上 下
188 / 276

188・視線

しおりを挟む

「何と言うか、普通の森って感じだな……」

 準備に忙しそうな二人と離れ付近の散策へと繰り出した俺は、特に何を見付ける訳でも無く……見慣れた森の中に少々落胆していた。

 これまで人里を求めて山道を迷ったり、騎士団の訓練で森を散々歩き回った経験を既にしている俺にはどうにも見慣れた光景だったからだ。
 勿論、木々や草の種類、虫なんかは前の世界では見られない種類ばかりの様ではあるけれど、元々あまり興味が無い分野なので然程さほど心には響いてこない。

 特に洞窟付近などは一角兎アルミラージに食い荒らされたのか僅かな草も無く、在るのは大量の枯れ草と折れた木の枝、そして石くらいなもので殺風景この上無い。

 俺は洞窟の頂上付近を確認する為、岩だらけの斜面をよじ登るーー軽いロッククライミングだ。
 この「岩壁を登る」と言う行為、全身の筋肉を使うので普段の筋トレとは違う刺激が入り中々良い感じである。特に背中、前腕、肩が重点的に鍛えられるので、漢らしい逆三角形の上半身に憧れを持っている男子にはお勧めだ。

「ふぅーー。此処が丁度、巣穴の真上辺りか?」
 
 こちらも草は無く土肌が捲れている、剥き出した岩肌の一つ一つを繋ぎ止める様に木の根がガッチリと絡み付いているのが見えた。

 岩肌に所々見える小さな隙間が先程洞窟内を照らしていた光源みたいだが、とても兎が這い出せる様な大きさでは無かった。

 ここから分かる事は、一角兎アルミラージはこの割とキツい斜面を登りながら辺りの草を食べていたと言う事。つまり、万が一一角兎アルミラージに囲まれた時、崖上は安全地帯では無いと言う事だ。
 熊などもそうだが、人がやっと登れそうなキツい斜面でも獣達はスイスイと登ってくる。山羊なんて信じられない程の傾斜を飛び回っているからな……つくづく人間ってのは自然に適して無いと思う。

「ーー付近に逃げ場無しか。夜が来る前に討伐する必要がありそうだな。う~ん、この木の根を如何にかすれば洞窟自体を崩せそうではあるけど……まぁ、それはだな」

 この巣穴自体を崩してしまえば、討伐依頼は直ぐに完了するだろう。だが、今回一番の目的であるタンパク質(肉)が手に入らなくなってしまう。素材を手に入れつつ、兎共を手っ取り早く一網打尽にすのは中々の難題だ。

「ーーん?」

ーーふと、誰かの視線を感じ耳を澄ます。
 
 風が枝を揺らす音、小鳥の羽ばたき、虫の鳴き声ーー様々な音がひしめく中、俺の耳は森の奥からパキ、パキッ、と枝を踏折る様な小さな音を捉えた。

 余談だが、虫の鳴き声を『声』として認識出来るのは日本人とポリネシア人だけらしい。他の人種は虫の鳴き声を雑音と同様に音楽脳で処理するのに対し、日本人は言語脳で受けとめているからだそうだ。
 いまいちピンと来ないが、外国人には鈴虫の音色を聞く事と、エアコンの室外機がゴーゴーと回る音を聞くのは同等だと言う事なんだろう……風情などあったもんじゃないな。

ーーそれは兎も角、今は先程聞こえた音だ。

(……奥に、何か居る?)

 森の中だ、何か居るのは当然なのだが問題はソレが此方に敵意を持っているか、いないかーーである。

 音がしたであろう場所をジッと見つめる。事前に魔獣人マレフィクスの話を聞いていた所為か、俺は自然と拳を握り込んでいた。

(動かない……俺が見てる事に気付いて居るのか?)

