機逸すべからず」って言うからな。
薮を掻き分け、木を蹴り倒し、急な斜面を駆け上がるーー慣れぬ森に迷わぬ様、兎に角真っ直ぐ進んで行った結果、障害物を多く越えねばならなくなり、予想よりも時間は掛かったが、無事に川に辿り着く事が出来た。
「よし、此処から上流に…………あれ? 待てよ、此処から~で良いのか??」
ヘイズは一体どの場所から上流と言ったのか? 思い返せばヘイズが向かった方向と魔獣人が逃げた方向はまるで違う。
川は見つけたが、始発点が異なるなら上流と下流は逆転する可能性があるのでは無いだろうか?
「ーーどっちだろう?」
迷いながらも何と無しに川を下ったのは、地響きの様な大きな音が気になったからである。確証の無いまま、音を頼りに暫く川を下った先で現れたのがこの橋だ。
ーー自然しか無かった山の中に突如現れた人工物、冒険好きな男の子の興味を惹か無い訳がない。
思わず興味深々ーーいや、何か手掛かりが無いかと橋を調査していたと言う訳だ。
◇
秋特有の澄んだ青空、遠くに見える紅葉の森、石作りの眼鏡橋、そこから流れ落ちる滝水の周りには、濃厚な霧が飛び散る大粒の水飛沫と相まってキラキラと輝いている。
「マイナスイオン測定器があったら、メーター振り切ってそうな場所だな」
自分の役目を忘れ、暫し大自然と魔法建築の融合が織りなす絶景を眺めていると、霧の中に映る巨大な影に気付いた。
「ーー!? あれってもしかして……」
薄っすらと虹に包まれ、静かに発光しながら立っている巨大な影、俺の予想が正しければアレはーー。
俺はゆっくりと影に見せ付ける様にマッスルポーズをとった。
「ふんっ!」
両腕をガッツポーズのように上げ、上腕二頭筋を強調する。上腕二頭筋だけでなく、逆三角形の体型・腹筋・身体全体のバランスとひととおりを見ることが出来るボディビルの代表的なポーズ、フロントダブルバイセップスだ!
すると巨大な影も同じく見事なフロントダブルバイセップスを披露したではないか!
「やっぱり! あれはブロッケンの妖怪!」
これはブロッケン現象と呼ばれるもので、太陽が背後にあるとき、前方の霧の中に自分の影がぼんやりと拡大されて大きく映る現象だ。虹色の光が溢れる巨大な影を見た昔の山男達は「ブロッケンの妖怪」としてコレを恐れたという。
「おぉ、何だが自分のポーズをプロジェクターを通して見てるみたいだな」
異世界に来てから大きな鏡で筋肉をチェックする機会が無かった俺は、此処ぞとばかりにマッスルポーズを繰り返す。
「うん、何だか自分の筋肉がデカくなったみたいで気持ち良いな、ちょっとカットがボヤけるのが惜しいけどーーん?」
(滝の音に混ざって、揺れる鎖みたいな音が聞こえた様な……)
音の出所を探すべく耳を澄ませれば、眼鏡橋を渡った向こう岸の岩壁に鉄梯子がぶら下がっている。どうやらこの鉄梯子が時折大きく跳ね上がり、ジャラジャラとした音を立てていたらしい。
「梯子…………揺れてるって事は、誰か登ってきてるのか?」
俺は素早く橋を渡ると、異様に揺れる鉄梯子を四つん這いになって覗き込む。
すると5mくらい下で、子供が悪戯に振り回す神社のガラガラ(鈴緒)みたいに、ブンブンと激しく揺れ動く団子みたいなものが目に入る。
「シェリー?」
良く見れば、それは宙吊りになった鉄梯子に必死にしがみ付いた猫耳……いや、虎耳だった。
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