筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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211・責任

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「ーーっぷは! はぁ はぁ」

 浮上したヘイズに最初に襲い掛かったのは強烈な怠さであった。まるで夜通し遠泳でもしてたかの様な疲労感、イカダが近くで漂っていなければ、溺れていてもおかしくない程にヘイズは疲弊していた。

 血を流した事に加え、元々ヘイズやシェリー達の様な獣系獣人は、一部の例外を除いて余り水が得意では無い。
 灰色狼獣人のヘイズの場合、短時間の水泳や潜水は問題無くこなす事が出来るが、戦闘となれば話は違う。

 長い毛皮は水を吸い、重くなって身体に纏わり付く為に動きが極端に制限されてしまうし、何より水中では呼吸が続かない。その為、獣系獣人は水中戦には消極的だ。

「はぁ はぁ ーーア、アイツはどこだ?」

 浮かぶイカダのへりにしがみ付き、ヘイズは魔獣人マレフィクスを探す。すると直ぐに、派手な水飛沫を上げながら水上を駆け迫る魔獣人マレフィクスが目に入る。

「何でもアリかよ……」
「グァオオオ!」

 まるでホバークラフトの様に周囲の水を巻き上げながら迫る魔獣人マレフィクス。そのスピードは陸を駆けるのとなんら遜色が無い。どうやら水がかせになっているのはヘイズだけの様だ。

(風が使えるだけで、こんなにも違うもんなのか)

 同じ獣系でありながら、風を上手く使い何の支障無く水上を動き回る魔獣人マレフィクスに、ヘイズは嫉妬、そして憐れみに似た感情を抱く。

「ーー勿体ねぇな」

 もしも、ただ普通に孤児として、シェリーの弟として育っていたならば、一体今頃どれ程の男になっていた事だろうか。無論、魔獣化する程の魔力が無ければ、これ程の風は起こせ得ないので完全なるヘイズの夢想ではあるのだが……。

 僅かに浮かんだ憐憫れんびんの情をかなぐり捨て、ヘイズは吼える。

「来るなら来やがれッ! タダじゃ死んでやらねぇぞ!!」





「あうっ!」

 一方、最初に魔獣人マレフィクスが放った風圧の余波を受け、湖とは反対方向へと吹き飛ばされたシェリーは、受け身も取れぬまま岩壁に背中を打って地面に倒れていた。

 肺の空気無理矢理押し出され、身体中の酸素が無くなってしまったかの様な感覚に目の前が暗くなる。

「かっ はッ はッ はぁっ 」

 浅い呼吸を繰り返し、必死に空気をかき集める事で何とか意識を繋ぎ止めるが、頭は混乱の極みだ。

 ーー何が起きたのか分からなかった。

 急に目の前に魔獣人マレフィクスが現れたかと思ったら、足下が爆ぜて、その後に何かに押し飛ばされたーー恐怖で視野の狭くなったシェリーには、それくらいの事しか分からない。

 岩壁に手を付きながらフラフラと立ち上がると、随分遠くまで流されたイカダと、その近くで水中へと沈んでゆくヘイズが見えた。

「あ、兄貴……」

 先程までヘイズが居た場所では、魔獣人マレフィクスが恐ろしい声を上げながら辺りを見回している。どうやら自身が周辺一帯を吹き飛ばす際に起こった波風によって二人を見失ったらしい。

 シェリーは咄嗟に近くに生えている草の中へとしゃがみ込んだ。

(なんで魔獣人マレフィクスがここに……アイツが押さえてる筈じゃ……)

 あの自信のある態度にシェリーは根拠も無くすっかり信じてしまっていたが、やはり一人では無理があったのだろうか? 

 頼れる者が誰も居なくなったこの状況、最早シェリーに残されたのは逃げる事だけである。

(ど、どうしよう……そうだ、戻って、助けを呼ばなきゃーー)

 それが何の解決にならない事だと知りながらも、ゆっくりとシェリーは後退る。
 恐らく助けを呼んで来た頃には誰一人生きてはいない。しかし、逃げ出すなら魔獣人マレフィクスが此方を見失っている今しか無い。

(…………でも、)

 「ギルドに報告する」最初にそう言ったヘイズを引き止め、危険だと説かれれば反抗し、遂には無理矢理ガウルの救出を優先させる様仕向けたのは誰だったか。
 そんな自分が、自分だけが逃げ出すのは許されるだろうか?

 シェリーは孤児達を纏める立場からなのか、変に責任感が強い所がある。
 それは野良犬ストレイ・ドッグに逃げられた時に、わざわざ失敗した事を依頼主まで報告しに行った事からも分かるだろう。そんなシェリーだ、魔獣人マレフィクスへの恐怖よりも、自分が無理に押し通した事柄によって起こった今の現状に切迫感が募っていた。
 何より、この惨状を起こした原因であるあの魔獣人マレフィクスはーー

「…………アタシの、弟だ……」

 思っていた姿とは違うし、意思疎通すら不可能ではあったがーー臭い、雰囲気、そして何より姉としての直感から、確かにあれはシェリーの弟であった。
 そして悪事を働く弟に、姉であるシェリーは何をすべきか。自分の言い出した事によって引き起こされたこの事態にどう責任を取るべきか。

 全ての元凶が自分にある様な気がして、気がおかしくなりそうだった。

 オロオロと湖を見れば、ボロボロに傷付いたヘイズが抱き付く様にイカダに縋るのが見えた。生きていたその姿にホッと胸を撫で下ろすが、危機が去った訳では無い。更なる攻撃を仕掛け様と愚弟が向かって行くのが見えたからだ。

「駄目な弟を叱るのは……姉ちゃんの、アタシの役目だ……」

 シェリーは震える指で地面に刺さる短槍を拾い上げると、何かに追われる様に湖に向かって走り出した。
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