189 / 287
189・着火
しおりを挟む兎肉ーー柔らかく脂身が少ない肉であり、今の日本ではあまり食す事が無い食材である。
しかし過去には、「坊さんが四つ足の動物は食べないと言う戒律の抜け穴として、兎を鳥と見立てて食べていた。それで兎の数は一羽、二羽になったのだ」
ーー何て話がある程には良く食べられていたらしい。
俺も昔、ちょっと洒落たフランス居酒屋で「兎肉のフリカッセ」というシチューに似た物を食べた事があるが、癖が無い鶏肉という感じで中々に美味かった記憶がある。
そうと決まれば薪を集めなければならない、大量の兎を料理するなら薪だって其れなりの量が必要になる。幸い辺りは良く燃えそうな木や枯れ草が散乱しているので直ぐに集める事が出来る。
「兎の丸焼きか、久々のタンパク質に筋肉が震えるぜ!」
テントの前へと山積みにした大量の薪を見ながら額の汗を拭う。食の為の労働は何と清々しいのだろう!
「よし、じゃあ竈門作るか! 火を着けるってのは一番大事な仕事だからな!」
キャンプ、BBQ、サバイバル,全てに置いて最も重要な仕事がこの「着火」という作業である。
ーー遥昔、人の祖先は火を使う事を覚えた。
きっかけは山火事か、はたまた落雷で燃え盛る倒木だったかは分からないが、この火を手にした事が今の文明の礎になったのは間違い無い筈だ。
火は古来よりさまざまな宗教で信仰の対象となっていて、神道で最初に生まれた神とされる伊邪那岐命の子である火之迦具土神は火の神だ。仏教では、蝋燭に灯る火は極楽浄土に向かう死者の道標であるという教えがあるし、火には不浄を焼き払う力があるとされている。
まだまだ沢山あるが、これで古代より神聖視されている炎そのものを、自らの手で着ける「着火」と言う行為が如何に凄い事かが理解出来たと思う。
つまり、竈門番である俺は、三人の中で一番重要な任務を与えられたと言っても過言ではない。(訳:討伐には参加出来なかったけど、俺は物凄く重要な仕事を任されているから悔しくないもん)
枯草が多いので山火事を防ぐ為に地面をすり鉢状に大きく掘っていく。石が沢山あって掘り辛いが、俺は穴掘りにはちょっと自信がある。
「これだけ大きければ問題無いだろう」
キャンプファイヤーをしたって大丈夫そうな大きな窪み、中に火元になる枯草や松ぼっくりなどを入れて適当に折った小枝を組んで完成だ。
後は着火剤代わりの枯れ草に火をつけ、徐々に薪を焚べてゆけばヘイズ達が朝飯を食べに戻る頃には丁度良い火加減になっている筈だ。
ーーそして、いよいよこの仕事の肝、着火である。
着火方法はオーソドックスに木を擦り合わせたり、前に俺がやった時計のカバーをレンズにする方法など様々な手段があるのだが、今回は……。
俺は徐に立ち上がるりノシノシと洞窟へ歩み寄ると、中へ向かって遠慮がちに声を掛ける。
「ねぇ、シェリー。ーー今忙しい?」
◇
ーーパチパチッ
驚く程あっさりと太い薪に火が着く。集めた枯葉や小枝などは必要無かったんじゃないかと思う程だーーやっぱり魔法って便利!
「生活魔法くらい使える様になれよッ!」
シェリーは討伐の邪魔をされた事に偉くご立腹みたいだが、ゴリゴリと木を擦り合わせるより頼んだ方が断然早いんだから良いじゃない。
「生活魔法ね、俺だって頑張ってはいるんだよ?」
「全く、人族のクセに情けねぇ……」
「魔力なら売る程有る筈なんだけどなぁ」
「あーそうかい、じゃあ闇市で売って回ればいい。一緒にアンタ自慢のその筋肉も売ってきなよ、グラムいくらかにはなるんじゃねーの?」
シェリーはテント傍に置いてある水筒からゴクリと水を一口飲むと、そう吐き捨ててサッサと洞窟の中へと戻ってしまった。
「頑張ってるんだけどなぁ……」
生活魔法は幼年組に混ざってティズさんから教わってはいたのだが、未だに魔力の流れる感覚が全く分からない。
最初は親切丁寧に教えてくれていたティズさんだったが、今では畑の隅で一人で自主練する様にと言われている。
それは、周りの幼年組が次々と灯火を成功させる中、焦った俺が出した気合いと言う名の大声の所為でビックリした子供達の何人かが泣かせてしまったからなのだが……。
「あの、基本的な事はこれ以上もう……。ま、先ずは魔力が体内を流れる感覚を掴みましょうか」
あれから数週間、残念ながら自主練の成果はまだ出ない。
でも、前にビエルさんが「魔力が大き過ぎると、細かい制御が苦手な場合もある」と言っていたし、筋トレだって目に見える程の変化までにはかなりの時間を要するのだ。
「直ぐに結果は出なくとも、継続が大事だからなっと!」
パチパチと爆ぜる薪の炎に手をかざしながら、魔力が体内に流れるのを想像する。
「これまでの話から、魔力ってのは気功みたいな物だよな?」
「気」は、生命を維持するための根本エネルギー、魔力も全ての原動力みたいな事言ってたし似た様な物だと思うんだよね。
「えーと、気功って確か呼吸方があるんだっけ」
目を瞑り、両手を前に突き出して太極拳の様な動きをしながら深呼吸を繰り返す。ネットで見たそれらしい呼吸方を試行錯誤していると、何だかおヘソの辺りが温かくなってきた。
(お、何だがイケそうな気がする!)
腹部に感じる温もりを突き出した両手へと流れる様イメージを強める。すると、翳した掌が段々と熱くなってーー
ーーズドンッ!
「ーー!?」
突然の衝撃音に驚き目を開くと、燃え盛る炎の向こう側に大きな影が揺らめいていた。
「クカカカカカ」
此方を向き猫のクラッキングの様な声色を出しているのはーー俺がどの世界でも見た事の無い類の獣だった。
大きな頭、長い手足、太い胴体には黒と黄色の縞模様。一見虎にも見えるがその顔はどちらかと言えばオラウータンの様な人に近いものである。
異世界と言えど、野生動物にしてはあまりに異形である。これ程の巨体が一体何処から現れたのか?
俺が良い感じに気功を練るまでは辺りに気配は無かった……もしかして。
「ーー俺って、召喚魔法士だったのか!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる