209 / 285
209・身体強化【ブースト】
しおりを挟むギシギシと軋むイカダを押し進むヘイズの足下をキラキラした小魚の群れがワッと通り過ぎたーー途端、ヘイズの腹がグゥと鳴る。
(そういや、腹が減ったな)
空を見上げれば、霧でボヤけた太陽が丁度真上に見えた。当初の計画通りに行けば、今頃三人で一角兎の丸焼きでも頬張っていた頃だろう。
(獲物の数は多い、ガウルは居る、魔獣人にも襲われるーーったく、今回は予定外が多過ぎだ)
折角の好条件だったが依頼の方は諦めざる得ない。
出直したくとも、もう既に何体かの一角兎を殺してしまった。用心深い魔獣だ、仲間の死骸を見れば早々に巣穴を変えてしまう事だろう。
一瞬、依頼失敗の違約金の事が頭を過り渋面を作るヘイズであったが、青白いガウルの寝顔を見て「命あっての物だ」とすぐに考えを改めた。
(だが何の道金は必要なんだよな、何か割の良い依頼が直ぐにありゃ良いんだが……)
ガウルの治療には金が掛かるーー当たり前だが聖職者が行う回復魔法はタダでは無い。お布施と言う名の高額な治療費が必要となる。
ガウルは教会が管理する孤児院の子であるが、それとこれは別の話。いくら優しいティズでもそこの区別はしっかりする筈だ。
お布施が教会を運営する大切な資金源と言う事もあるが、そんな事がまかり通ってしまうと、治療の必要な子供をワザと教会へ捨てる親が出てきてしまうからだ。
(まぁそれでも、即金が原則の治療費を後払いにしてくれる位はやってくれそうだが……いや、そうじゃなきゃ困る)
宵越しの金を持たない貧民街の冒険者、それはヘイズだって例外では無い。こうなると尚更依頼を失敗した事が悔やまれた。
ーービュウッ!
突然の突風に辺りが騒めく。
鏡の様に周囲の紅葉を映していた湖面はあっという間に波立って、その幻想めいた景色を乱暴にかき消した。
通り過ぎてく強風に目を細めたヘイズは、畝る波に傾くイカダの縁をしっかりと握る。
「糞っ、風が嫌いになりそうだ」
左右に大きく揺れるイカダを押さえ付け、ガウルが落水しない様に悪戦苦闘していたヘイズの鼻が、不意に何かを察知してヒクついた。
「こ、この臭いは……まさかっ!」
風に混じったその強烈な臭い……慌てて振り返ればヘイズが想定する中で一番最悪な光景が目に入るーー魔獣人と、それを目の前に固まるシェリーの姿だ。
「あ、あっ…………」
「グオガァッーーー!!」
ーー身体の芯が震える大きな咆哮が轟いた!
先程とは違い、明確な敵意に塗れたその眼光にシェリーの足が震えているのが見える。あの様子ではとても逃げられそうにない。
「な、何でアイツが此処にいるっ!? まさか、兄弟がやられたのか!」
ヘイズはすぐさまイカダから手を離すと、唸り声と共に身体中に魔力を巡らせた。全身の毛が逆立つと共に陽炎の様な揺らめきがヘイズの身体から滲み出すーー獣人による身体強化の効果だ。
「ごるぁああ!! そこから離れやがれェ!」
魔獣人に負けぬ程の怒号を上げたヘイズの槍が飛ぶ! 身体強化により一時的に底上げされた腕力を使った投槍に、槍はまるでカタパルトで発射されたかの様な力強さで飛んで行った。
立ち塞がる波を次々と突き抜け、一直線に岸へと迫る槍を見た魔獣人は、その身に吹き荒ぶ風を纏って周囲の物ごと槍を弾き飛ばす。
(あれも弾くのかよっ!? 糞厄介な風だぜっ!)
強風を纏った魔獣人に一切の攻撃が通じない事は先程の戦闘から分かっていたが、身体強化を使った攻撃も通用しないのはやや想定外。有効とは言えなくとも、傷の一つくらいは負わせられると思っていたヘイズはガックリと首を垂れる。
しかしヘイトはしっかり取れた様だ。魔獣人は唸りを上げると、吹き飛ばしたシェリーには目もくれずに湖のヘイズ目掛けて一気に空中へと踊り出した!
「グガァッ!」
岸から風を使った物凄い跳躍を見せた魔獣人、ヘイズは右を引いた半身でその場に腰を落とすと水中で二本目の槍を構えた。
落ち込んでる暇は無い、それにヘイズにはまだ試すべき事はある。
身体の軸がぶれぬ様、湖中の砂利を足で掴みしっかりと両足を踏み締める。右手で強く槍を握り、腰を捻るとバネの様に膝を縮め力を込めた。
型は違えど、それはまるで居合の一閃を放つかの様な構えである。
ーーそう、ヘイズの狙いは最速の一撃。
「さぁ来やがれッ!」
「グラァアアッ!!」
怨嗟の叫びを上げ、空から力任せに振り下ろした魔獣人の爪がヘイズの左肩に食い込むーーその瞬間、ヘイズは思い切り右手の槍を突き出した!
「その厄介な風はァ、攻撃する時には出せないんだったよなあッ!」
ーーズドッ!
魔獣人の下腹にヘイズの槍がめり込んだ!
一瞬驚いた魔獣人だったが、その動きは止まらない。今度は逆の左手で刺さった槍ごとヘイズの身体を振り抜こうとするが……「ギャッ」と言う短い悲鳴と共に、ダラリと垂れ下がった左腕が力無く揺れるだけだった。
「ーーまだぁッ!」
手首の捻りによって更に捩じ込まれる鋭い槍の穂先は、とうとう魔獣人の厚い身体を突き抜ける!
「ーーカハッ!?」
魔獣人の巨体が水に落ち、辺りに盛大に波飛沫が舞い上がる。
「うぐぁッ」
しかし、確実な一撃を入れる為、魔獣人の攻撃を躱さなかったヘイズもタダでは済まなかった。肩の肉をゴッソリと削がれ、更なる血を失ったヘイズもまた、力尽きた様にその場へと崩れ落ちるのだった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~
玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。
その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは?
ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる