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177・兄弟《ブロウ》
しおりを挟む貧民街の中にある繁華街、その片隅にこぢんまりとした飲み屋がある。カウンターしか無い様な狭い店だが、街中には無い強い酒が呑めると、酒好き獣人の間では人気の店だ。
「へぇ、前に来た時には気付かなかったなー」
「まぁ小せえ店だしーーってかアンタ、繁華街に来た事あったんだ?」
「えっ? ま、まぁ最初の頃にちょっとだけね」
「ふ~ん?」
まさか、貧民街に着いて早々に娼館に行ったなどとお年頃のシェリーに言い辛い。異世界にハラスメントはまだ浸透して無いが、間違い無く白い目で見られるだろうし……。
「ほ、ほら、そんな事よりヘイズを待たせちゃ悪いしさ、サッサと入ろうぜ?」
急かす様にして年期の入った木製の扉をギィと開くと、一番奥に座る狼獣人が俺達に向かって手を上げるのが見えた。
「よぅ、兄弟! こっちだ」
犬歯を剥き出して笑う日焼けした顔に、背中の半分を覆う程に無造作に伸びた灰色の髪、鼻から厚い唇へと伸びるシルバーチェーンが笑う度にジャラリと揺れた。
頭にピンと立つ二つの犬耳と床に着く程に垂れた大きな尻尾が無ければ、湘南辺りで波乗りしているちょっとヤンチャな若者みたいにも見える。
(相変わらずのチャラさだな)
ヘイズは孤児院の子供達で結成されたギャング《カーポレギア》の一員で、シェリー達の兄貴分である。
俺はカーポレギアには所属してないので関係無い筈なのだが、何故か俺を兄弟と呼び馴れ馴れしく接してくる。
ヘイズは既に独り立ちしていて孤児院には住んでいないが、ちょくちょく顔を覗かせては子供達に差し入れを持って来る面倒見の良い奴という印象だ。
「ヘイズの兄貴、言われた通り連れてきてやったけど……」
「悪いなシェリ坊、ほら奢ってやるから何か頼めよ。ーーで、兄弟、孤児院での暮らしは慣れたかい?」
「相変わらずタンパク質が足りないかな、今朝だって筋肉が無くなる夢を見たしな」
いくら毎日筋トレに励んでいる俺でも、筋肉の素となる材料がなければ消費を辿る一方だ。ビタミンだって圧倒的に足りない、教会の荒れた畑を耕し野菜を植えてはみたがーー実がなるのはまだ先の話だ。
「ケッ、足りない足りないって、稼ぎが悪いアンタが悪いんだろーが!」
「まぁまぁ、兄弟はまだここに来て日が浅いんだから仕方ねぇって」
「頑張ってるつもりなんだけどなぁ」
「つもりじゃ飯は食えねーっての!」
ここで孤児達が所属するカーポレギアについても説明しておこう。一般的にギャングのイメージが強いカーポレギアだが、最初は後援会みたいなものであった。
18歳ーーつまりはギルドへ加入出来る年齢になった孤児達は孤児院を出るのが決まりとなっている。
しかし、独り立ちして直ぐに生活が出来る程、貧民街での暮らしはそう簡単なものでは無い。
職も無ければ住むところも儘ならない、ギルドへ加入したところで新入りが依頼を必ず取れるとは限らないのだ。
そんな彼等に手を差し伸べたのが同じ孤児院出身の獣人達だ。食べ物を分け、寝床を貸し、仕事の紹介をしてやる。情の深い獣人にとって、同じ釜の飯を食い育った兄弟は本物の血縁者と同様である。
そんな繋がりはやがてカーポレギアという組織になったと言うわけだ。
此処だけ聞けば正に後輩を支援する後援団体、ギャングなどとは程遠い組織に感じる。
しかし、獣人達の皆が真っ当な仕事に就いているかと言えばそうでは無い。盗みや恐喝をし、盗賊ギルドへ身を落としている者も多い。
そんな彼等の斡旋する仕事が真っ当な物である訳が無い。客引きや運び屋の手伝い、果ては盗みの見張り役などハイリスクな物が多く衛兵に捕まる子供達も少なく無かった。
そんな事情も有り、カーポレギアはギャングだとの認識が徐々に世間へと浸透してしまったのだ。
「はっはっ、此処じゃ横の繋がりが無きゃ仕事も儘ならないからな。兄弟もさっさと組織に入っちまえよ」
「う~ん、その話はもうちょい保留で……」
(警察は身内に犯罪者が居るってだけで入れないらしいからな。騎士団もその辺りは厳しそうだし……)
いくら彼等が「カーポレギアは後援会だ」と言い張っていても、世間一般にはギャングと認識されている。そんな組織に入ってしまえば俺はきっと騎士団には戻れなくなってしまう可能性があった。
「ヘイズの兄貴、そんな話する為にこんな所まで呼んだのかよ? ま、アタイは酒が飲めるなら構わないけどさ」
「酒をくれ」とカウンターへ向かって言い放つシェリーにヘイズは苦笑いしながら「まだ早い」とジュースを注文する。
「はぁ? もう子供じゃねーし」
ぶー垂れていたシェリーだったが、出されたオレンジ色の液体の甘い香りには逆らえなかったらしく、一口飲んだらチビチビと大人しく飲み始めた。
「まぁ兄弟の稼ぎが相変わらず無ぇ事は分かった、粗方予想通りだ。だがよ、餓鬼どもの世話になりっ放しってのはそろそろ格好付かないだろう?」
持ってきた食糧だってもう尽きるだろうとヘイズは俺の肩をトンッと拳で叩く。
そう、稼ぎの無い俺が未だ孤児院を追い出されてい無いのは最初に提供した食糧の存在が大きい。
カイルが食堂の棚から適当に袋へと詰め込んだ芋や干し肉の塊は、食堂で使う一週間分であり、かなりの量があった。それは日に二食しか食べる事が出来無い孤児院、約一ヶ月分の食糧に値する。
しかし、ヘイズの言う通り、その食糧もあと僅かしか残っていない。つまり、今まで「俺の持って来た食糧だぞ!」というアドバンテージが完全に無くなり、子供達からの冷たい目線が倍増するって事だ。
「そこでだ、困ってる兄弟の為に俺が取っておきの仕事を見つけてきたんだーー勿論乗るだろ?」
「…………悪いけど、悪事の片棒は担がないからな?」
「おいおい、俺はこれでも冒険者だぜ?」
「そうなの? そうか、冒険者ねぇ……」
冒険者といえば、ウービンさんが元冒険者って言ってたよな。厳しい世界だとは言っていたがーー異世界に来たならば一度はやってみたい憧れの職業ではあるな。
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