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189・着火
しおりを挟む兎肉ーー柔らかく脂身が少ない肉であり、今の日本ではあまり食す事が無い食材である。
しかし過去には、「坊さんが四つ足の動物は食べないと言う戒律の抜け穴として、兎を鳥と見立てて食べていた。それで兎の数は一羽、二羽になったのだ」
ーー何て話がある程には良く食べられていたらしい。
俺も昔、ちょっと洒落たフランス居酒屋で「兎肉のフリカッセ」というシチューに似た物を食べた事があるが、癖が無い鶏肉という感じで中々に美味かった記憶がある。
そうと決まれば薪を集めなければならない、大量の兎を料理するなら薪だって其れなりの量が必要になる。幸い辺りは良く燃えそうな木や枯れ草が散乱しているので直ぐに集める事が出来る。
「兎の丸焼きか、久々のタンパク質に筋肉が震えるぜ!」
テントの前へと山積みにした大量の薪を見ながら額の汗を拭う。食の為の労働は何と清々しいのだろう!
「よし、じゃあ竈門作るか! 火を着けるってのは一番大事な仕事だからな!」
キャンプ、BBQ、サバイバル,全てに置いて最も重要な仕事がこの「着火」という作業である。
ーー遥昔、人の祖先は火を使う事を覚えた。
きっかけは山火事か、はたまた落雷で燃え盛る倒木だったかは分からないが、この火を手にした事が今の文明の礎になったのは間違い無い筈だ。
火は古来よりさまざまな宗教で信仰の対象となっていて、神道で最初に生まれた神とされる伊邪那岐命の子である火之迦具土神は火の神だ。仏教では、蝋燭に灯る火は極楽浄土に向かう死者の道標であるという教えがあるし、火には不浄を焼き払う力があるとされている。
まだまだ沢山あるが、これで古代より神聖視されている炎そのものを、自らの手で着ける「着火」と言う行為が如何に凄い事かが理解出来たと思う。
つまり、竈門番である俺は、三人の中で一番重要な任務を与えられたと言っても過言ではない。(訳:討伐には参加出来なかったけど、俺は物凄く重要な仕事を任されているから悔しくないもん)
枯草が多いので山火事を防ぐ為に地面をすり鉢状に大きく掘っていく。石が沢山あって掘り辛いが、俺は穴掘りにはちょっと自信がある。
「これだけ大きければ問題無いだろう」
キャンプファイヤーをしたって大丈夫そうな大きな窪み、中に火元になる枯草や松ぼっくりなどを入れて適当に折った小枝を組んで完成だ。
後は着火剤代わりの枯れ草に火をつけ、徐々に薪を焚べてゆけばヘイズ達が朝飯を食べに戻る頃には丁度良い火加減になっている筈だ。
ーーそして、いよいよこの仕事の肝、着火である。
着火方法はオーソドックスに木を擦り合わせたり、前に俺がやった時計のカバーをレンズにする方法など様々な手段があるのだが、今回は……。
俺は徐に立ち上がるりノシノシと洞窟へ歩み寄ると、中へ向かって遠慮がちに声を掛ける。
「ねぇ、シェリー。ーー今忙しい?」
◇
ーーパチパチッ
驚く程あっさりと太い薪に火が着く。集めた枯葉や小枝などは必要無かったんじゃないかと思う程だーーやっぱり魔法って便利!
「生活魔法くらい使える様になれよッ!」
シェリーは討伐の邪魔をされた事に偉くご立腹みたいだが、ゴリゴリと木を擦り合わせるより頼んだ方が断然早いんだから良いじゃない。
「生活魔法ね、俺だって頑張ってはいるんだよ?」
「全く、人族のクセに情けねぇ……」
「魔力なら売る程有る筈なんだけどなぁ」
「あーそうかい、じゃあ闇市で売って回ればいい。一緒にアンタ自慢のその筋肉も売ってきなよ、グラムいくらかにはなるんじゃねーの?」
シェリーはテント傍に置いてある水筒からゴクリと水を一口飲むと、そう吐き捨ててサッサと洞窟の中へと戻ってしまった。
「頑張ってるんだけどなぁ……」
生活魔法は幼年組に混ざってティズさんから教わってはいたのだが、未だに魔力の流れる感覚が全く分からない。
最初は親切丁寧に教えてくれていたティズさんだったが、今では畑の隅で一人で自主練する様にと言われている。
それは、周りの幼年組が次々と灯火を成功させる中、焦った俺が出した気合いと言う名の大声の所為でビックリした子供達の何人かが泣かせてしまったからなのだが……。
「あの、基本的な事はこれ以上もう……。ま、先ずは魔力が体内を流れる感覚を掴みましょうか」
あれから数週間、残念ながら自主練の成果はまだ出ない。
でも、前にビエルさんが「魔力が大き過ぎると、細かい制御が苦手な場合もある」と言っていたし、筋トレだって目に見える程の変化までにはかなりの時間を要するのだ。
「直ぐに結果は出なくとも、継続が大事だからなっと!」
パチパチと爆ぜる薪の炎に手をかざしながら、魔力が体内に流れるのを想像する。
「これまでの話から、魔力ってのは気功みたいな物だよな?」
「気」は、生命を維持するための根本エネルギー、魔力も全ての原動力みたいな事言ってたし似た様な物だと思うんだよね。
「えーと、気功って確か呼吸方があるんだっけ」
目を瞑り、両手を前に突き出して太極拳の様な動きをしながら深呼吸を繰り返す。ネットで見たそれらしい呼吸方を試行錯誤していると、何だかおヘソの辺りが温かくなってきた。
(お、何だがイケそうな気がする!)
腹部に感じる温もりを突き出した両手へと流れる様イメージを強める。すると、翳した掌が段々と熱くなってーー
ーーズドンッ!
「ーー!?」
突然の衝撃音に驚き目を開くと、燃え盛る炎の向こう側に大きな影が揺らめいていた。
「クカカカカカ」
此方を向き猫のクラッキングの様な声色を出しているのはーー俺がどの世界でも見た事の無い類の獣だった。
大きな頭、長い手足、太い胴体には黒と黄色の縞模様。一見虎にも見えるがその顔はどちらかと言えばオラウータンの様な人に近いものである。
異世界と言えど、野生動物にしてはあまりに異形である。これ程の巨体が一体何処から現れたのか?
俺が良い感じに気功を練るまでは辺りに気配は無かった……もしかして。
「ーー俺って、召喚魔法士だったのか!」
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