筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
上 下
214 / 286

214・鉄梯子

しおりを挟む

「グガッ グゥラァアア」

 必死の挑発の甲斐あってか、魔獣人マレフィクスの興味は完全にヘイズ達から外れた。魔獣人マレフィクスは身体の向きを変え、正面にしっかりシェリーを見据えると、再び暴風を纏って周囲に水飛沫を飛ばし始めた。大量の水飛沫を上げるのは先程ヘイズに向かって行った時と同じ行動である。

「ーーこっちに来るっ!」
 
 そうシェリーが思った途端、湖から物凄い突風が吹き付けた。息を吐き出せぬ程の突風に思わず細めた視界の先で、荒々しくも向かって来る魔獣人マレフィクスと、その背後で川へと流れ出すイカダが見えた。

(兄貴達は……ちゃんと乗ってる。ーー良かった)

 徐々に遠ざかるヘイズの声を聞きながら、シェリーはホッと胸を撫で下ろす。

 一先ず魔獣人マレフィクスをイカダから引き離す事には成功したーーが、相手は水の上を走る様な奴なのだ。何かの拍子で逃げたイカダへと向かう可能性だってある、まだまだ安心は出来ない。

(もっと、もっと、離さなきゃ)

 そう考えたシェリーは、更にイカダと魔獣人マレフィクスの距離を離すべく、川とは反対側ーー魔獣人マレフィクスの「巣穴」がある滝を目掛けて走り出した。

「そう簡単に捕まってやらないよ!」

 さっきまで萎縮していた身体が吹っ切れた様に軽い。それもその筈、シェリーは日常的に衛兵や大人達に追いかけられては、壁を登り、屋根を飛び越え、狭い道を駆け回るカーポレギアの一員だ。逃走劇は一八番おはこである。

 その中でも、仲間を逃す為に敵対心ヘイトを集め、相手との距離を適度に保ちながら逃げる「殿しんがり」という役目。
 逃走劇において花形とも言えるそれは、最早一つの「技術」と言っても良いだろう。

 カーポレギアの幼年組と年小組を束ねるシェリーはその「技術」の使い手であり、という獣のサガが抜けずに真っ直ぐ向かって来る魔獣人マレフィクスは、正に格好の餌食であった。

「ほらほら、こっちだぞ!」

 風を使って水上を走る魔獣人マレフィクスの速度は圧倒的ではあるが、それはあくまで水上での話。水を滑る様に走る魔獣人マレフィクスと、しっかりと足爪で大地を蹴り陸を駆けるシェリーでは断然シェリーの方が速い。

 草を掻き分け、石を飛び越え、泥を後ろに飛ばしながらシェリーは駆ける。

 目指す先にある滝は、流水が長い時を経て岩壁を削り取り、滝の両端が前面に迫り出すV字の様な構造を形成していた。
 その迫り出した岩壁の内側には、岩壁に段々と鉄棒を突き刺す事で出来た、アスレチック遊具みたいな階段がある。これがヘイズが滝裏にある魔獣人マレフィクスの巣穴へと潜入した時に使った階段であり、恐らく過去の聖職者達が作った物だ。

 その粗末で不安定な階段を公園にある雲梯うんていの上を得意げに歩く子供の様に、何ら危なげなく駆け上がったシェリーだったが、巣穴がある中腹まで来ると急に失速し、遂には崖上を見上げて立ち止まってしまった。

 頂上に近付く程に手前に傾いた壁ーークライミング用語で言えばオーバーハングした岩壁には流石に設置出来なかったのか、階段は長い鉄梯子てつはしごへと変わっていた。
 鉄梯子と言っても真っ直ぐな支柱の有る梯子はしごでは無く、くさりで出来た縄梯子なわばしごの様な物だ。硬い岩壁へしっかりと固定されているので、グラグラ揺れる心配は無いが、オーバーハングした頂上付近では、やや仰け反りながら登る事になりそうだ。

