筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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207・プラシーボ効果

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 ーー半ば意識を失いながらガウルが放ったあの一撃ワンバイト。それは駆け寄ったヘイズの横腹へ深々と刺さっていた。

「ーーウグッ!? ガウル、テメェなにをッ……」

 予想外の鈍痛に思わず飛び退さる。その痛みの元が自分の腹に刺さった一本の骨の所為だと理解したヘイズは驚愕に目を剥いた。

 ーーしかし、これでガウルを責めるのは酷な話。
 
 そもそもガウルは自分がこの場に居る事を誰も知らないと思い込んでいる。つまり誰かが救助に来るなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。
 朦朧とする意識の中、死をも覚悟したガウルが、自分と兄貴分の名誉の為にと繰り出した一撃を一体誰が責められようか。

 譫言うわごとの様に「ざまみろ……」と呟いて気を失ったガウルを見て、ヘイズはこの攻撃が自分では無く魔獣人マレフィクスに向けらた一撃だと気付いた。

(そうか、ガウル…………頑張ったじゃねぇか)

 自身が負った怪我よりも、弟分の成長とその覚悟に思わず頬が緩む。

 ヘイズはあの魔獣人マレフィクスがどれ程手強い相手か身を持って知っている。ガウルからすればどうやったって勝ち目の無い相手だ。そんな遥か格上相手に、満身創痍の身でありながら牙を突き立てようとしたガウルを同じ灰色狼獣人としてヘイズはとても誇らしく思った。

(不意を突かれたとはいえ、この程度の攻撃を躱せ無かったのは俺の落ち度だ)

 そうしてヘイズは再びガウルの意識が落ちるまでの間、痛みをこらえながら何事も無かったかの様に振る舞ったのだった。

「……寝たか」

 そんな痩せ我慢も今はもう必要無い、ガウルは安心感から深い眠りについている。

「…………はぁ、くっそ痛ぇ」

 改めて自分の傷を確認する。ガウルへと駆け寄った所をカウンター気味に入ったのか、骨は背中へ突き出る程では無いが腹部のかなり奥にまで達している。

 通常、体に異物が刺さった場合は抜くと出血が酷くなる為、異物は刺さったままで医者に連れて行くのがセオリーであるとされている。

「ーーぬぐぅ!」

 しかし、ヘイズは自身の脇腹から生えた白い異物を右手で握り締め、苦痛に顔を歪めながらも乱暴に引き抜いてしまった。

「…………はぁはぁ、こんなもん、見られる訳にいかねぇからな」

 そう言ってヘイズは抜いた骨を地面に投げ捨てる。

 ヘイズ程の冒険者が腹部に異物が刺さった場合の処置を知らぬ訳が無い。しかし、この骨をガウルに見られる訳にいかないと考えたヘイズは躊躇無く骨を抜く事を選んだのだ。

 案の定、無理矢理異物を取り除いた腹からは、先程とは比較にならぬ程の血が溢れて地面を濡らす。
 ヘイズは小瓶に残る僅かな液体を傷口へ振り掛け、破いた服の袖を重ねて当てると布でキツく縛り止血を施す。

「ぐぅ~~~。糞っ、このポーションが本物なら良かったんだがなぁ」

 何とか傷の処置を終えると、そう小声でぼやきながら深く息を吐く。
 ヘイズが先程ガウルに飲ませたのはポーションではない。気付け用にと常備しているとびきり度数の濃い、只の酒である。

 寒い国の人々は体を温めるために酒を飲むという。山岳救助犬が首からぶら下げている樽の中にもブランデーが入っている様に、実際、酒には血行を促進する効果がある。

 体を温め、緊張をほぐし、痛みを麻痺させて眠らせる。ガウルの身体に起こったこれらの現象は酒の効能によるものが多い。

 高価なポーションと偽ったのにも理由がある。『病は気から』とも言う様に、思い込みの効果は意外に高い。

 目隠しした状態で手首を刃物でなぞり、ポタポタと水滴が垂れる音を一晩中聞かせるだけで血が止まらないと錯覚したその人は死んだとの噂話もある。
 また、プラシーボと呼ばれる擬薬が有効成分が含まれていないにも関わらず、症状の改善や副作用の出現が見られるという割と信憑性の高い有名な話もある。

 只の酒と言って飲ませるより効果は覿面てきめんなのだ。

 しかし、この思い込みの効果は何も知らないガウルにとって有効でも、タネを知っているヘイズにはちっとも効く筈も無く……効果があるとするならば、精々アルコールによる消毒くらいなものだろう。

「さっさとしねぇと、共倒れしちまいそうだ」

 ヘイズはガウルを肩に担ぐと、痛む脇腹を片手で押さえながら、重い足を引き摺る様にして洞窟の外へと向かうのだった。




「ーーガウルっ!?」

 ヘイズに担がれるグッタリとしたガウルを見て、シェリーは持っていた板を放り出し駆け寄った。

「心配ねぇ、眠ってるだけだ……それより舟の準備は出来たか?」
「う、うん。だけど全然上手くいかなくて……」

 心配気な視線の先には、壊れた船首の後ろに板を重ね合わせただけの奇妙なイカダらしき物が湖に浮いているのが見える。
  
「水に浮かぶなら上等だ」

 そう言ってシェリーに頷き、ヘイズは早速とばかりにイカダへ近付き船首の方にガウルを寝かせる。イカダは不恰好ながらも浮力はしっかりあるらしく、ガウルを乗せても沈む事はなかった。
 その様子にホッと胸を撫で下ろしたシェリーは、何だか動きがぎこちないヘイズに違和感を感じながらも気になっていた事を尋ねた。

「なぁ兄貴、この川を下れば教会に着くってのは本当なのか?」
「あぁ、多分な……」

 湖畔に残された古い舟の残骸や部品、巣穴には沢山の小さな骨。決定的だったのは巣穴がある中腹、そして滝の上にまで伸びる木の梯子が見つかった事だ。
 風を操るあの魔獣人マレフィクスは梯子を使う必要など無いし、そもそもそんな物を作れないーー間違いなく誰か人の手が入っている。

「恐らく此処は、聖職者が魔獣化した孤児達を為の場所だ」

「森に還す為の……場所……」

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