 地面に落ちている小石をそっと拾い、物音がした方へと軽く放るーーが、無反応。

(……気の所為だったか? いや、誰かに見られてる感覚はあったからなぁ)

 異世界こちらに来てから人の視線や気配には特に敏感になった気がする。

 暫く様子を伺ってみたが、どうやら此方に近付いて来る様子は無いーー音の大きさから赤熊や大猪では無さそうだけど……もしかしたらヘイズが先程言っていた鹿かもしれないな。

「ーー逃げたかな? まぁ大丈夫だろ。兎のお陰で付近の見晴らしは良好だし、何かが近付いて来たら直ぐに分かりそうだ。どうやら俺も見張りよりも兎狩りの方を手伝った方が良さそうだな」
 
 一通りの散策を終え、斜面を勢い良く滑り降りて行くと、丁度テントを貼り終わったヘイズが槍を手に洞窟へと入る所だった。

「おぉ、兄弟ブロウーーどうだった?」
「あぁ、特に何もーーあれ、シェリーは?」
「もう、中で始めてる」
「へぇ! やる気満々だな。付近に危険は無さそうだし、俺も中の方を手伝おうか?」

 あの数だ、反撃は無いとはいえ一羽づつ狩るのは大変だろう。それに俺だって魔獣モンスターの討伐とか異世界チックな経験してみたい!
 しかし、そんな俺の提案を聞いたヘイズは少し困った顔で手に持った槍を俺に見せる様に軽く上げた。

「悪りぃ、槍は二本しか持って来て無いんだ」

 済まなそうにヘイズは言うが、元々二人で狩る予定だったのだから仕方が無い。
 そもそも探索などには極力持って行く荷物を減らすのが常識であるーー登山家なんかはグラム単位で荷物を厳選するって聞くしな。

「そうなんだ……じゃ、じゃあ俺は見張りがてら火でも焚いてようかなー」
「あぁ、そうしてくれると助かる。朝飯は一角兎アルミラージの丸焼きといこうや」

 ヘイズは狼獣人らしく犬歯を剥き出し笑うと洞窟へと入って行った。





(アイツ、只の雑役夫じゃなかったのかよ……)

 この距離で気付かれるなどと思ってもいなかったガウルは、只々身体を縮め、盛り上がった巨大な木の根の影でジッと固まっていた。

 まだ狩りは素人なガウルではあるが以前教えられた通り、自分の臭いが届かぬ様に風向きに気を遣い、三人との距離だって必要以上に取っていたーーそれは経験豊富な冒険者であるヘイズに対しての用心である。
 それがまさかヘイズではなく、そしてシェリーでもない、人族ヒューマンの新入りに気取られるとは完全に予想外だった。

(クッソ、なんだ……身体が動かねぇ……)

 周りの空気が妙に重く感じるのと同時に、耳鳴りがガンガンと頭を鳴らす。

 おかしいーーあそこに居るのはいつも幼年組から食べ物を恵まれてはヘラヘラしている様な、そんな情け無い人族ヒューマンな筈なのに……。

ーー今はその視線が酷く恐ろしいモノに感じる。

 どれくらい時が経っただろうーー暫くそうやって固まっているうちに、いつの間にかさっきまでの重い空気感が消えていた。

「ぷはっーー、はぁはぁ」
 
 ねっとりとした脂汗が一斉に身体中から吹き出す感覚にガウルは自分が無意識に呼吸を止めていた事を知る。先程までの酷い耳鳴りと頭痛は、自ら呼吸を止めた為の酸欠が原因であった。

「な、なんだってんだよ! あんなのにビビるなんて……どうしちまったんだ俺様はよ!」

 どうにも腑に落ちないが、ガウルはそれをコッソリ付いてきた背徳感とヘイズへの恐れが極度の緊張をもたらした結果だろうと考えた。

「アイツにバレりゃ、ヘイズの兄貴にもバレるからな。きっとそれでビビっちまったんだ。さて、これからどうやって合流するかが問題だな……」

 ここまで付いて来たは良いがこっから先は全くのノープラン。後先考えずにまず行動ーーこれはガウルの良いところでもあり欠点でもあった。

「うーん、偶然を装って? いや、シスターから伝言が……ってすぐにバレちまうな。あ"~もう面倒臭ぇ!! 取り敢えず行けば何とかなるだろ!」


 ーーこの時ガウルは全く気付いて無かった。森の奥からジッと此方を見詰める、もう一つの視線を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...