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170・通せん坊

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 貧民街へと足を踏み入れた俺の前に、嬉々として二人の獣人が立ち塞がる。

 一人は馬の立髪の如く深めにツーブロックを入れたマンバンヘアーの馬面うまづら男。もう一人は茶色い布を巻いて口元を隠した鶏冠トサカの様な赤いソフトモヒカンが目立つ男ーー彼が鳥獣人だと気付いたのは広げた両手がそのまま真っ白な翼になっていたからだ。

 彼等は往来の真ん中に陣取って両手を目一杯広げていた。

「小学生かよ……これ以上分かり易い通せん坊、見た事がないわ」
 
 ーーさて、どうするか。

 今は余計な争いを避け目立つ行動を起こさないのが一番肝心だ。幸いな事に今までの道とは違い、横に聳える壁が無い為、迂回する事は簡単ではある。

 だが、敢えて俺は二人の元へと進んむ事を選んだ。

ーー理由は二つ。

 一つは舐められない様にする為だ。最初の対応を間違えると後々までたかられる可能性が有る。目の前に居るのはたった二人だが、無数の目が此方を注目しているのを感じる。貧民街にどれ程滞在するのか分からないのだ、初動を間違えれば取り返しがつかなくなるだろう。

 もう一つは単純に好奇心だ。獣人がどういった者達なのか興味があったのだ。

 二人組の目の前まで来た俺は、まず出来るだけ友好的に話しかけてみた。

「やぁこんちわ、良い天気だね! ちょっとその先へ行かなきゃいけないんだけど……避けてくれたりしないかな?」

 二人は顔を見合わせニヤけると、尚も誇示するかの様にその両手をグイッと伸ばした。

(う~ん……やっぱそう簡単には行かないか。まぁ言っただけで通してくれるなら通せん坊する意味が無いしな)

 俺の屈強な胸筋を曝け出し威嚇しながら突っ切るという手もあったが、まぁ別に俺は喧嘩したい訳ではない。
 それにだ、万が一彼等が貧民街の門番的な役割を持つ人物であれば困った事になるーー騒ぎを起こして衛兵など呼ばれるのは極力避けたい。

「えっと……どいてくれないかな?」
「…………」
「…………」

 しかしながら彼等は通せん坊するだけで、一向に何も言って来ない。通常こう言うのは「通行書を見せろ」とか「金を出せ」とか「この道を通りたくば俺様を倒してーー」とか、何らかの要求があってするもんじゃないのだろうか? 兎に角、彼等の目的が分から無い事には此方も動けない……。

 対応に困っていると、やっと馬面うまづら男が首を振り回しながら声を発した。

「グルシィッシィ、バルバルゥ!」
「…………はっ?」





 し、知らない単語だ……と言うか、発音からして何か俺が習ったのとは次元が違う気がする。

 素っ頓狂な顔で立ち竦む俺をニヤニヤと見下しながら馬面《うまづら》男は横柄な態度で勝ち誇る様更に喚き立てる。

「バルルゥルゥ、グル。グルゥバゥルン、ブルルゥムルウシィッ? ハブルン、バゥルン、ヴッファル!」

 その声はどうしたって馬の嘶《いなな》きにしか聞こえない。取り敢えず適当に相槌を打って聞いているフリをするが……異世界って共通言語だってクリミアが言ってなかったっけ?

 いや待てよ……考えてみればあの馬面だ。獣人は発声方法が人と違う所為で上手く話せないーーなんて事はないだろうか? 馬と人間の喉がどれ位の差異があるかは知らないが、人と同じ様にペラペラと話せると思う方がそもそもの間違いかもしれない。

 そうこうしているうちに馬面の話は終わったらしく、今度は俺の持っている紙袋を指差しバルバルと喚き出す。

「これ? さっき買った串肉だけど……」

 あぁ、持ち物検査ってヤツか? 彼等が門番代わりであるなら不審物の確認くらいはする事もあるだろう。俺は中身が二人へ見える様に紙袋を広げて見せるーー辺りにスパイスの効いた串肉の匂いが溢れ出した。

「バルゥルゥ、ヴッファル!」 
「そうそう、街の屋台で買ったんだよね」

「ブルルゥ、バルッバッファ! ヴッファル!!」
「そうなんだよ、美味しいけど脂っこくてさぁ」

「ヴァルブァゴラァ!!」
「ははは、馬だけに?」

(あれ、何か怒ってる?)

 適当に話を合わせてりゃ何とかなるかなと思ったが、どうやら失敗したらしい。ニュアンス的には合ってると思ったんだけどなぁ……取り敢えず素直に謝っておこう。

「えっと……すいません。実は何言ってるかサッパリ分からないです」
「バルゥッ!?」

 いや、「えぇ~!?」みたいな反応されても……そりゃあ適当な合槌打った俺も悪かったけれど、そのいななきで話が通じてると思う方だってどうかしてると思う。それともこれが獣人の中では割とポピュラーな話し方なのだろうか? 

(前に会った猫獣人とはちゃんと話せたのに……)

 話が通じないのなら仕方が無い、悪いがこれ以上モタモタしていては太陽が沈んでしまう。こんなスラムみたいな街だ、夜になればそれだけ危険度は増すに違いない。

「悪いけど、先を急ぐから失礼するよーー」

 俺は彼等を迂回する様に道を外れ草むらへと足を踏み入れる。獣人との会話には別言語が必要だと分かっただけでも収穫はあった。今後暫くは身振り手振りで何とかやっていくしか無い。

(なあに、こっちに来た時だって言葉は分からなかったんだ。また筋肉言語ボディランゲージを駆使すれば何とかーー)

 今後の事を考えていると、突然目の前にバサーっと白い物体が遮断器の様に降りてきたーー鳥獣人の翼だ!
 
「まぁ、こうなるよね」

 話し合いが出来ないのであれば、残るは身体の打つかり合いしかない。なるべく騒ぎは起こしたくは無かったが、こうなっては仕方が無い!

 身構える俺に向かって、ギラリと鳥特有の鋭い眼光を向ける鳥獣人。彼はおもむろにマフラーを外した。

(アニメで見たハーピー鳥の魔物は、その甲高い声を使って精神攻撃を行っていたっけ。コイツもその類いか?)

 魔法無効レジスト出来るとは思うが、念の為すぐに耳を塞げる様に両手を耳元へと構えておく。
 次の瞬間ーー鳥獣人はその黄色い嘴からビックリする程の甲高い声を上げた。

「まぁ待ちぃや兄さん、この先に行きたいなら何か渡す物があるんやないか? 例えばその串肉とか、串肉とか串肉とかな……ほらっ、さっさとその紙袋をよこさんかいっ!」



…………え? 君、普通に話せるんだ。

 
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