上 下
170 / 276

170・通せん坊

しおりを挟む

 貧民街へと足を踏み入れた俺の前に、嬉々として二人の獣人が立ち塞がる。

 一人は馬の立髪の如く深めにツーブロックを入れたマンバンヘアーの馬面うまづら男。もう一人は茶色い布を巻いて口元を隠した鶏冠トサカの様な赤いソフトモヒカンが目立つ男ーー彼が鳥獣人だと気付いたのは広げた両手がそのまま真っ白な翼になっていたからだ。

 彼等は往来の真ん中に陣取って両手を目一杯広げていた。

「小学生かよ……これ以上分かり易い通せん坊、見た事がないわ」
 
 ーーさて、どうするか。

 今は余計な争いを避け目立つ行動を起こさないのが一番肝心だ。幸いな事に今までの道とは違い、横に聳える壁が無い為、迂回する事は簡単ではある。

 だが、敢えて俺は二人の元へと進んむ事を選んだ。

ーー理由は二つ。

 一つは舐められない様にする為だ。最初の対応を間違えると後々までたかられる可能性が有る。目の前に居るのはたった二人だが、無数の目が此方を注目しているのを感じる。貧民街にどれ程滞在するのか分からないのだ、初動を間違えれば取り返しがつかなくなるだろう。

 もう一つは単純に好奇心だ。獣人がどういった者達なのか興味があったのだ。

 二人組の目の前まで来た俺は、まず出来るだけ友好的に話しかけてみた。

「やぁこんちわ、良い天気だね! ちょっとその先へ行かなきゃいけないんだけど……避けてくれたりしないかな?」

 二人は顔を見合わせニヤけると、尚も誇示するかの様にその両手をグイッと伸ばした。

(う~ん……やっぱそう簡単には行かないか。まぁ言っただけで通してくれるなら通せん坊する意味が無いしな)

 俺の屈強な胸筋を曝け出し威嚇しながら突っ切るという手もあったが、まぁ別に俺は喧嘩したい訳ではない。
 それにだ、万が一彼等が貧民街の門番的な役割を持つ人物であれば困った事になるーー騒ぎを起こして衛兵など呼ばれるのは極力避けたい。

「えっと……どいてくれないかな?」
「…………」
「…………」

 しかしながら彼等は通せん坊するだけで、一向に何も言って来ない。通常こう言うのは「通行書を見せろ」とか「金を出せ」とか「この道を通りたくば俺様を倒してーー」とか、何らかの要求があってするもんじゃないのだろうか? 兎に角、彼等の目的が分から無い事には此方も動けない……。

 対応に困っていると、やっと馬面うまづら男が首を振り回しながら声を発した。

「グルシィッシィ、バルバルゥ!」
「…………はっ?」





 し、知らない単語だ……と言うか、発音からして何か俺が習ったのとは次元が違う気がする。

 素っ頓狂な顔で立ち竦む俺をニヤニヤと見下しながら馬面《うまづら》男は横柄な態度で勝ち誇る様更に喚き立てる。

「バルルゥルゥ、グル。グルゥバゥルン、ブルルゥムルウシィッ? ハブルン、バゥルン、ヴッファル!」

 その声はどうしたって馬の嘶《いなな》きにしか聞こえない。取り敢えず適当に相槌を打って聞いているフリをするが……異世界って共通言語だってクリミアが言ってなかったっけ?

 いや待てよ……考えてみればあの馬面だ。獣人は発声方法が人と違う所為で上手く話せないーーなんて事はないだろうか? 馬と人間の喉がどれ位の差異があるかは知らないが、人と同じ様にペラペラと話せると思う方がそもそもの間違いかもしれない。

 そうこうしているうちに馬面の話は終わったらしく、今度は俺の持っている紙袋を指差しバルバルと喚き出す。

「これ? さっき買った串肉だけど……」

 あぁ、持ち物検査ってヤツか? 彼等が門番代わりであるなら不審物の確認くらいはする事もあるだろう。俺は中身が二人へ見える様に紙袋を広げて見せるーー辺りにスパイスの効いた串肉の匂いが溢れ出した。

「バルゥルゥ、ヴッファル!」 
「そうそう、街の屋台で買ったんだよね」

「ブルルゥ、バルッバッファ! ヴッファル!!」
「そうなんだよ、美味しいけど脂っこくてさぁ」

「ヴァルブァゴラァ!!」
「ははは、馬だけに?」

(あれ、何か怒ってる?)

 適当に話を合わせてりゃ何とかなるかなと思ったが、どうやら失敗したらしい。ニュアンス的には合ってると思ったんだけどなぁ……取り敢えず素直に謝っておこう。

「えっと……すいません。実は何言ってるかサッパリ分からないです」
「バルゥッ!?」

 いや、「えぇ~!?」みたいな反応されても……そりゃあ適当な合槌打った俺も悪かったけれど、そのいななきで話が通じてると思う方だってどうかしてると思う。それともこれが獣人の中では割とポピュラーな話し方なのだろうか? 

(前に会った猫獣人とはちゃんと話せたのに……)

 話が通じないのなら仕方が無い、悪いがこれ以上モタモタしていては太陽が沈んでしまう。こんなスラムみたいな街だ、夜になればそれだけ危険度は増すに違いない。

「悪いけど、先を急ぐから失礼するよーー」

 俺は彼等を迂回する様に道を外れ草むらへと足を踏み入れる。獣人との会話には別言語が必要だと分かっただけでも収穫はあった。今後暫くは身振り手振りで何とかやっていくしか無い。

(なあに、こっちに来た時だって言葉は分からなかったんだ。また筋肉言語ボディランゲージを駆使すれば何とかーー)

 今後の事を考えていると、突然目の前にバサーっと白い物体が遮断器の様に降りてきたーー鳥獣人の翼だ!
 
「まぁ、こうなるよね」

 話し合いが出来ないのであれば、残るは身体の打つかり合いしかない。なるべく騒ぎは起こしたくは無かったが、こうなっては仕方が無い!

 身構える俺に向かって、ギラリと鳥特有の鋭い眼光を向ける鳥獣人。彼はおもむろにマフラーを外した。

(アニメで見たハーピー鳥の魔物は、その甲高い声を使って精神攻撃を行っていたっけ。コイツもその類いか?)

 魔法無効レジスト出来るとは思うが、念の為すぐに耳を塞げる様に両手を耳元へと構えておく。
 次の瞬間ーー鳥獣人はその黄色い嘴からビックリする程の甲高い声を上げた。

「まぁ待ちぃや兄さん、この先に行きたいなら何か渡す物があるんやないか? 例えばその串肉とか、串肉とか串肉とかな……ほらっ、さっさとその紙袋をよこさんかいっ!」



…………え? 君、普通に話せるんだ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...