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176・黒目黒髪

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(全く気配が感じられ無かった!)

ーーこの俺が、これ程までに他人の接近を許すとは!
 

 いや、別に気配を気取る訓練なんてした事無かったな……。
 それにしたって触れる程近付かれても気付かない、なんて事あるだろうか?ーーって言うかこの人、距離感おかしくない? 

 彼女は俺の腕を両手で抱え込んでいる。
 これは付き合い始めて一ヶ月目のカップルの距離だよ、君のパーソナルスペースはどうなってるの?
 初対面の女の子にこれ程ベッタリくっ付かれるのは、友人の付き合いで行った夜のお店で、高いボトルを入れてくれって強請ねだられた時以来じゃないだろうか。

「そんなに驚かなくても……」

 少し困った様に眉を八の字に下げた顔が、俺の直ぐ側で見上げている。

(……黒髪黒目)

 腰まで伸びた長く黒い髪とお揃いの黒瑪瑙オニキスみたいな瞳……彼女の容姿は俺と同じ黒髪黒目だ。

 ーーとは言っても、黒髪黒目がここ異世界で特別珍しいと言う訳では無い。数は多くは無いが、騎士団の宿舎にも二人程黒髪黒目の団員が居たのは知っている。

 それでもやはりどこか仲間意識というか、妙な安心感を感じてしまうのは、旅行先の海外で同じ日本人にバッタリ会った時の感覚に近いかもしれない。(行った事無いけど)

「あ、あの俺は……全然、その、怪しい人とかじゃ無いのでしてーー」
「はい、怪しい人では無いのですね。あっ、もしかして何処かお怪我でもされているのでしょうか?」

 明らかに挙動不審な俺の態度にも全く動じず、目を見てしっかりと話を聞いてくれている。それどころかこちらの身体の心配まで…………彼女の見た目も相まって、俺の心はするりと彼女を受け入れた。

「あ、特に怪我とかは大丈夫だけど……その、まずちょっと離れましょうか。ーーね?」

 これ以上の密着は、娼館で浄化しきれなかった俺には猛毒だ。彼女の身体から香る女の子特有の柔らかな匂いに頭がクラクラしてきた。

 俺の体を摩る様に怪我の有無を確認し出す彼女の肩をそっと掴み密着した身体を引き離すーー見た目以上に華奢なその肩に心が跳ねる。

(ーー凄い、美人だな)

 クリミアもウルトも美人ではあったが彼方《あちら》は可愛い系、此方《こちら》は綺麗系だ。こう聞くと異世界って美人しか居ないのか! ーーって思うだろうけど安心してくれ、そんな事は無い。ちゃんと異世界にも容姿のヒエラルキーは存在する。

「そんなにじっくり見つめられると何だか恥ずかしいです」
「え? あぁ、すいませんっ!」

 そう言いながらも彼女を見つめる事を止められない、彼女の肩を掴んだ手を離す事が出来ない!

(何だコレ? 目が離せない……もしかして一目惚れ?)

 そう思った瞬間、頭の中で何かがパリンッと割れる様な音が響く。その一瞬、彼女のトロンとした目が見開いた気がした。 

(そ、そうだ。カイルに貰ったメモ渡さなきゃーー)

 どこかボーッとしていた頭を振り、慌ててポケットを探っていると、今度は後頭部に物理的な衝撃が走る。

ーーガツンッ!! 

「ーー痛った!?」
「まぁ、大変!」

 物理的な攻撃を喰らうのは久々だーー頭を押さえた手に血が付いて無い事を確認しながら振り返ると、そこにはまだ10代らしき獣人の少女が歯を剥いて立っていた。

「うらぁ!! この変態野郎っ、シスターを離しやがれッ!!」





「思えばシェリーが暴力的なのは最初からだったよな」
「ほ~、喧嘩売ってんのか? 喧嘩売ってるんだよな?」
「まぁまぁ、相変わらず仲が良いのですね。何だか焼けちゃいます」

「「全然仲良くなんて無いからっ!」」

 黒髪黒目の女性ーーティズさんが、ニコニコと俺達を見つめている。

 あの後、教会のシスターであるティズさんは、俺の差し出した『教会』と書いてあるだけの手紙に暫く困惑していたが、「困っているなら」と、一晩の宿を提供してくれた。

 有り難い事ではあるが、事が収まるまでと思っていた俺としてはたった一晩では困る。

 カイルや騎士団の話をしてもどうにもピンときていないティズさんに、俺が持って来た有りったけの食糧を提供する事と、雑用などの仕事を請け負う事を条件に、一晩だけでは無く暫く教会に置いてもらえる様交渉し何とか現在に至る。

「まぁ、こんなにお芋が沢山! そういえば、丁度人手が足りなかったんです」

 案外すんなり受け入れてくれたティズさん、以前もう一人居たシスターが辞めた後は孤児院と教会をたった一人で運営しているらしいーー後任を寄越さないとか、案外教会もブラックなんだなぁ。

「ワンオペだと大変だったんじゃないっすか?」
「わんおぺ? う~ん……でも実はこの教会、あんまり人が来ないんですよねぇ」
「そっか……まぁ、この見た目ですもんねぇ……」

 俺だって、祈りに来た先がお化け屋敷なら遠慮しちゃうわ。神への祈りどころか、悪魔を召喚してそうな見た目だもんなぁ。

「ーー違いますよ? 獣人の方々は我慢強いので怪我しても治療に来られない事が多いんです」

 獣人は魔力の殆どを身体能力向上に向けている為、自然治癒能力が人より高いらしい。また、獣人全般に言える事だが、相手に弱身を見せるのを良しとしない性分らしく多少の怪我や病気は放置するのが普通だとかーー。

 そういえば、犬や猫は具合悪い素振りを見せないから、飼い主さんが注意して見てやらないといけないって聞いた事があるな。

 そんな訳で、どうにかこうにか運営はしているものの、敷地の整備や建物の補修にまでは手が回らなくて困っていた所だったらしい。

 それにしてもカイルの奴、行き先だけ書いて丸投げってどう言う事だよ。普通は事前に話を通すとか、紹介状を持たせるとかーーまぁ、交渉上手な俺だから良かったものの、他の奴なら詰んでたんじゃないだろうか……。


「それで、お二人はこれからお出かけですか?」
「あぁ、ヘイズの兄貴がコイツに会わせろって言うからさ」
「ヘイズって、ちょくちょく顔出す犬獣人だろ?」
「犬じゃねぇ、灰色狼だ! アンタ、兄貴の前で犬なんて言ったらぶっ殺されっからな?」

 シェリーは親指を立てて首を掻っ切る仕草をすると舌を出した。

「何だよ、犬って言ったら駄目なの? グルルカは怒らないぞ?」
「ばーか、グルルカは犬獣人なんだから怒る訳ないだろ! 良いかい、獣人にとって種族ってのはアンタが思うよりも重要なんだ、気を付けな!」

 正直、見た目じゃ良く分からないんだよな。バルボみたいに顔がしっかり馬とかなら分かるけど、パッと見で犬と狼を見分けるコツとかあるなら教えて欲しいわ。

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