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186・足跡
しおりを挟むーーザク ザク ザク
厚みのある枯葉は脆く、踏む度ビスケットみたいに砕けて乾いた音を響かせる。まるで多肉植物がそのまま枯れたみたいな、妙に厚ぼったいその形は魚を模った有名スナック菓子みたいで何だか可愛い。
ーーザク ザク ザク
「なぁアンタ、もう少し静かに歩けねぇの?」
シェリーが振り向き俺に向かって顎をしゃくる。しかし、その顔に浮かぶ表情は苛立ちでは無く寧ろドヤ顔に近い。
「……え? あぁ、でも、これ以上静かに歩こうとすると倍は時間が掛かかりそう」
「ふ~ん、人族ってのは不便だねぇ」
こんな事も出来ないんだ?ーーわざと跳ねる様に歩くシェリーの足音は確かに俺よりもずっと小さい。柔らかな素足(肉球)で歩く獣人の二人と違い、靴を履いた俺はどうしたって枯葉をザクザクと踏み鳴らしてしまう。
獣人達が皆素足なのは、貧困の為に靴を買えないのかと思っていたが……単純に素足(肉球)の方が靴よりも優秀だからかもしれないと考えを改める。
「兄弟、今はまだ良いけどよ、ヤツらの巣に近くなったら音はなるべく出さないでくれよ」
「…………善処します」
「ハッ、そんな窮屈なもん履いてるうちは無理だって」
得意気にギュムッと俺の頬に肉球を押し付けてくるシェリーのその手をグイと掴み、何となしにその匂いを嗅ぐ。
「くんくんーー何か……焦げたパンケーキみたいな芳ばしい匂いがする」
「な、な、何してんだーーこの変態っ!?」
突然の出来事に一瞬反応が遅れたシェリーだったが、慌てて手を引っ込めるとまるで汚い物に触ったかの様に念入りにズボンの裾でゴシゴシと手を擦りだしたーー自分からやってきた癖に、何て失礼な奴なんだろう。
肝心な匂いと言えば、実家の猫とは若干違うが系統は似ている……やはり虎も猫科って事なんだな。それに随分とスベスベしてぷにぷにとした弾力がある、これが静かに歩くのに必要な要素なのだろう。
「やっぱ俺の手なんかとは違うなぁ……匂いも」
「な、なぁヘイズの兄貴、場所変わってくれよ!」
「行き先を知らないヤツに先頭は任せられねぇだろうよ……」
まだ朝焼けが残る空ーー薄暗い森の狭い道を三人で縦に並んで歩く。夜のうちに冷えた空気は風を纏って肌をさし、まだ残っていた俺の眠気を乱暴に振り飛ばした。
「ーー寒っ」
朝晩の気温はもう裸で寝るには肌寒さを感じる程度には下がり、森の木々も徐々に紅葉が見え始めているーー異世界の秋、到来である。
(日中はまだ温かいからって油断してたなぁ、マントくらい羽織ってくれば良かった)
風通しの良い麻のズボンに、これまた目の荒い袖無しシャツを着た俺は完全に装備のチョイスを間違えた。これでは夏休みにクワガタを摂りに来た小学生並みの装備だ、とても魔獣を討伐する者の格好では無い。
ーーしかし、聞いて欲しい!
同行しているヘイズもシェリーもほぼいつも通りの格好なのだ、その所為で何か特別な準備が必要だなんて気付きもしなかったんだ。
いや、厳密に言えばヘイズはいつもの腰袋ではなく大きめのリュックを背負っているし、シェリーは服の上に継ぎ接ぎだらけの皮鎧を装備しているーーだが、防寒と言う側面で見ればいつも通りと言って良いだろう。
しかし、考えてみればそれもそのはず。二人にはフカフカとした自前の毛皮があるのだ。毛皮といい、肉球といい、獣人ってのは自然に特化してるんだなと感心する。
靴に染み込む朝露の雫を蹴り払い、枯葉を踏み潰しながら歩く事、約三十分。
先頭を行くヘイズが片手を上げ「止まれ」の合図を背後の俺達へと送ると、枯れ草に覆われた獣道の一角を指差して言った。
「シェリ坊、あそこ、枯葉が不自然に立ってるのが見えるか?」
「ああ、あの道の端の方のヤツだよな」
「え? どこどこ?」」
茶色の枯れ草が敷き詰められた狭い獣道、シェリーは直ぐに分かった様だが、俺にはどれも同じに見える。
「なんだよほら、あそこだって!」
「んん~~? 駄目だ、分からん……」
「兄弟、まぁこりゃ慣れみたいなもんだからよ。因みに鹿みたいな足の細いヤツが歩くとあんな風に枯葉が立った様な跡が残るんだ」
「ハッ、アンタ狩猟には向かないんじゃないか?」
此処ぞとばかりに口撃してくるシェリー。自身が尊敬するヘイズの前で自分の有能さをアピールしたいのは分かるがーーそこに俺を引き合いに出すのはどうにも悔しい。
「立った枯葉がなんだってんだよ、俺だって『ウォーリーを探せ』とかならシェリーにも負けないし!」
「あん? 何を探せだって?」
「ウォーリーだよ! 赤と白のシマシマの服きたヤツ!」
「赤と白のシマシマ? そんな目立つ格好してたら直ぐに分かるだろ!?」
ーー畜生、ウォーリーを探す難しさがちっとも伝わらねぇ!
そうだ、帰ったら俺が手書きで描いて見せてやろう……ん? そうだな、絵本ってのは意外と良いアイデアかもしれないーー文字は書けないけど、絵ならなんとかなりそうだ。
上手く描けたら闇市とかで売れないだろうか? まずは俺の絵が通用するか、孤児院の幼年組で試してみよう。
「お前ら声がデケェよ。ほら、今度はアレだ」
ヘイズが指指す獣道を少し逸れた場所には小さな湧水が流れている。その付近の泥濘には俺でも分かる様な小さな足跡が無数に残っていた。
縦に連続して二つ、その後に大きく並行にならんで着いた二つ足跡ーー片足飛びと両足着地とを繰り返す、まるでケンケンパと遊んでいたかの様な足跡が薮の中へと続いている。
「あれが一角兎の足跡だ、奴等のテリトリーに入ったぞ」
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