「…………チッ、梯子かよ」

 大きめな自分の手を見つめてシェリーは舌打ちする。人族ヒューマンとは違う、しっかりと物を事が苦手な獣人の手では、垂直に伸びた梯子を掴み、登るのは難しい。

 それでもシェリーは梯子に手を掛けると、グイっと腕に力を込めて一歩一歩慎重に登り始めた。





 細かな水の粒子が多く飛散する滝のそばは、大量に発生した冷たい霧が立ち込めていて、シェリーの身体を包み込んで毛皮を湿らせた。そこに吹き付ける高所特有の強い風は、シェリーの体温を容赦なく奪っていく。
 霧も濃く、見下ろした鉄梯子の始まりはもう霞んで見える。崖上もまた霧がかかって先が見えず、まるで無限に続く雲の中を登っているかの様な気分だ。

(兄貴達は無事逃げれたかな……)

 ヘイズ達が乗ったイカダが川へ出てから10分は経っただろうか……いくら魔獣人マレフィクスでも追いつけぬ程に距離は稼げた筈だ。

 魔獣人マレフィクスを引き離す「殿しんがり」の役目を無事終えたシェリーだったが、滝の方へと逃げたのは妙案があっての事では無く、責任に突き動かされての咄嗟の行動であった為、実はその後のプランが一切無い。
 
(これから、どうしよう……)

 結局どう悩んだ所で逃げる事しか出来ないのではあるが、同じ陸を走るなら速度もスタミナも魔獣人マレフィクスが上だ、とても勝てそうに無い。
 唯一逃げ切れるとすれば、魔獣人マレフィクスがこの滝を登ってこれない場合だ。迂回するにもかなりの時間が掛かり、シェリーが逃げ切れる可能性はグンと上がる。

「うわっ!?」

 注意が散漫になったのか、ズルリと片足が滑り落ちた。慌てて梯子に縋り付いたシェリーは、眼下に広がる絶景に肝を冷やす。
 彼方此方あちらこちらにゴツゴツとした岩が飛び出している岩壁だ、この高さから落ちれば一溜りも無い。運良く滝壺に落ちたとしても、絶え間なく落ちる水流が身体を湖底へと縛り付けるだろう。
 更に言うならば、鉄梯子のすぐ右後方には滝水が叩く様に落ちていて、誤って腕でも伸ばそうものならば大量の水圧に殴られ遥か下まで叩き落とされるーーまさに危険と隣り合わせな道である。

 濡れた鎖は滑り易く、シェリーの爪も上手く引っ掛からない。せめて木製の梯子ならばとも思ったが、この湿気ではすぐに腐り落ちてしまうのだろう。
 元々が聖職者達が自分達人族ヒューマン用に掛けた梯子である、獣人が登り易い様には作られてはいないのだ。


「グルォオン!」

 そうこうしている内に足下から大きな唸り声が聞こえてきた。魔獣人《マレフィクス》が滝下へと到着したのだ。

「大丈夫……梯子は登ってこれない。大丈夫」
 
 シェリーはそう祈る様に呟きながら、少しだけ登る速度を速めるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。 勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。 事態は段々怪しい雲行きとなっていく。 実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。 異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。 【重要なお知らせ】 ※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。 ※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

偽りの恋人と生贄の三日間

有坂有花子
ファンタジー
三日目に生贄になる魔女が、騎士と偽りの恋人としてすごす三日間 「今日から恋人としてすごして」 珍しい容姿と強い魔力から『魔女』と疎まれていたリコ。ともにすごしてきた騎士のキトエと、辺境の城で三日間をすごすことになる。 「三日だけだから」とリコはキトエに偽りの恋人として振るまってほしいとお願いし、キトエは葛藤しながらもリコのお願いに沿おうとする。 三日目の夜、リコは城の頂上から身を投げなければならない、生贄だった。 ※レーティングは一応です

処理中です...