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203・最悪の再会
しおりを挟む「なぁ…………やっぱそいつ、殺すのか?」
そうシェリーに問われた時、俺は咄嗟に答えを返す事が出来無かった。
魔獣人が魔獣化した獣人の姿ーーそう聞いた時から討伐は極力避けたいと思っていた。
バルボの馬面がチラついた所為もあるが、一番の理由はもしかしたら魔獣化は治るかもしれないと思ったからだ。
過去の日本にも『狐憑き』と呼ばれた人々がいた。彼等はある日突然体をのけ反らせ、あたかも何者かに操られているかの様に喚き、支離滅裂な虚偽を語ったと言う。
手足が痙攣し、唇を狐のように突き出す顔面の発作的症状ーー当時の人にはまるで得体の知れないモノが取り憑いた様に見えたのだろう。
対応は医者では無く行者や神職が行い、松葉で燻したり、狐が恐れる犬に全身を舐めさせるなど呪術めいた治療を施したと言う。
医学が発達した現在では、これらの症状が脳の疾患《抗NMDA受容体抗体脳炎》が原因である事が判明し治療が可能になったーーと、ネットニュースで見た記憶がある。
魔獣化は本人の許容を超える魔力が原因らしいが、これも一種の病気みたいなものではないだろうか? もしそうなら、今後それを抑え込める道具が発明され、彼等は普通の生活を送る事が可能かもしれない。
最近ナルボヌ帝国では魔道具の発展が著しいらしいから、そう遠くない未来に実現したりやしないだろうか?
だが一方で、一度でも人を襲った事のある獣は必ず駆除しなくてはならないとも聞いた事がある。
これは人の味を知った獣が人を優先的に襲うようになるかららしい。動物の中では比較的弱者に近い分類の人間ーー猟師など武器を持ち歩く一部の人間を除けば、その殆どは弱く、遅く、そして脆い。
そんな人間を獣は労せず獲得出来る獲物であると学習するのだそうだ。
人の味が美味いかどうかは分からないが、日々の食事が満足に取れず、常に飢えている野生の獣が一度でもその手軽さを覚えてしまえば、足の速い鹿など追わずに人間ばかり狙うのは当然か。
既にコイツはガウルを襲っている、血の味を知ってしまっている。このまま森へ放てばいつか何処かで誰かを襲うかもしれない。
ーーじゃあ、俺はコイツをどうすれば正解なんだ?
そんな思いが瞬時に頭を駆け巡り、シェリーの問いに答える事が出来なかったのだ。
「……………………うーーん、」
「い、いや、やっぱ何でもない! 悪ぃ、ちょっと……その、気になっただけだからっ!」
言い淀んだ俺にそう言い残し、ヘイズを追い掛けてシェリーは森の中へと入って行ってしまった。
◇
「おいシェリ坊、遅いぞ! 兄弟との離れるのがそんなに辛かったのかよ?」
遅れて来たシェリーを見て、一足先に川辺で待っていたヘイズが荒々しく声を上げた。
刻一刻と時間が過ぎて行く中、事情を知っているにも関わらず遅れた事を苛立っての態度だ。
「…………ん、あぁ大丈夫」
しかし、当のシェリーは嫌味を言われた事にも気付かず上の空だ。いつもなら「はぁ!? あんなの離れて清々するって! 近くに居るだけで暑苦しいってのにさ!」と、相手が気の毒になる程の悪態を盛り込んだ言葉を返してくる筈なのだが……。
「……そうか、まぁいい」
予想と違う反応に少し戸惑いながらも、ヘイズはこれからの移動ルートをざっくりと説明する。
先ずは石だらけの川沿いを上流へと向かい、二人で魔獣人の巣を探す。あの巨体だ、巣もそれなりの大きさがあって然るべき、見逃す事は無い筈だ。
(あっちとこっちで二手に別れるか?)
川の流れは緩やかで川幅は其れ程広く無い。川底が透ける程に泡立つ白青から深藍に変わる川の中央には、長い藻が誘う様にユラユラと揺れ、カヌーの様な小舟ならば充分に浮かべ走らせる事が出来る深さが窺えた。
ヘイズなら泳いで渡れぬ距離では無いが、何かあった時に直ぐに駆け付ける事が出来ないと考えこのまま二人で上流へ向かう事にした。
「あっち側もちゃんと見とけよ?」
早足で歩きながら、対岸にもしっかり目を配る様にと、シェリーへ注意を促すがーー。
「…………」
「おいシェリ坊、ちゃんと聞いてんのか?」
「ん、ああ、聞いてる」
今朝まではやる気に目を爛々と輝かせていたシェリー、今では何処か虚で考えに耽っている。その態度にヘイズはシェリーが魔獣人の正体に気付いた事を何と無く察していた。
(あれだけ近くで見たからな、気付かない方がおかしいよな……)
はっきりと記憶が残るヘイズと違って、シェリーが魔獣化した弟と別れたのは1歳かそこらの時である。
当時の記憶は無いとしても、これまでの話や自分と同じ虎獣人特有の縞模様、そして血の分けた姉弟だけが感じ取れる感覚的なものから、あの魔獣人が自分の弟だと確信したとしても何ら不思議は無い。
(まぁ……分かっちゃいたが、最悪の再会だったな)
十何年ぶりの姉弟再会。通常ならば感動のシーンだが、実際は会った途端に襲われるという顛末ーーシェリーのショックは大きかったに違い無い。
(この調子じゃあ、役に立ちそうにはねぇな……)
それどころか足を引っ張る事になりそうだ。同情はするが今はそんな余裕が無いのも事実。このままではガウルの救出にも影響が出ると、意を決したヘイズはシェリーの肩を掴み足を止めた。
「シェリ坊、ちょっと止まれ」
「ん、ーー大丈夫、ちゃんと見てるから……」
地面に目を落とし、見当違いな返事を返すシェリーの肩を強く揺さぶる。
「ちゃんと聞け、さっきの魔獣人……いや、お前の弟の事だ」
「お前の弟」と、ヘイズの口からはっきりと言われた事にシェリーの目は大きく見開いた。
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