164 / 285
164・スパイ容疑
しおりを挟む「…………は? 俺がスパイ??」
スパイって、あの秘密の七つ道具を駆使して情報や秘密文書を盗み出し、何だかんだ敵と格闘しつつ綺麗な女の人とイチャイチャして、最後にヘリコプターで脱出する……あのスパイ?
まだ少しボーっとする寝起きの頭で何度も考えてみるがピンと来ない。情報も機密文書も取った覚えは無いし、何よりこっちに来てから女性とイチャコラなんて羨ましい事をした事が無い。
「ーーそれ、絶対俺じゃないわ」
「あぁ、そんな事分かってる」
おぉ、信用されている。過ごした時は短くても、共に死線を乗り越えた俺達の絆に偽りは無いな!
「魔法も使えないわ、言葉も話せないわ……そんな変な奴をスパイにする国があるならもうとっくに滅んでるって」
「うんうん、そうそう! って……何かそれ、軽くディスってるよね?」
まぁ、素性が知れない俺にスパイ容疑が掛かるのは仕方ないとして、どうしてビエルさんが拘束されるんだろう?
不思議に思っているのが顔に出ていたのか、カイルは頭をワシワシと掻きながら話始めた。
「あ~、お前達が訓練中に見つけた村。パカレー軍が不法に占拠していた開拓村があっただろ?」
「あぁ、ビエルさんが半分砂漠にしちゃった村ね」
確か、村人全員がパカレー軍に殺されてたんだよな。いや、俺が助けた赤ん坊が一人残ってたか……。
「あの時の事を何がどう上に報告が行ったのか……うちの村の救助活動をしていたパカレー軍をお前達が奇襲して全滅させた事になってるーー」
はっ? ……救助活動だって!!
「ナルを攫って手首切り落としてたのが救助活動の一環だって言うのか? 第一、俺達が行った時にはパカレー兵しか居なかった筈だ、救助する村人なんて……」
「そうだな、知ってるよ。夜が明けちまうーーこっからは歩きながらだ、行くぞ!」
扉を開け廊下に誰も居ない事を確認したカイルは、自分が羽織っていた黒いマントを俺の頭からガバッと被せて食堂から宿舎の外へと連れ出したーーまるで逮捕された容疑者気分だ、何となく両手を前に出してしまう。
そんな俺の姿を見てカイルが呆れた様に言った。
「何だよ、折角誰か分からない様に被せたってのに……デカ過ぎてバレバレだな」
まだ暗い朝の風に頭が段々と冴えてくる。
軽口を叩きながらも周辺の様子に気を配るカイルの横顔は何処か真剣味を帯びていた。口調と行動が一致しないのは俺を動揺させない為だろう。どうやら事態は思ったより深刻そうだ。
一体、どうすれば誤解が解けるだろうか?
「ーーカイル、あの時の事は一緒に居たジョルクやギュスタンに聞けば……それにクリミアだって見てるし俺だって証言するーーって、それだけじゃ駄目だって事なんだな?」
団長であるビエルさんが既に詳しい事情を説明している筈なのに、そのビエルさんが拘束されたんだ。俺達が証言した所できっと状況は何も変わらないだろう。
「ーーあぁ、そう言う事だ。普通じゃ考えられない状況だ、きっと何か大きな力が裏で動いてる。こっからの話は俺の予想になるが……」
足早に歩く俺達の会話は少なかったが、大体の事情は把握出来た。
今、王国の中では戦争肯定派と中立派が真っ二つに分かれて存在している。今回の事は恐らく、もう既に帝国兵に王国が襲われていると言う事実が欲しい戦争肯定派の仕業に違いないとカイルは話す。
「パカレーと共闘する様に仕向けるには今回の事件は打って付けだったんだろう。真実なんて死んだ村人からは聞けないしな、でっち上げるに丁度良い」
「でも、ビエルさんや俺達の証言は? まさか騎士団長の証言が軽いって事は無いだろう?」
「あぁ勿論、団長の証言が軽く扱われる事は無いのは確かだ」
「じゃあ何でーー」
戦争が始まったこの時期に国境近くの山で保護した男が実はスパイで、騎士の訓練に潜り込み、特殊能力《レジスト》を使って国境の壁を破り帝国兵の不法入国を手引きし開拓村を襲わせた。
偶々そこに居合わせ救助活動を開始したパカレー軍、それを邪魔に思った男は見習い騎士達を唆しパカレー軍への攻撃を開始。仕方なく防衛戦を強いられるパカレー軍…………戦闘が長引いた結果、ビエル団長を始めとする第三騎士団も参戦、パカレー軍は全滅、見習い達にも多数の死傷者が出る事態となった。
「ーー恐らく、こんな感じで全部お前の所為にしたんだろうな」
つまりビエルさん方第三騎士団は俺に騙されパカレー軍と戦闘をした事になるーー戦争肯定派によって、俺は二国を仲違いさせる為に帝国から派遣されたスパイに仕立て上げられたって事だ。
「団長はお前と言うスパイを騎士団の中に引き入れた事の罪を問われて拘束されている。近く、俺やクリミア達も事情徴収の為に王都に召喚されるだろうな」
「マジか……クリミア達もーー」
思わず拳を握り締めるーー何とか誤解を解き皆んなを助けたいが、政治絡みの話ならばきっと俺の筋肉は役に立たない。
「ーーこの裏道を抜けて道なりに進め。そのマントのポケットに行き先が書いたメモと多少の金を入れておいたから後で確認してくれ……」
「なぁカイル、何で俺を逃す? 此処で俺を逃したらお前達の立場が余計に悪くならないか?」
第三騎士団の皆んなを助ける為にはスパイにされた俺を捕まえて上とやらに突き出すのが一番簡単だ。引き入れてしまったという罪は問われるかもしれないが、そのスパイを捕らえたのだから減刑される可能性は高いーーそもそも茶番だしな。
「まぁそうだろうな、だけど俺達は裁かれた所で謹慎、もしくは降格ってとこだが……お前は確実に死刑だ」
「し、死刑か……そりゃ困るな」
「だろう?」とカイルは俺の肩をドンと拳で叩く。
「俺はな、騎士団に入団した時に自分の手の届く範囲は助けるって決めたんだ。お前を助けるのも、まぁ俺のエゴみたいなもんだ、気にすんなーー」
「…………カイル」
「それにな、サーシゥ王を中心とした中立派がこの事を黙って見ている訳が無いんだ。俺は案外早く解決するんじゃないかって思ってるぜ? そん時はまた迎えに行くからよ…………それまでサヨナラだな」
「……そうか、分かった。まぁ誤解が解けるまで隠遁ライフを楽しむさ。今まで色々ありがとな! 皆んなに宜しく言っておいてくれーー」
互いの拳をゴツンとぶつけ合い、別れを済ませた俺とカイルは朝靄の中を別方向へと歩き始めた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~
玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。
その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは?
ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる