177 / 286
177・兄弟《ブロウ》
しおりを挟む貧民街の中にある繁華街、その片隅にこぢんまりとした飲み屋がある。カウンターしか無い様な狭い店だが、街中には無い強い酒が呑めると、酒好き獣人の間では人気の店だ。
「へぇ、前に来た時には気付かなかったなー」
「まぁ小せえ店だしーーってかアンタ、繁華街に来た事あったんだ?」
「えっ? ま、まぁ最初の頃にちょっとだけね」
「ふ~ん?」
まさか、貧民街に着いて早々に娼館に行ったなどとお年頃のシェリーに言い辛い。異世界にハラスメントはまだ浸透して無いが、間違い無く白い目で見られるだろうし……。
「ほ、ほら、そんな事よりヘイズを待たせちゃ悪いしさ、サッサと入ろうぜ?」
急かす様にして年期の入った木製の扉をギィと開くと、一番奥に座る狼獣人が俺達に向かって手を上げるのが見えた。
「よぅ、兄弟! こっちだ」
犬歯を剥き出して笑う日焼けした顔に、背中の半分を覆う程に無造作に伸びた灰色の髪、鼻から厚い唇へと伸びるシルバーチェーンが笑う度にジャラリと揺れた。
頭にピンと立つ二つの犬耳と床に着く程に垂れた大きな尻尾が無ければ、湘南辺りで波乗りしているちょっとヤンチャな若者みたいにも見える。
(相変わらずのチャラさだな)
ヘイズは孤児院の子供達で結成されたギャング《カーポレギア》の一員で、シェリー達の兄貴分である。
俺はカーポレギアには所属してないので関係無い筈なのだが、何故か俺を兄弟と呼び馴れ馴れしく接してくる。
ヘイズは既に独り立ちしていて孤児院には住んでいないが、ちょくちょく顔を覗かせては子供達に差し入れを持って来る面倒見の良い奴という印象だ。
「ヘイズの兄貴、言われた通り連れてきてやったけど……」
「悪いなシェリ坊、ほら奢ってやるから何か頼めよ。ーーで、兄弟、孤児院での暮らしは慣れたかい?」
「相変わらずタンパク質が足りないかな、今朝だって筋肉が無くなる夢を見たしな」
いくら毎日筋トレに励んでいる俺でも、筋肉の素となる材料がなければ消費を辿る一方だ。ビタミンだって圧倒的に足りない、教会の荒れた畑を耕し野菜を植えてはみたがーー実がなるのはまだ先の話だ。
「ケッ、足りない足りないって、稼ぎが悪いアンタが悪いんだろーが!」
「まぁまぁ、兄弟はまだここに来て日が浅いんだから仕方ねぇって」
「頑張ってるつもりなんだけどなぁ」
「つもりじゃ飯は食えねーっての!」
ここで孤児達が所属するカーポレギアについても説明しておこう。一般的にギャングのイメージが強いカーポレギアだが、最初は後援会みたいなものであった。
18歳ーーつまりはギルドへ加入出来る年齢になった孤児達は孤児院を出るのが決まりとなっている。
しかし、独り立ちして直ぐに生活が出来る程、貧民街での暮らしはそう簡単なものでは無い。
職も無ければ住むところも儘ならない、ギルドへ加入したところで新入りが依頼を必ず取れるとは限らないのだ。
そんな彼等に手を差し伸べたのが同じ孤児院出身の獣人達だ。食べ物を分け、寝床を貸し、仕事の紹介をしてやる。情の深い獣人にとって、同じ釜の飯を食い育った兄弟は本物の血縁者と同様である。
そんな繋がりはやがてカーポレギアという組織になったと言うわけだ。
此処だけ聞けば正に後輩を支援する後援団体、ギャングなどとは程遠い組織に感じる。
しかし、獣人達の皆が真っ当な仕事に就いているかと言えばそうでは無い。盗みや恐喝をし、盗賊ギルドへ身を落としている者も多い。
そんな彼等の斡旋する仕事が真っ当な物である訳が無い。客引きや運び屋の手伝い、果ては盗みの見張り役などハイリスクな物が多く衛兵に捕まる子供達も少なく無かった。
そんな事情も有り、カーポレギアはギャングだとの認識が徐々に世間へと浸透してしまったのだ。
「はっはっ、此処じゃ横の繋がりが無きゃ仕事も儘ならないからな。兄弟もさっさと組織に入っちまえよ」
「う~ん、その話はもうちょい保留で……」
(警察は身内に犯罪者が居るってだけで入れないらしいからな。騎士団もその辺りは厳しそうだし……)
いくら彼等が「カーポレギアは後援会だ」と言い張っていても、世間一般にはギャングと認識されている。そんな組織に入ってしまえば俺はきっと騎士団には戻れなくなってしまう可能性があった。
「ヘイズの兄貴、そんな話する為にこんな所まで呼んだのかよ? ま、アタイは酒が飲めるなら構わないけどさ」
「酒をくれ」とカウンターへ向かって言い放つシェリーにヘイズは苦笑いしながら「まだ早い」とジュースを注文する。
「はぁ? もう子供じゃねーし」
ぶー垂れていたシェリーだったが、出されたオレンジ色の液体の甘い香りには逆らえなかったらしく、一口飲んだらチビチビと大人しく飲み始めた。
「まぁ兄弟の稼ぎが相変わらず無ぇ事は分かった、粗方予想通りだ。だがよ、餓鬼どもの世話になりっ放しってのはそろそろ格好付かないだろう?」
持ってきた食糧だってもう尽きるだろうとヘイズは俺の肩をトンッと拳で叩く。
そう、稼ぎの無い俺が未だ孤児院を追い出されてい無いのは最初に提供した食糧の存在が大きい。
カイルが食堂の棚から適当に袋へと詰め込んだ芋や干し肉の塊は、食堂で使う一週間分であり、かなりの量があった。それは日に二食しか食べる事が出来無い孤児院、約一ヶ月分の食糧に値する。
しかし、ヘイズの言う通り、その食糧もあと僅かしか残っていない。つまり、今まで「俺の持って来た食糧だぞ!」というアドバンテージが完全に無くなり、子供達からの冷たい目線が倍増するって事だ。
「そこでだ、困ってる兄弟の為に俺が取っておきの仕事を見つけてきたんだーー勿論乗るだろ?」
「…………悪いけど、悪事の片棒は担がないからな?」
「おいおい、俺はこれでも冒険者だぜ?」
「そうなの? そうか、冒険者ねぇ……」
冒険者といえば、ウービンさんが元冒険者って言ってたよな。厳しい世界だとは言っていたがーー異世界に来たならば一度はやってみたい憧れの職業ではあるな。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
まったく知らない世界に転生したようです
吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし?
まったく知らない世界に転生したようです。
何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?!
頼れるのは己のみ、みたいです……?
※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。
私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。
111話までは毎日更新。
それ以降は毎週金曜日20時に更新します。
カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる